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ヒーローがいない世界  作者: 坂田リン
第1章:一人目
13/21

問い



「春喜ー! こっちこっちー!」

「そんなでかい声出さなくても聞こえてるって」


駅前で太陽のように明るい笑顔を振りまく美少女がいる。黒髪のサイドテールにルビー色の瞳。言わずもがな天方桜楽である。今日は白を基調とした可愛らしい私服に身を包んでいる。自分で言うのもなんだが眼福だ。誇張なしで天使が舞い降りたのではないかと思いたくなるほどに、桜楽は実に魅力にあふれ過ぎていた。


証拠に周りの人間を注目を集めていた。この光景も見慣れたもんだ。周りがひそひそ声で何を喋っているかはわからないが、大方「なんだあの美少女は?」「話しかけてみようかな」「俺には眩しすぎる」「てか呼んでる男誰だ?」「彼氏? あんな地味な奴が?」「釣り合わないだろ」とか漫画のテンプレみたいなセリフを口にしているに違いない。


釣り合わないのはわかる。休日に愛しい彼氏と遊園地行ったり水族館に行ったりして、デートでもしててもおかしくないのに、俺なんかと映画を観に行くとは。ホラー映画なのが解せないけど。


「悪い、待たせた」

「全然待ってないよ。今来たとこだし」


これは待ってたな。前にも待ち合わせ時間10分前に来たと思ったら、桜楽が30分前に約束の場所に既にいた。その時は冬だったこともあって、待たせて風をひかせるのは悪いと思って、次の約束の時には30分前に行ったのに、今度は桜楽は1時間前に来ていたことがあった。どうしても桜楽よりも早く来ることができないのが今でも謎だった。


「飯とかどうする? どっかで適当に」

「春喜さーん。その前に私に言うべきことがあるのでは?」


にひひといたずらっ子の笑みを浮かべ、全身を強調するように1回転した。恒例行事である。


「あー似合ってる似合ってる。これでいい?」

「反応薄ーい。もっと褒めてくれたら腕組んであげる」

「飽きずに毎回毎回。今日もお美しいですよ。純白のお姫様」

「ごうかーく!」


桜楽が俺の左腕に両腕を絡めてきた。柔らかな感触が服越しにも十二分に伝わってくる。服なんて褒めなくても勝手にくっついてくるくせに。表情は見るまでもなく満面の笑みに包まれていた。


「ありがと。じゃあ行こ」

「ああ」

「春喜もおしゃれすればー? 絶対もっとかっこよくなるってー」

「服とかわかんないんだよ」

「じゃあ映画の後はショッピングだ」

「映画見ないでそれでもいいぞ」

「それじゃあ意味ないじゃん」

「予告見たぞ。あれは怖い確定です」

「これを機に克服してみては?」

「絶対に無理」


俺と桜楽は適当に食事を取って、そのまま映画館へと向かった。



         ────



映画は1時間40分で終わり、俺たちは映画館の出入り口を通って外に出た。


「……じゃあ言うか」

「よし」

「「せーの」」



「5」

「3.9」


数字の5を言った桜楽は、有名アイドルのライブ観客席の如くはしゃぎ始めた。


「面白かったねー! 前見た映画が微妙だったからかなー。余計に面白く感じちゃった。もしかしたら今年トップ3に入る逸材やもしれないね」

「そうね……」

「中盤のホラー演出は特にピカイチ! ジャンプスケアナイス、俳優さんたちの演技も相まってゾクゾクしたねえ。あ、意外にアクションもあって驚いたよね! 予告編には見せなかったんだなー」

「そうね……」

「テンション低い! ねえねえもっと語ろうよー」

「最後の怪物ドアップ顔がなけりゃもう少しテンション高いわ!」


俺は今キレている。俺と桜楽は映画を見た後、恒例として1〜5で映画の評価をつける暗黙の了解がある。桜楽が5をつけるのは案の定わかっていた。隣でそれはまあ楽しそうな表情を見ていたからな。


俺はというと、意外にも面白かった。始まる前は嫌々の態度を取っていたが、内容が思ったよりも作り込まれていて大変満足した。中だるみも特になくて、あの要素がなければ4.5は付けていたかもしれない。


ホラーがなければな!


「駄目だ! 怖いの無理! 何あの怪物!? ペニーワイズかよ!」

「IT見てたっけ?」

「キャラクターぐらい知ってる。ああくそ、あいつがいなけりゃもう少し目を開けれたのに!」

「あははははっ! 私の手を握るくらいにビビってたもんねー。男のくせに怖がりぃ」

「性別関係ねえだろ! 面白い展開を見続けてたら急に来るホラー要素。予告であんなのなかったろ」

「それがいいんじゃない。予告は最低限見せて期待を煽るのが正解ですよ。それでつまんない場合もあるけど」

「それはそう」


予告で盛り上がって本編がクソな映画は時々ある。期待してた分余計にがっかりが増すのでやめてほしい。しかし今回は当たりと言えるだろう。別に俺は映画評論家ではないが、自分が満足できたならそれは当たりと思っている。ホラーの点を除けばね。


「あー疲れた。何か甘い物食べない? リフレッシュしたい」

「いいねそうしよう!」


桜楽はテンション高く俺の左手を取り、併設されてあるショッピングモールへと足を運ぶのであった。



         ────



「ジャジャーン! どお?」


試着室から出てきた桜楽は、また新たな衣服に着替えていた。これで5着目。おいしいクレープを2人で食べた後に、桜楽のファッションショーが開始した。今度は夏が似合いそうな格好をしていた。少し短めなスカートに目が行ってしまうのは、きっと桜楽に魅惑の呪いをかけられているからだと思うことにした。


「ねえ、どこ見てるの?」

「床」

「えっち」

「うるせ」

「んふふふ。ねえ、これかわいい?」

「全部かわいいよ」

「1位と2位は?」

「聞く相手間違ってない?」

「春喜に聞いてるのー」


桜楽が着れば全部1位な気がしなくもないけど。でも服のことをいの1番に俺に聞くのは違うと思う。俺の服に言える感想は、有名美術家が描いた名画に言う感想と一緒だ。つまり、綺麗とか上手いとか中身のない言葉という意味である。


映画に対しての感想だって、俺は率直に思った熱を吐き出してるだけだ。展開はこうすべきだったとかもっと金をかけろとか言ったって、結局ただの自分勝手な意見で製作者には何のプラスにはなりはしない。


俺の拙い感想が桜楽のファッション選びに役立つとは思えない。でも……まあ……あんな笑顔を向けられるなら、こっちも言って良かったって思えるかな。


「本当は春喜の服選びたかったんだけどなー」

「いいよ俺は。今日そんな金持ってきてないし」

「じゃあ次着替えるから待っててー」

「まだやんの?」

「後2、3かーい」


試着室のカーテンを閉めてまた着替えを始める。楽しみにしててと表情が言っていた。あいつ今日着たやつ全部買う気だろうか? 流石に財布がもたないんじゃ。


「服か……」


ふとグウェンの姿が脳を過った。グウェンはこっちの世界に飛んできた時に、服を1着しか持っていなかった。寝巻きは俺のを貸すしかなかったが、私服もそれもずっと今のままにしておけないのは、最近ずっと考えている。


一緒に服を買いに行くのはいいが、俺じゃ何を選べばいいかわからない。1番良いのは桜楽と一緒に行くことだが……無理だな。グウェンの存在を明かすのはどうしようもなくなった時だけなんだ。


「今何してんだろ?」


家を出る時、なんだかグウェンの顔が上の空に見えた気がした。気のせいかもしれない。でも何か考え事しているみたいだった。昨日はなんともなかったから、寝ている時に何かあったか? いや待て、昨日は昨日で言葉に変な反応をしてなかったか? 知らぬ間に癪に触るような行動をしてたって不思議じゃない。


一応、帰ったらグウェンに訊いて────


「こらーっ!」

「っ!?」


波平の叱る大声の如く張り上げた声量と同時に、試着室のカーテンがばさっと開けられた。何事かと驚きたいのは山々だったが、俺は目の前の光景に言葉を失った。


桜楽が下着姿のまま立っていた。


「バカ、おま……っ!」

「別の女のことを考えてる気配を感じた!」


行ってる場合か! 俺はすぐに後ろを向いた。


「早く閉めろ!」

「ん? あっ」.


ばさっとカーテンを閉める音が聞こえた。あいつ結構えろい下着着てる……思い出そうとしてすぐに忘れた。


恐る恐る後ろを振り向いてみると、顔だけを試着室から出した桜楽がいて、チューリップのように頬が紅潮していた。中々見れない桜楽の顔だった。


「春喜のえっち!」

「お前が勝手に開けたんだろ!」

「まだ早いよ!」

「なんだ逆ギレか!」


男はこういう時劣勢を強いられる生き物なんだ。それはそうとまだってなんだ?


「だって女の気配がしたんだもん! 私のファッションショーの最中に余計なことを考えおって!」

「なんでわかんだよ」

「てとこはやっぱり!」

「やべ」


なんだこいつ、魔術でも使ってんのか?


「誰だ! 私以外に春喜の脳を蝕む奴は!」

「誰でもいいだろ。てか早く着替えろ! 帰っちまうぞ!」

「話を無かったことにするなー!」


こういう所で妙に勘が鋭いんだよなー。てか周りの人もいるから大声で喋らないでほしい。この後少しばかり歪み合いが行われたが、桜楽はファッションショーを最後まで続けた。




         ────



「でさー中盤のテレビの砂嵐みたいな音楽が流れた辺りから、めっちゃ面白さが加速していったよね。鬼滅の無限列車で猗窩座が術式展開した時みたいに」

「アニメとかドラマでも音楽が物語の面白さの半分占めてるって聞いたことあるしな。ホラーでビビらせるのも同様」

「アクションはねー。良かったけど何回も見返したいってわけじゃないかなー。メインはホラーだから別に良いんだけど、比べるとジョンウィックがどれほどレベチなのか毎回痛感させられるー」

「あれと比べんのは可哀想だろ」


仲良く映画感想談義に花を咲かせている俺たち。今はモール内にあるおしゃれだが老若男女問わず人気のあるカフェの中にいる。桜楽が何着か服を買った後に来た。互いに1品ずつのスイーツを頼んである。


映画を観た後は特に予定がなければ、いつもどっかのタイミングでこうしてまだ言い足らない感想を話し合う場を設けている。専門的な知識は特になく、偏見も混じった自己満足の儀式ではあるが、俺はこの時間がたまらなく好きだった。好きな物を誰かと話す。これは1人ではできないことだ。


無駄なんて言う奴の意見なんて知るか。俺は楽しければ、それでいいんだ。


「あの廃病院に出た化け物たちさ、ジェイソンステイサムとドウェインジョンソンがいれば楽勝に片付けられると思わない?」

「なんでそうなるんだよ。世界観ぶっ壊れるわ」


桜楽のふざけに一喜一憂し、苦笑し、今が1番幸せなんじゃないかとすら思う時もある。でも今の俺は少し雑念が混じっていた。雑念は失礼か。


グウェンのことだ。1度考えたらどうにも頭に粘着してしまう。少し前ならこうまでならなかったと思う。多分昨日と今日でグウェンの態度に少し違和感を持ったからだ。


「終盤で死んだ緑の服の人さ、私なんかあるんじゃないかって思うのよ。瞳が動いてた気がする。続編がギリッギリありそうな終わり方。でも興行収入によるかなー? 春喜はどう思う?」


今日の行き際のグウェンの違和感はわからない。昨日はどうだ? 何か変な事を言ったか……いや、そもそも前からグウェンのことは気になっていた。そんなこと言ったら、最初に会った時からグウェンは気になり過ぎてる存在なんだが、そうじゃなくて、もっと別の何かを感じてる。


「もしもーし。春喜さーん?」

「ん? なんだ、どうした?」

「もー話聞いてないでしょ」

「聞いてたよ。途中まで」


わざと笑みを浮かべてみるが、桜楽の視線は俺を怪しい目で見ていた。ちょっと気を緩め過ぎていた。反省しなければ。


「……本当になんか悩んでる?」

「え?」

「前にさ、春喜が映画のあらすじみたいなこと言って、私に質問してきたじゃん。あの時はふざけて答えちゃったけど、もし本当にあるなら話してほしい。ほら、前みたい(・・・・)にさ…………私ができることなんて多くはないけどね」


最後の言葉は雰囲気が重たくならないように、気を使って軽く言ってくれたのがわかる。どうやら俺は、隠し事ってのはあまり得意じゃないみたいだ。いつまで隠し通せるかわからないけど、まだ言うべきじゃない。


何が正解なんて教えて欲しいくらいだ。俺はただの怖がりなだけなんだから。


「いや、なんかその、変な心配をかけたならすまん。本当にそんな、深刻でもなんでもないんだ。いやマジで。ただなんとなく、考えてることが最近あって……前話した異世界の少女の話、覚えてる?」

「うん。覚えてる」

「少女は元の世界に帰りたがってる。理由を言ってなかったけど、母親に会うためなんだ。少女にとって母親が全て。戦争に行ってからはずっと会えてないんだけど、母親からの手紙を持ち歩くぐらい会いたいって願ってる。その気持ちは眩しいくらい真摯で真実。の、はずなんだけど……」

「何々?」

「本当に帰りたいのかなって……思ってさ」


なんで今こんなことを言ったのか、俺にもよくわからなかった。なんでだろ…………ただなんとなく桜楽に聞いてみたかった。桜楽からしたらわけのわからない質問に違いない。質問を質問で返してくると思いきや、意外にも桜楽は真剣に答えてくれた。


「それは帰りたくない気持ちもあるんじゃない?」

「どうして?」

「春喜が話してる少女って何歳?」

「俺らと同じくらい」

「急に大人がさ、私たちに外国との戦争地に赴けって言われたらどうよ?」

「嫌だな」

「私も。それだよそれ。嫌でしょ普通。私たちくらいの歳なんて、学校行って、友達と喋って、放課後カラオケとか行ったり、休日は遊園地とか映画館とか行ったり、それが普通じゃん? 昔は違かったとかは置いといて。春喜が言う少女の心情は知らないけど、わざわざ死ぬかもしれない戦争に行きたいなんて、私だったら思わないな」


桜楽の言葉は最もだった。国のために身を捧げたいとか、死ぬるなら本望とか、グウェンはそんな大義を抱いていない。ただ自分を大切に育ててくれたお母さんに会いたいだけなんだ。でも本心は1つとは限らない。なんで気づかなかったんだろ。グウェンにだって、何かを怖がる思考はある。


グウェンが魔術なんて言う強力な力を持っているから、勝手にグウェンを強い者だと思い込んでいたのか。


「会いたい気持ちも嘘じゃないとしたら、結論は2つの志向がせめぎ合ってる。矛盾してるけど、人間の本音が1つなんて決められてるわけでないし。会いたい気持ちと帰りたくない気持ち。どうどう? 私の推理当たった?」

「……わかんね」


当たったかどうかはグウェンの心を覗かないとわからない。魔術でも使わない限り無理だろうけど。でも桜楽のおかげで違和感が晴れた。俺の固い頭では考えつかなかった。桜楽には感謝しなければ。


「でもおかげでスッキリした。ありがとう」

「良いってことよ。でぇもぉ、一体全体これは何の話なのか、教えてもらおうか!」

「げっ」


話をし過ぎてしまった。流石にこれを例え話にするのは無理がある。どうする? いっそもう全部話すか? 


「て、催促したいのは山々だけど、今はいいや」


色々考えてたら、桜楽は案外引き下がってくれた。


「もっとしつこく食い下がると思った」

「私は寛大なのだよ」

「ここのスイーツ奢るよ」

「イエーイ。ま、できれば早めにお願いするね。私は春喜の全てを知っときたいから」

「なんだそりゃ」


桜楽の願いは善処するとしよう。ずっと隠し続けるのは無理がある。ともかくやることが明確になった。先輩が言っていたように、家に帰ったらこれまでよりもっとちゃんと、グウェンと話をしてみよう。


「さあ悩み話はこれでおしまい! 私との語りに付き合ってもらおうか」

「仰せのままに」


俺と桜楽は、その後1時間くらい映画の話を続けた。



         ────



「ゲーセンでも行かない?」

「またクレーンゲーム?」


カフェを出た後はモール内をぶらぶら歩いていた。胸のつっかえが取れたからか、足取りが軽かった。


「服も買ったんだからほどほどにな」

「春喜もやれば?」

「金をドブに捨てるだけだからいい」

「楽しいじゃん」

「景品取れなきゃ意味ねえだろ。一番くじ引いた方がマシだ」

「わかってないなー春喜さん」


桜楽が腕を組んできながらクレーンゲームについて語る。以前にも同じような会話をしたことがあるかもしれない、変わらないごく普通の会話。さっきまで戦争なんて物騒な単語を口にしてたからなのか、平和だと素直に感じた。今日は何事もなく楽しい1日で終われそうだった。




「みみ、見つけた」




背後から聞こえた不審な声に、俺は思わず振り向いた。





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