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ヒーローがいない世界  作者: 坂田リン
第1章:一人目
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援軍



赤い点の正体は燃え盛る爆炎だった。一瞬で名無しの傭兵(ノーバディ)と桜楽の姿を炎の海に包み込み、肌で膨大な熱量を痛みを忘れるほどに感じた。


「あちぃ……」


人は疾の前にいなくなっていたから、メラメラと揺れる炎の音だけが空間に響き渡る。


「何が起きた?」


隕石が落ちた、なんてあるわけない。面白くもない。一体何なんだ? ああ、熱で頭がぼーっとする。いや、そんな場合じゃなかった。


「さ、桜楽……おい桜楽!」

「ちゃんといるよ」

「どわっ!」


横から急に声をかけられた。しかし声は桜楽の物ではなく、桜楽はお姫様抱っこをされて傷一つついてなかった。桜楽を抱えているのは銀髪の少女で、今日俺が帰った後話をしたかった相手だった。


「ぐ、グウェン?」

「悪いハルキ。遅くなってしま」

「春喜ぃ!」

「おわっ」


言葉を遮って桜楽が俺に飛びついてきた。甘い香水の匂いが鼻腔をくすぐる。


「うわぁ! 春喜春喜!」

「よーしよし。怖かったな」

「お姫様抱っこは春喜が最初が良かった」

「そっち!?」

「お腹大丈夫?」

「ゲロ吐きそうなほど痛いけど、今の炎で少し和らいだ」

「良くないけど良かった……で、この子誰?」


抱きつきながら至近距離で迫られた。なんか少し怒ってる? ここまで来たら黙ってるのは無理だな。俺は観念して喋ることにした。


「異世界からの来訪者です」

「え? 何それ? もしかして春喜が喋ってたよくわからない話、全部本当?」

「そうです」

「信じられない」

「この現状の有様見ても?」

「よし、信じた」

「すまないけど、イチャつくのは後にしてほしい」


イチャついてない。しかし今はそれどころじゃないのも事実だった。


「家で映画を見ていたら、魔力の波動がここを中心に広がっていた。駆けつけてみれば外には困惑した人々、中ではハルキとその子がピンチ。どういう状況?」

「急に攻撃を仕掛けてきたんだ。グウェンを探しに来たって言ってた。グウェンを殺せば、あのあれ、『剣生』のジンって奴が幹部にさせてくれるとも言ってた」

「ジン……あれは気のせいじゃなかったんだ……っ!」

「グウェン?」


グウェンは俺に申し訳無さそうな視線を送る。


「昨晩、私は不明な魔力の起こりを感知して飛び起きたの。それは誰かが魔術を発動した合図。でも信じられなかった。この世界で魔術が発動されるなんて私以外に……本当にごめんなさい。私が事前に忠告してればっ」

「過ぎたことは仕方ないだろ」

「え? 春喜もしかしてこの子と一緒に暮らしてるの?」

「話が拗れるから少し黙ってくれ」


桜楽を無視してグウェンに集中した。


「おそらくジンが私を確実に殺すために仕向けた者。多分私をこっちに飛ばした時と同様の手口で送りつけたんだわ」

「そう言えば、なんでグウェンじゃなくて俺だったんだ?」

「索敵魔術の気配探知(エアーセンス)を使ったのかもしれない。魔力だけを頼りに私を見つけようとした。でも私は魔力の探知されるようなヘマはしない。熟練の魔術師(ソーサラー)なら魔力の隠密ハイドなんて造作もないこと。そのことが頭になくて、魔力の残滓がついたハルキを追いかけた。そんなところかしら」

「あれか。初めて会った時か」


俺に氷の剣と無数の矢のような物を殺意増し増しで向けてきた時。多分あれが原因なのだろう。


「ねえねえどういうこと?」

「あの変態はグウェンを追いかけていたつもりだったけど、間違えて俺を追いかけてたってこと」

「ちょっと待って。グウェンって言うのこの子? グウェン=ステイシー?」

「言うと思ったけど絶対今じゃない」

「とにかく2人はここから離れて。悪いけど、ハルキたちは足手纏いにしかならない」

「それはぐうの音も出ない」

「え? さっきのドカーンて炎でやっつけたんじゃない?」

「いや、まだ終わって──」


瓦礫と炎が宙に浮かぶ光景を捉えた。衝撃と同時に見えたのは、炎の海の中にひっそりとあった鞠のような大玉だった。緑のつるが洋服の繊維のように何重にも層を重ねて球体を形成している。それが1本ずつ解かれていき、球の中から二度と会いたくない人物が感極まった笑みを顔に貼り付けて出てきた。


「ほらね」

「ガードしてやがった」

「最悪」

「う、うわ、やったやった! 探す手間が省けたよ。ま、まさか、そそ、そっちの方から出向いてくれるなんて」

「お前、謀反奴リベリオンね。ジンに言われて来たの?」

「うん、そうだよ」

「り、りべ何?」

謀反奴リベリオン。魔王軍に寝返った奴らのことよ」


寝返ったと聞いて、確かにあいつの口から言っていたことを思い出した。


「あいつみたいな連中は少なくないの。裏切りや漏洩はもちろん、人間側は統率が取れずに内側から瓦解することもある。魔王軍との戦争が長引いてる要因の1つよ」

「いっははは! そ、それもあるけど、やっぱり、に、人間が勝てないのは、武力の差だよ。100年も続いているのに幹部の1人も倒せてない。まあ無理もない。あ、あの方たちを倒すなんて実質不可能だからさ」

「だから魔王軍に寝返ったと? 負けを悟って恥もなく魂を魔物に売った。お前たちみたいな人間がのさばってるせいで、私たちがどれだけ戦場に血を流したと思ってる!」

「た、他人なんて関係ないよ。自分も、元々は義勇軍に参加していたけど、自分の野営地を魔王軍に、し、知らせることで、じ、自分は、忠誠を見せた。生きるため、な、なら、自分はなんでもする。いちいち細かいことを気にする奴は、ははっ、ただの間抜けだ」


やっぱりこいつは典型的な屑だ。声だけでむしゃくしゃしてきた。ドラマだったら中盤くらいで死んでるキャラのくせに。どうにかしてあのニヤケ面に一発ぶち込んでやりたかった。


「まだ完全に整理できてないけど、あいつが屑で塵なことは理解できた」

「それだけわかれば十分だ」

「き、君らがどう思おうと、か、勝手だけど、やることは変わらないよ。ただ、そっちの女を殺すだけだ」


溢れ出す殺気に喉が潰れそうだった。俺を蹴り飛ばした時と比較にならない。根が奴の右腕の一点に集合し巨大な剣と化した。背中からも荊のような植物が何本も生えてきた。


直感だった。あの時、俺が奇跡的に回避できた破壊神の如く一撃を繰り出そうとしているのを本能で感じた。


「1つだけ聞かせろ。なぜ……私を殺しに来た?」

「な、なぜ? め、命令されたからだよ」

「その行動が理解できない。ジンは私をここに飛ばした。ならそれで終わりなはずだろう? 私が生きてるかどうかなんて確かめようがない。わかったとしても私は元の世界に帰る方法なんてあるわけがない。なら私は元の世界で死んだ者同然。それなのにどうして、お前のような刺客を送り込んでまで私を殺したがる? なぜ私に固執するんだ?」

「だ、だから、知らないって。自分はただ従うだけだから。ああ、でもちょっと言ってたっけ。き、君はなんか……危険分子(・・・・)なんだって」

「危険……?」


グウェンの疑問符がついた一言を最後に事態は進む。


「話は終わり」


突風が体を突き抜けた。名無しの傭兵が凶刃と化した右腕を振るうと同時に、幾つもの荊の触手が俺たちに襲い掛かって来た。その事実に俺は反応できておらず、気づいたのは事が終えた後だった。ならなぜ俺は今もこうして思考しながら生き永らえているのか? 答えは単純。グウェンがその瞬殺の一撃を凍らせたから。


揺らめく炎はもう視界にない。


「あら?」

秀燃火ハイフレア


冬の寒さを感じた次の瞬間に業火の砲撃がグウェンの手から放たれた。先ほどよりも凄まじい熱量が肌を焦がしそうだった。


直撃し灼熱に閉じ込められた名無しの傭兵の笑い声が鳴り響いた。


「も、もう何がなんだか」

「同感だ」

「ハルキ。その子を連れて逃げて。私が時間を稼ぐ」

「グ、グウェンは?」

「元々の狙いは私。大丈夫。すぐに死にはしないよ。早く逃げて。流石に2人を守りながらは長く戦えない」


また思ってしまう。もし俺がスーパーパワーを持っていたら、映画の相棒キャラのように「俺も一緒に戦う」みたいなかっこいいセリフを言えたのに。現実は残酷で虚しいだけだった。


さっきも言ってた通り俺たちはグウェンの足手纏いにしかならない。ならここから一刻も早く退散する方が、自分にとっても彼女にとっても最善の選択なのだ。


「……わかった。桜楽、歩けるか?」

「う、うん」

「グウェン悪い」

「言ったでしょ。私が撒いた種のような物。気に病む必要なんてない。さあ行って」


俺は重い腰を持ち上げ、桜楽の手を引っ張ってグウェンに背を向けた。走りながら何度か破壊音を背中で受け止めた。



         ────



「やばいやばいやばい! やばーい!!」

「うるせえ! 声出すなら走れ!」

「これが叫ばずにはいられるか!? これでも私はまだ我慢してる方だよ!?」


桜楽の興奮気味に文句を言いながら、閑静としたモール内を走って出口へと向かっている。


「普通の休日だったはずなのにいきなり殺されかけて、助かったと思ったら助けに来た女の子が異世界から来た人って、そんな映画みたいな話ある?」

「探せばあるんじゃないの?」

「魔術って言ってたよね? え、それドクターストレンジみたいな? やっぱりマルチバースから力を」

「それ俺が1回質問した奴! 大丈夫だって、ここから出れば好きなだけ答えるから。とにかく今は脱出優先」

「それなんだけど……大丈夫?」

「何が?」

「あの子のこと」


不安という言葉が顔に表れていた。どうやら桜楽はグウェンのことを心配してるようだった。俺も悔しさは募るけど、心配する必要があまりないことは俺がよく知っていた。


「大丈夫さ。グウェンな、めちゃくちゃ強いんだぜ? 自分で天才って言ってるし、俺も最初殺されかけた」

「どういう状況?」

「ここに来る前だって、魔王軍の幹部に善戦してたって────」



【ジンとの戦いは消耗が激しすぎた。魔力も枯渇症寸前まで減ってギリギリ。おまけに脳にまでダメージを負っちゃって、魔力の自然回復が遅くなってる。そのせいで上位魔術を行使できる魔力量まで達してないの】



この時ふと、前日のグウェンとの会話を思い出していた。そうだ、グウェンはダメージを負っている。外見じゃ判断できなかったけど、グウェンは今万全の状態ではない。それでも俺なんか一瞬で瞬殺できるくらいの強さはあるだろうけど、あの変態の相手はどうだ?


魔術の力量の差を測ることなんて俺にはできない。そもそもよく考えてみたら、俺は別にグウェンが戦う所を見たことがなかった。風を起こして宙に浮いたり、頭の中に直接声を届けたり、そんな現実に起こり得るはずがない現象を目にしただけで、俺はグウェンを勝手に強い人間だと決めつけていた。


そう思ったら、さっきのグウェンの言葉に違和感を抱いた。


【私が時間を稼ぐ】

【すぐに死にはしないよ】


また後でとか、さっさと倒して戻るとか、彼女は一言も、未来の話をしていなかった。


「……」

「春喜?」


予感がした。とてもとても、嫌な予感がした。



【あなたが死ねば良かったのに!】



少しだけ頭痛もした。



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