日常生活
「嫌だ」
『お願い!』
「嫌だ嫌だ」
『お願いお願い!!』
「嫌だ嫌だ嫌だ」
『お願いお願いお願いお願い!!』
「1個多い」
『じゃあ私の勝ちで行く決定!』
「なんでだよ!」
スマホ越しに元気な桜楽の声が鬱陶しいほどはっきりと聞こえてくる。切っちまいたいがそういうわけにもいかない。土曜日の昼時、俺はリビングで冷蔵庫を開け麦茶を取り出し、コップに注ぎながら桜楽と通話をしている。
父さんは友達と予定があるらしく、母も今日はパートで2人は家にいない。昼ご飯を食べるために下まで降りてきたんたけど、電話がかかってくると相手は桜楽だった。両親以外で電話をかけてくるなんて桜楽くらいだし驚かなかったが、俺は今猛烈に冷や汗をかいている。
桜楽が電話してきた理由は、明日の日曜日に映画に行かないかという誘いだった。それは別に構わなかった。俺も暇だし学校の課題もないし、普通ならば俺は2つ返事で了承していた。そう、普通ならばだ。
桜楽が観ようとしている映画のジャンルはホラー映画だった。
「お前嫌がらせか? 俺はお前に嫌われるようなことした? ん?」
『まっさかー! 私が春喜嫌いになるわけないじゃん』
「そっかそっかー。じゃあ俺がホラーは断固無理って話は認知症が進んで忘れたのかな?」
『私は健康15歳だぜ」
「なら良かった。じゃあ切るぞー」
『わー待って待って! お願いだよハルエモン!』
「誰がねこ型ロボットだ」
勢いに任せて断るには無理があったか。
『くそー。ここまで粘るとは思わなかった。もっと前から誘っておくべきだったか』
「1年前からでも同じ反応したよ」
『後生の頼みだ春喜様! どうか私と共に歩んでくださらぬか!』
「お前の後生何回あるんだ」
『面白いって話題なんだってば。今回のやつはそんな怖くないよー。レビューでもそう書いてある』
「当てになるかそんなもん」
『カメラを止めるなだって見れたじゃん』
「あれはホラーじゃねえ」
俺はホラーというか、本当にあった怖い話とかのお化け系が苦手なのだ。ゴーストバスターズは問題ない。きっと呪怨やリングを見た暁には、俺の魂が呪い殺されてしまうだろう。
桜楽は俺を殺めようとしている、けしからん。しかしこいつは強情だった。なんでよりにもよってホラーなんだ。アクションとからだったらこんなに悩む必要ないのに。
『……私に借り、あるよね?』
「は?」
『前に映画を1人で観に行った! そのツケを払ってもらおうか!』
「仕方なかったって言っただろ! お前どんだけ引きずるんだよ! これがラノベだったら読者飽きてるよ!」
『知るかそんなもん! 行くったら行く! 俺たちは2人で1つだ!』
「妓夫太郎みたいに言うな!」
『行くって言わないなら、これから10分おきに電話してスターウォーズのあらすじと感想を永遠に繰り返し言ってやる!』
「どんな拷問?」
駄目だ、これは拉致があかない。桜楽が背を向ける想像がまるでつかない。今もぎゃーぎゃーと少女の甲高い懇願が止まず鼓膜が破裂しそう。はあ……もういいや。
「わかった、わかったよ! 行けば良いんだろ行けば!」
『ホントに!? やったー! 愛してるー!』
「はいはい。その代わりポップコーンとドリンクはそっち持ちな?」
「かしこまりー!」
その後場所や落ち合う時間を決めて電話は終わった。
「たくっ……」
俺は麦茶を注いで放置していたコップを口へと運んで一気に飲み干した。
「長かったね」
ダイニングから労いの言葉が投げかけられた。
特に変わらない景色。ダイニングの空間に設置された椅子に腰掛ける銀髪少女以外は。もちろんグウェンである。グウェンの前にあるダイニングテーブルには、キャベツやにんじんを適当に切っていれただけの丼のインスタントラーメンがあった。
「先食べて良いって言ったのに。麺伸びるよ?」
「ご飯は1人よりみんなで食べた方が美味しい」
「俺しかいないけど」
俺も向かい側にもう1つある丼のインスタントラーメンがある席についた。今日は両親もいないので、グウェンと一緒に昼食を取ることにした。グウェンの分の料理(インスタントなのでただ茹でただけだが)も作った。
グウェンの存在を両親は知らない。だから家の1階にグウェンが来ることはまずない。これが今どうすべきか悩んでいる問題なのです。ドラえもんみたいにのび太の家族に受け入れてもらえれば楽なのだが、如何せんそんなうまくはいかない。喋ったところで生むのは困惑だけだろう。小林さんちのメイドラゴンみたいに1人暮らしならばと羨ましく思った。
だから食事などは残り物やご飯をこっそりグウェンの元に運んだり、ダッシュでコンビニ弁当を買ってきたりしている。栄養が偏ることを危惧していたが、グウェンは全く気にしておらず、むしろ「なんだこの美味しい食べ物は!?」と感極まっていた。今まで何食ってたのか想像がつかない。
寝る場所は俺の部屋を貸している。グウェンは外でも寝れると言っていたが、流石にそんなことをさせるわけには行かなかった。2階にはもう1つ空いてる部屋があったので俺はそっちで寝ている。て言うか外でも寝れるってマジでどんだけ過酷な環境で生きてたんだよ。
残りの問題は風呂だった。グウェンがこの世界の風呂を見た時には、俺は確かに彼女の瞳に星が宿るのを見た。風呂もないのかと異世界への憧れが少し消えがかったが、グウェンは貧しい暮らしをしていたんだから例外なのかもしれないと感じた。風呂が難しければ、タオルとかで体を拭くか川の水で体を洗えれば良いと豪語していたが、後者を現代日本でやらせるわけにはいかないと俺は必死に考えた。
入り方は教えれば問題ないけど、なにせ風呂は使っていれば目立つ。夜中に入るのはバレるリスクがあるし、俺が学校にいない間に入って母さんに見つかったらシャレになんないし、俺がずっと見張っているのはただの変態に思えたので即却下した。そこでグウェンが案を出してくれた。
それが、魔術で水と風と火を操り、その渦の中で風呂場にあるシャンプーを混ぜて体を洗うということだった。清潔な水とシャンプーで体を洗った直後に火で生みだした熱で瞬時に体を乾かす。グウェンはシャンプーを使えるだけで十分に満足していて、心と体の衛生問題を風呂場に入らずに解決した。まさに魔術さまさまである。
元々着ていた衣服も同じ要領で洗剤を混ぜて魔術で綺麗にしているらしい。
とまあこのように、紆余曲折はしたものの、グウェンは今の生活に大変満足して徐々に慣れていっている状況にある。とはいえこのままに放置していくわけにはいかないことくらいわかっている。衣服だってずっと同じままは嫌だろう。グウェンは全く気にしていなかったが。
けどまあとりあえずは大丈夫。今は初めてのラーメンを堪能しているグウェンの様子を見守ろう。
「美味い! なんだこのらーめんという食べ物は! 味も匂いも舌触りもまるで感じたことがない! 晴喜は料理の天才だったか!?」
「俺が天才だったら世にいる料理人は全員巨匠だよ」
ただのインスタントなのに本当に美味そうに食べ勧めている。俺も箸を使って麺をすするけど、いつも通りの味でしかない。いや美味しいけども。俺も初めてラーメン食べた時はこんな反応をしていたんだろうか。覚えてないけど。
「そう言えば箸、使えるようになったんだ」
グウェンの世界には箸という物がなかったらしい。異国にはそんな文化があるかもしれないと言っていた。まあ箸って異世界じゃあんま想像つかないし。グウェンは最初見た時は戸惑っていたが、いつの間にか常人と同じくらいには使いこなせるようになっている。
「うん。慣れれば使いやすいわね」
「地頭が良いと覚えも良いのか」
「こんな美味しい料理を食べられるならちょちょいのちょいよ」
「料理なのかなあ……? そっちの世界じゃ料理はまずいの?」
「そんなことはない。私が貧しかったからというのもあるけど……お母さんが作ってくれた料理はどれも美味しかった」
グウェンのお母さん…………確か、
「料理人だっけ?」
「昔ね。お母さんは少ない調味料や食材で、私にたくさんの料理を作ってくれてたの。量は多くなかったけど、お母さんと一緒に食べるといつも美味しくて、いつの間にかお腹いっぱいになってた」
「ふーん……俺も食べてみたいな。グウェンの世界にいつか行けたら」
「そうね……そうなれたら嬉しいな」
言葉が引っかかった。そうなれたらと、約束ではなく理想の形になっていた。お母さんの話をするグウェンの表情は変わらず明るいはずなのに、最後の言葉には陰が映った。
「さっきの会話は桜楽と?」
少し気になったが、グウェンが話題を変えてきたのでスルーした。
「ああ、桜楽だよ。明日映画観に行こうって」
「観に行く? ここに来るってこと?」
「いや、違くて……ああそっか。言ってなかったっけ?」
「?」
映画のことは教えたが場所の方は教えてなかった気がする。
「映画館だよ。映画はそこにあるテレビとかタブレット、このスマホでも見れるけど、普通は映画館って場所に行って、ばかでかいスクリーンで映像を楽しむの」
「どのくらいでかいの?」
「ええ……テレビ画面の30倍くらい?」
「30倍!?」
盛り過ぎたか? 後でどんくらいなのか調べてみよ。
「そんなでかいんだ……どんな迫力なのか想像もつかない」
「グウェンの魔術があれば忍び込めそう。透明化の魔術とかない? そしたらずっと無料で観られるし最高だなー」
「あるよ。透明を使えれば時間制限はあるけど他人から視認できなくなる」
「ホントに? それじゃ……ん? 使えれば?」
「言ってなかったね。まあ、ハルキに言うことでもないんだけど──」
「今の私は上位魔術が使えないの」




