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追憶のヴァルトリア  作者: 律蒼唯
第一章 追憶編
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第一章2話 「楽園と呼ばれた都」

 ちょっとした隙間から目に光が差し込み、僕は目を覚ました。


 檻には布が掛けられてしまい、中からは外の状況が見えなくされている。


 ただ、全く情報が無いという訳でも無い。外から聞こえる会話の中で、今は焔牙層へと向かっていることは分かっている。そう、分かっただけだ。


 僕には今どうしようもなければ、特にこれといった策も思いつかない。


 イリスは僕と別の場所へと移されてしまったようで、とうの前に声すら聞こえなくなってしまった。


 僕にもっと、あいつを守れるだけの力が、それだけの決意があれば。


 ――くそっ。


 ガンッと檻にやりきれない気持ちをぶつける。


「……ったく、暴れてくれるな。ガキを痛めつける趣味はねえんだ」


 予想外なことに人がいたため、体が少し跳ねた。周りには既に誰もいないものだと思っていたが、まだ見張りが残っていたようだ。


 この状態だと出来ることもないため、暇つぶしに少し話しかけてみる。


「見張りの人、僕は、これからどうなるんですか?」

「ボスの考えによるが……まあ、少なくともさっきの嬢ちゃんの方は若いし顔が良い、まずは中央のお偉方に見せに行くだろうな。いい値で買われるだろう。お前も……悪かねえが、男のガキを買うのは人手不足の奴らくらいだ。一先(ひとま)ずは、どこぞの奴隷商にでも売られるんじゃねえか?」


 奴隷か――。


 何をするでもなく生きてきたこれまでの生活に比べれば、ある程度の衣食住を貰いながら言うことを聞く奴隷の方が、今より僕の人生に彩りを与えてくれるのではないだろうか。


 心残りがあるとすれば、鉄鎖巷(てっさこう)に残してしまうことになる母さんだ。


 僕の母さんであるフェリンは、独り身なのにも関わらず僕を懸命に育ててくれた。その恩は、どれだけの歳月が経とうとも必ず返すべきだと思っている。


 母さんの事を考えている内に、もう一つ気がかりなことがあったのを思い出した。


「なあ見張りの人、せっかくだから、僕の話、聞いてくれよ」

「なんだよ?」

「僕ってさ――」



「――捨て子なんだ」



----------


 五年前、イリスの両親と母さんが話しているのを偶然聞いてしまった時に、僕はその事実について知ることになった。


「カナヴェルさん、あの子についてはまだ何も分からないんですか?」

「そうだね……。ペンダントに書かれていた名前以外は、まだ、なにも。どうやら姓も書かれていたようなのだが、生憎と文字が潰れてしまっていて、今は白燈街の鑑定士に確認を依頼しているところさ」

「そうですか……」

「でも、フェリンさんが引き取ってくれていなかったら今頃どうなっていたのか分からないわ。大変だと思うけど、改めて本当にありがとう、フェリンさん」

「全くだ、あの子が鉄鎖巷の路地裏に捨てられているのを見つけた時はどうしたものかと思っていたが、フェリンさんがいてくれてとても助かっているよ」

「いえ、それは些細な事ですよ。あの子を見た時に思ったんです、他の人には預けられない……って」


 フェリンは胸に手を当て、微笑みながらそう言った。



 壁越しに聞いていた僕は理解が追いついていなかった。数秒、頭の中で自問自答して情報を整理し始める。


 あの子って誰だ? 母さんが言っていることから、僕である可能性は高いはずだ。


 ペンダントって? イリスの父さんは名前が書かれていたと言っていた。


 路地裏に捨てられていたって――。



 ――僕は、拾われたのか?



----------


「……でも、僕からは伝えていないんだ、捨て子だったって知っていること。だって、母さんがそのことをカナヴェルおじさんたちと一緒に気にかけてくれていたってことは、いつか分かった時に打ち明けてくれると、そう今でも思っているから」

「そうか……、おまえも苦労してんだな。まあ……この都市内で苦労してないやつなんて、それこそレアかもしれねえが」


 それからしばらくして、見張りと関係の無い話で盛り上がっていると、扉の音がキィと鳴り開き、見張りの人に声を掛けた。


「おいレキ、時間だ。ガキを連れて移動するぞ」

「……うす」


 入ってきた人は、それだけ伝えるとすぐに扉を閉めて行ってしまった。


 この場の空気が、一瞬にして水を差され固くなる。


「悪いな、ノア。俺も生活と命が掛かってるからよ」

「構わないさ、僕もこの時間が有限な事は知っていたからね、レキさん。

 ……焔牙層(えんがそう)はいいところかい?」

「そうだなぁ……薄暗くて治安は最悪、空気も場所によっちゃあ有毒でおまけにメシも不味い。最高な場所さ」

「それは……何というか、楽しみだね」


 二人は部屋の中で聞こえる程度にクスっと笑い、移動の準備に取り掛かった。



 手(かせ)と目隠しをされ、(かせ)から伸びた(くさり)を引かれる形で歩き着いていく。


 その先で、鎖をグイっと引っ張られて態勢を崩しそうになった。どうやら、どこかに鎖が固定されたようだ。少しガチャガチャと動かしてみるが、外れそうな気配は全く無い。


「大人しくしてろよ」


 レキを含む見張りの連中は、僕の手枷を繋ぐなり部屋を出て行ってしまった。


「うぅ……」

「帰りたいよぉ……」


 突然近くから聞こえた声に、目隠しをされているにも関わらず、思わず顔を声の聞こえる方向へと動かしてしまう。


 誰だ? ――イリスの声ではない。


 それに、聞こえる声は一人や二人ではなく、下手したら十人以上がいるような雰囲気だ。


「そこ、僕の他にも誰かいるのか?」


 一瞬の沈黙の後に、一人の冷静な様子の女の子が答えてくれた。


「はい、ここに連れてこられた人で、確認出来たのはあなたで九人目です」

「九人……皆、あの焔牙層のやつらに捕まって、ここへ?」

「そのようですね」


 ここに集められている子供たちは、まとめて奴隷商まで連れていかれるのだろう。


 視覚を封じられて身動きも取れない状態のため、何も力になれないのは少し申し訳なく思う。


 それに、ここにイリスはいないようだ。


 レキから聞く限りだと――お偉方に見せる――と言っていたため、そもそも連れて行かれる場所が違う可能性がある。


 だとすると、助けられるのは出発前の今だけかもしれない。


「っく、手枷さえなんとかなれば……」


 この手枷さえ外すことが出来れば、やりようはいくらでもあるはずだ。


 だが、その手枷を外すことがまず問題……だ?


 ジャラ、と音を鳴らして足元に手枷が落ち、途端に腕が自由に動かせるようになった。


 僕はその手で目隠しを外すと、目の前には一人の少女の姿があった。


 黄金のように輝く金の髪と瞳を持った、どこか儚げな雰囲気の女の子だ。目と目が合い視線を交わすと、思わず飲み込まれそうなほど綺麗な瞳がそこにはあった。


「手枷、なんとかなりましたね」

「君は……一体……」

「助けたい人が、いるのでしょう?」


 小首を傾げ、問いかける少女。


 僕はハッとして、急ぎ振り返り部屋を出ようと駆けだした。


「そうだ、イリス!」


 急げ、まだ間に合うはずだと言い聞かせながら、僕は部屋を飛び出した。



「――やはり、西方にいらっしゃったのですね」


 少女は少し微笑みながら、自身の黄金の瞳で飛び出したノアを目で追いながらその場で囁く。だが、その言葉を聞く者は誰もいなかった。


----------


 見張りの目を避けながらひたすらにイリスを捜し回っていると、目の前に如何(いか)にもな大扉が現れた。


 周囲に誰もいないことを確認して扉へ聞き耳を立てると、中からはあの、ボスと呼ばれていた大柄な男の声が聞こえてきた。


「もうすぐだ……もうすぐ、俺たちもあの楽園(らくえん)へ行ける!」


 ――楽園? 


 楽園とは何のことを指しているんだろうか。


「あの方々の言っている楽園(らくえん)とは、中央都市の事ですよ」

「……っ!」


 この場にいないはずの少女の声が背後から聞こえて、思わず漏れそうになった驚きを飲み込む。


「どうしてここに!?」

「いえ、ただ、あなたの事が少々気になりまして」

「僕が、どうかしたのか?」

「今、あなたに中央へ行かれては困ります。なので、事を荒立てないで頂きたいのです。あなたは逃げて下さい」

「なに訳の分からないことを……それはそっちの勝手な都合じゃないか。ここでイリスを置いて一人で逃げられる訳が無いだろ?」

「……分からず屋ですね」


 少女はまるで拗ねたようにそっぽを向いて、ボソッと小声で呟いた。


「なんだよ」

「何も」


 よく分からないが、なんだか僕の発言で機嫌を損ねてしまったようだ。


 ただ、そんなよく分からない会話をしていると、中から聞き馴染みのある声が聞こえてきた。


「あんたたち、楽園なんて夢物語、信じてるなら勝手に行けばいいじゃない! 私たちを巻き込まないでよ!」


 イリスの声だ。まだ移動させられていなかったようで少し安堵する。


「ふんっ、そうか。何も知らねぇ嬢ちゃんには特別に教えてやろう。楽園、(すなわ)ち中央都市にはな、一攫千金の夢があるんだ! 金にも女にも、食いもんにもその日暮らしのアジトにも悩まなくていい、そんな夢がな!」

「……中央都市が楽園? 何を言って――」

「だからお前みたいな上物のガキを交換条件に、俺たち焔牙層のはぐれ者は中央へ行けると約束して貰ったのさ!」

「きゃっ! ちょっと、離……し、て!」


 部屋の外から聞いていた僕は表情を変え、咄嗟に扉を勢いよく開いた。


「イリス!」

「……おい、外の見張りはどうした?」

「申し訳ありません、ボス。丁度、奴隷商に持ってく奴らの確認に……」

「ノ、ノア?」


 部屋へ飛び込んでまず目に入ってきたのは、先程僕に付けられていた手枷よりも頑丈そうな、手錠に拘束されたイリスの姿がそこにはあった。


「おまえら……イリスを、彼女を離せ……」

「ふん、お願いするなら、それ相応の言い方と態度ってもんがあるよなあ?」

「くっ……」

「ノア、いいの! やめて!」


 悲観する叫びは、既に耳に入らなくなっていた。


 僕は膝を折り、地面に顔を伏して懇願する。


「……お願い、します。イリスを、解放、してください」


 部屋の中で一瞬の静寂が訪れ、それはすぐに、空気の漏れた音と共にかき消された。



「っふ、ははは! がははは!」


 大男は少年を盛大に嘲り、笑い飛ばした。


「これだからガキは飽きねえ! そんな態度とか言葉の一つや二つで解放してたら、訳ねえよなあ!」

「はは!」

「さすがだぜ!」

「きひひっ!」


「っ……」

「本っ当に最低な連中ね……」

「……」


 部下と共に笑い飛ばされ、ノアは顔を伏したまま頭に血が上るのを感じながらも、悔しさから顔を上げられずにいた。


 すると、地面に伏した視界の真横に影が落ちた。


「焔牙層の方々は、中央へ行きたいのですよね?」

「ああ、そうだが……誰だてめえは?」

「……中央へ行くことが出来るなら、方法はなんでも構わないのですか?」

「なんだっていいぞ、なんなら、お前が連れてってくれるのか? がはは!」

「ええ、構いませんよ」


「がは、は……は?」



 ――何を言っているんだ?



 きっと、ここにいる全員がそう感じた事だろう。


 だが、微動だにしない黄金の少女の冷静な面持ちに、焔牙層(えんがそう)の面々を含め、この部屋にいた者たち全員が思わず息を飲んだ。


 そんな空気を切り裂き、最初に口火を切ったのは大男だった。


「……どう、信用しろって言うんだ?」

「そうですね……。私が――ヴァルトリア家の末裔(まつえい)だ――と言ったら、あなた方にとって、信用に値しますか?」

「…………」


 大男は少し目を見開いた後、しばらく考える様子を見せてから口を開いた。


「……ハッ、そいつを離してやれ」

「で、でもボス交換条件が――」

「いいから離せって言ってんだ!」

「ひっ! は、はい!」


 どういうことだ? なぜイリスは解放されたんだ?


「よく分からないけれど……ありがとう。えっと、お名前は?」

「……」


 頭の中で理解が追いつかず、僕はその場に伏したまま少女の顔を見上げる。するとなぜか目が合った、だが直ぐに反らされ、少女はイリスへと視線を向けた。


「私の名は、フィナ――フィナ・ヴァルトリア」



 一呼吸おき、少女は胸に手を当てて軽く目線を下げながら言葉を続けた。


「……ヴァルトリアの名と共に、ようやくこの地に舞い戻りました」



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