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ヒーローがいない世界  作者: 坂田リン
第1章:一人目
14/21

危機



「ん?」


見つけた、という声が後ろから聞こえた。自分に言ってるのではないと思った。でもなんだか声色が妙に怪しく聞こえたから、興味ありきで振り向いてみた。


「あ、ああ、あれ。お、おかしいな?」


白髪混じりの髪の男に目線が行った。こう言っちゃ悪いが、第一印象はあまり良いとは言えない見た目だった。まず服がボロボロだ。ダメージジーンズとかは良く耳にするが、それにしても度が過ぎているように見えた。そもそもジーンズじゃないし。破れた服の隙間や顔から覗く姿は痩せていて肉付きは良くなく、お世辞にも健康的とは言えなかった。


「お、女だって聞いてたんだ、だけど。えぇ……お、おかしいな……?」


喋り方もしどろもどろで不気味だった。謎の独り言の内容はよくわからなかった。


「春喜、あの人知り合い?」


桜楽も俺と同じように振り向いて白髪の男を見ている。疑問を訊く顔は少し怯えていた。理由は聞かないでもわかる。桜楽以外の周りの人も、男を一度見ればすぐに目を逸らしてしまっている。単純に怖いんだ。俺も少しばかり恐怖が芽生えている。


たまに動画やニュースで見かける、電車や道端で急に発狂したりする人たちを見て、怖いという感情を抱かない方が無理な話だろう。近寄りがたい存在として皆から認識される。


そういう人たちは精神障害を持っている人たちもいて、何かしらストレスや鬱を抱えている人たちもいると、どこかで聞いたことがある気がする。だから安易に否定したり決め付けはよくない。目の前の白髪の男の人も例外ではない。


「あ、ああ、ちゃ、ちゃんと、ちゃんと確認しとけばな、なあ……」


だからと言って俺に話しかける勇気があるわけではない。相変わらず言葉の内容はわからないし、何か困っている様子にも見えたが、髪の間から現れるかっぴらいた瞳に、恐怖を通り越して身体が危機を感じていた。それに隣には桜楽がいる。下手な行動は取るべきではないと判断した。


「いや、全然知らない。さ、行こ」

「う、うん」


桜楽の体を引っ張ってこの場をできる限り早く去る。とりあえず1階にでも降りるか。


「嫌になるなあ……ま、魔力以外も、探知しとくんだったなあ……」


早足になっていたスピードが落ちた。今なんて言った? 空耳でなければ、今言葉の中に魔力の単語が入っていた気がする。歩みは止めずにもう一度首だけ後ろに振り向く。


「でも無関係は……いひっ……ないよね?」


不健康そうな体躯、かっぴらいた瞳、ボロボロの衣服、俺が目に留まったのはどれでもなかった。右腕のかろうじて肌が隠れている服の下からまろび出ている触手のような物。いや、あれは木? 植物の茎や根のようにも見えた。


「桜楽。ちょっと走るぞ」

「え?」


返事を待たずに駆け足になる。直感だった。やばいことになる。早くここから退散しなければ──


「腕の1本くらい、いぃ、いいよね?」


もう一度振り返って見ると、男の右腕は既に見えなくなっていた。紫や青や様々な色のした根のような物が腕に纏わりつき、形状が刀みたいな鋭い物になっている。まるで銀魂に出てきた紅桜のようだった。


「やべぇっ!」


俺は咄嗟に桜楽を地面に無理矢理伏せさせた。この俺の行動が功を奏した。床に突っ伏すと同時に、この世の終わりとも言い表せる破壊音が鼓膜を突き抜けそうだった。


ガラスの割れる音、地面が崩落する音、何かよくわからない破裂音。その後に聞こえてくるのは、人々の阿鼻叫喚の咆哮だった。床に倒れこんでいるから、俺の視界に映っているのはまだ固い地面だけだった。


「何……これ?」


震える桜楽の声が耳に入る。どうやら既に顔を上げているようだった。俺も恐る恐る顔を上げると、絶句するほど変わり果てた光景が視界を埋め尽くした。


「何だよこれ?」


建物内部が無惨に破壊されていた。少なくとも眼前に見える2階の店々は原型が残っていない。左の店なんて何の店か区別がつかなくなっている。天井を見て見れば、恐竜が爪で切り裂いたような傷が抉られている。壁や床にも同じような傷が幾つもある。


幸いと言っていいのは、少なくとも映る視界には負傷者が1人もいなかったことだ。


「ありかよこんなの……」

「は、外した、外した。あああ……っ! お、終わらせたかったのになあぁ……っ!」


白髪の男が何やら酷く嘆いていた。右腕の手剣から棘が生えた棒が根っこのように伸びている。さっきまではなかったはず。何がなんだか不明だが、確実にわかることが1つだけあった。今立ち上がって逃げなければ、死ぬ。


「ちっ!」

「わっ、春喜!」


桜楽の体を抱いて走り出す。男はよくわからないが何やら悶えている。逃げない手以外になかった。近くにあったエレベーターを駆け降りる。衝撃か何で壊れたか知らないが、エレベーターは機能してなかった。逃げ惑う人々の足音で自分の荒い息遣いは聞こえなかった。


「はあ……たくなんなんだよっ」

「は、春喜。これって映画の撮影とかじゃ……?」

「そう思うか?」

「思わない」

「頭打ってなくて安心したよ」

「い、一体何なの?」

「俺が訊きたいくらいだ。とりあえす今は逃げる!」


桜楽との会話で少しばかり頭の中が整理できそうだった。とりあえずさっきの破壊行為はあの不気味な男が原因で間違いない。怪しかったし、実際物理的に見るからにやばかったし。多分居合切りみたいに一閃したんだ。それであの規模の被害は洒落になってない。


そしてあんなことができる奴は地球には絶対にいない。言い換えれば、別の世界(・・・・)にならいる。まさかとは思う。でもそれ以外に考えられなかった。推察するならば、あの男は別の世界から来た──グウェンの世界の住人と言えるだろう。


あの男が口にしていた『魔力』。そしてあの右腕に纏った植物。間違いなく魔術だ。全く別の世界から来た殺人魔とか、突然変異の超人ミュータントとか、そんなの考えたらきりがない。てゆーかグウェンが関係ないって言う方が現時点で無理がある。


考えてないわけじゃなかった。グウェンがこっちに来れたってことは、他の人物が来ることだってありえない話じゃない。グウェンの仲間が助けに来るとか、そんな良い(・・)妄想を抱いてないわけじゃなかった。


「悪い方が当たった」


来る奴が善人な可能性もあったし、プレデターみたいに戦闘種族が来る可能性もあった。譲ってプレデターはありえなくとも、こんな人が大勢いる室内で暴れるあの白髪が善人は考えられない。十中八九、敵。でもなんでだ? 魔王軍は魔物の軍勢って話じゃなかったのか?


「せっかくの休日が……」


今日は映画も見れて、楽しんで、買い物して、話し込んで、悩みも払拭できていたのに、どうしてこんな結果になってしまったのか……て、言葉に出せば弱気になってしまう。なんで来たのか、俺の近くに現れたのかなんて、今はどうでもいい。


隣には桜楽がいる。桜楽だけは無事に逃さなきゃならない。考えなきゃならないことは、その後でも十分できることだ。


「春喜……」

「大丈夫だ。心配ない。外に出れば安全だ」

「……何か知ってるの?」

「予想はある」

「な、何?」

「今は時間が惜しい。何、怖いのか? ホラー映画楽しんでた桜楽はどこいったんだ?」

「話全然違うでしょ!」

「確かに」


俺は別に場を和ませる話術を持っていないが、できる限り桜楽の緊張を解いてやりたかった。桜楽は強いけど怖いもの知らずってわけじゃない。そもそもこんな状況で怖くないって方が無理な話だろう。


だから早く逃げないと。逃げた後なら、今の状況は笑い話にでもなれば良い。


「ゲーセンはまた今度な。また別の機会にでもクレーンゲームに挑戦してくれ」

「……一緒に」

「え?」

「私、春喜と一緒に──」



「どこ行くの?」



悪寒が全身を震わせる。音も匂いも気配もなく、目の前に瞬間移動をしてきたように、奴は平然と友人でも待っているかのように佇んでいた。右腕にはうねうねと植物が意思を持っているかの如く蠢いていた。


「春喜ぃ」

「俺も魔術使いたいね」

「あ! い、今今、魔術って言った? ほ、ほら、やっぱり無関係じゃなかった! 良かったあ」


何も良くねえよ。外見だけで判断して悪いが、挙動がやはり不気味で気持ち悪い。麻薬でもキメてんじゃないだろうな?


「……名前を聞いても?」


質問1つするにも喉が締め付けられる。初めて目の前に立って感じる、死。相手の気分を損なえば首と胴体が泣き別れになる。でも何も喋らなければ多分すぐに殺される。なんでもいいから口を動かせ。ああやばい、心臓の動きが早くなってきた。自然と桜楽の手を握っている力が強まり、気持ち悪い手汗も出てきたが、桜楽に謝罪をする暇はなかった。


「じ、自分? 名前は、ね、とっくの昔に捨てた。魔王軍に寝返ってからは、名無し。名無しの傭兵(ノーバディ)だよ」

「寝返って……?」


白髪男、もとい名無しの傭兵(ノーバディ)。今の一言でこいつがグウェン関連であることが証明できた。


「こっちの世界には旅行にでも来たんですか?」

「あ、はははっ! 君やっぱり知ってるんだね! はあ~良かった。はは、話が早くて助かるよ。えっと、えっとね……グウェンって女知らない?」


ド直球に来やがった。グウェンを探してるのか?


「……その人に何か用が?」

「あ、あ、今の間、絶対知ってるやつだ! 用というかあ……殺してきてくれって言われてさ」

「っ!?」


ああ、くそ。どんどんやばい方向に進んでる。少年漫画とかでよくあるタイプ。こいつは主人公を容赦なく狩りに来る刺客ってわけだ。


「春喜。説明が欲しい」

「ごめん今無理」

「探してたら、き、君が見つかって。なんでか知らないけど。さっさと殺したいんだ。そ、そしたら自分、幹部にならしてくれるって、ジン様が言ってたんだよ!」

「ジン……あっ」


同じ名前をグウェンから聞いていた。今度は覚えている。『剣生』のジン。グウェンをこっちの世界に来させた張本人。グウェンを始末しろと命令したのはジンなのか?


「じ、自分は運が良いんだ。じ、ジン様の、お、お側に仕えていて、しかも1人の少女殺すだけで、か、幹部にまでなれるなんて!」


相手の気分が昂っている。駄目だ、ここまで質問をし続けたけど、どうすれば逃げられるか全く選択肢が浮かばない。桜楽だけでも逃がしてやりたいけど、動けば何をされるかわからない。まだだ、まだ話を続けなきゃ。


「どうしてグウェンを狙ってる? 何の目的があって」

「あのさあ…………早く言ってくれない? 彼女の場所?」


突如変わったドスの効いた一言。細い体格から放たれた威圧と憤怒が混じった脅しは、俺の冷静さをかき乱した。だがそれでも、


「知らない」

「ええ?」

「知らないよ。場所なんて」


残る理性でグウェンを守った。今も怖くて仕方がない。この男の言う通りにすれば、俺と桜楽は生きて返してくれるかもしれない。でも言うわけにはいかなかった。グウェンを犠牲にして自分だけ生きようなんて、そんな馬鹿な話があってたまるか。そんなのヒーローだったらしない。でも桜楽を巻き込みたくはなかった。


「なあ頼む。桜楽は逃がしてやってくれないか? あんたの言う通り、俺は関係あるけど桜楽は──」

「あっそ」


刹那の瞬きで、俺の視界の半分に白が混じった。それが高速で俺の目の前まで近づいてきた名無しの傭兵の白髪の物だと気づいたことと、腹に鉄で殴られたような痛みが襲ったのは同時だった。


「あがっ!?」


そして俺は吹き飛ばされた。10メートルくらいか。半壊した店の瓦礫の間を何回かバウンドした。


「え……ぁ……おえっ」


吐瀉物を床に吐いた後に、今までの人生で感じたことのない強烈な痛みが腹を中心に全身に駆け巡った。俺は骨折をしたことがないからわからないが、多分そんなのと比較にならないくらいに苦しい。まるで腹に風穴を開けられたかと錯覚するほどに、俺の頭は痛みで埋め尽くされていた。


「あぅあ……えがぁ……」

「春喜!?」

「か、軽っ。ま、魔力がないとそんなもんなの?」


朦朧とする意識の中、何とか震える眼球で桜楽の声が聞こえる方を凝視する。最悪なことに、桜楽は男に捕まっていた。右腕の服の下以外からも、至る所から血管のような根が伸びて桜楽の両腕と両足に絡みついてる。


その時俺はやっと理解した。ただ俺は、小突かれただけでこの距離を吹き飛ばされた。魔術で身体能力を強化しているのか知らないが、今までぶっ飛ばしてきた不良たちとは別次元の高みにいる。


ふざけんなよくそ。考えるまでもなく当たり前だが、今の一撃で、俺はこいつに敵わないことが身に染みて理解してしまった。


「さ、さく……ら」

「へえ。こ、この子さくらって言うんだ。か、かか、かわいい名前だね」


本当に最悪だ。奴の瞳は俺から興味を失いつつある。あの桜楽を見る目を俺は何回も見たことがある。できやしないけど、あの身の毛がよだつ顔面をぶん殴りたい。顔と身体目的だけのクソ野郎の目だ。


「こ、こっちの世界にも、ここ、こんなに綺麗な子もいるんだね」

「こっち見んな変態!」

「強気な性格も、じ、自分は好きだよ」

「おい……わかった。話すよ、俺が知ってること全部話す。だから……桜楽に手を出さないでくれ」


俺にできるのはこれくらいだった。一縷の望みに縋りたかったが、奴は俺に視線も向けてはくれなかった。


「え、ええ? でも君、が、頑固そうだし、嘘もつくし信用できないな。それに君から色々聞き出すのは、君の彼女を相手にしてからでも遅くは、な、ないよね! どうせその、グウェンとやらを殺したら、自分はもうここには用はなくなる。い、いっひひひ、だったら、少しくらい味見をしたって、問題ないと思わない?」

「このっ……ゲス野郎!」


早く桜楽からこの変態を引き剥がさなきゃならない。きっとこいつは何度もそういうこと(・・・・・・)をやってる。ホント嫌になる。どこの世界にもこういう屑がいるんだ。だから俺が守ってやらなきゃいけないのに。


「お前……桜楽に指1本でも触れたら殺すぞ」

「いはっ、ははははは! こ、殺す? 君が? どうやって? そ、その軽い体で立ち向かうの? 大して見てないけどさ、ここは随分平和だね。ほ、崩壊した瓦礫もないし、し、死臭だってなくて良い環境だ。同時にこう思った。簡単に殺せる、警戒心が足りてない。誰1人として、次の瞬間に心臓を刺されるなんて発想がまるで頭になかった。と、当然だよね。魔術も、魔力も、魔物だって、何1つここにはない。平和ボケしたって無理はないよ。でもだから、やりやすいんだ! 自分に勝てる奴はこの世界には、い、いないから、なんでもできる。良い世界だよ。い、今もこうして、戦場で生き残った女の残存兵士を探さなくたって、こ、こんな、清潔な少女を手にいられるんだからさあ!」


怒りが無尽蔵に湧き出てくるのに、痛みが行動を押さえつけて凌駕する。俺がもしスパイダーマンなら動けた。映画スパイダーマンホームカミングで、瓦礫の下敷きになってたスパイダーマンは、体を奮い立たせて瓦礫の山を持ち上げた。俺と同じ高校生ができたんだ。それなのに俺は立つことすらできていないのは、俺が弱くて、ヒーローでもないからだ。


もしスーパーパワーでもあれば、あいつの顔をぶん殴って、桜楽を担いで空を飛べたのかな。それか俺も……魔術を使えたら(・・・・・・・)……


「ひひひっ……き、君の前で、彼女を犯すのも、い、良いかもね、」

「春喜……春喜だけでも逃げて」

「できるかそんなこと……俺は」


言葉はまだ続くはずだったけど、その時別のことに意識を持ってかれた。


モールの天井に赤い点が現れた。トマトのように濃い赤だった。それが1秒後には2倍くらいの大きさになって、その1秒後にはさらに倍大きくなって。




次の1秒で、名無しの傭兵の身体に激突した。




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