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追憶のヴァルトリア  作者: 律蒼唯
第一章 追憶編
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第一章1話 「浮遊する日常」

 とある日の朝。僕はカップを片手に少しばかり粗雑なコーヒーを口へと流し込みながら、いつものバルコニーで空を見上げていた。


 最近は、商会が中央都市からの仕入れでコーヒー豆をいくつか棚に並べることがあり、挨拶ついでにその日の棚に並ぶ商品を見に行くのが日課になりつつある。


 今日もこれといって物珍しい品は無かったものの、この間までは滅多に並んでいなかったコーヒーを連日飲めているささやかな幸せを噛みしめる。


 そんな朝の時間も束の間、一階の正面口から声が聞こえてきた。


「おーい、ノア! 暇してるの?」


 こんな朝っぱらから家へ来るのは一人しかいない、幼馴染のイリスだ。


 僕は座っていたイスをギィと鳴らして体を起こし、一階へと顔を覗かせる。


「もちろん暇だけど、どうかしたのか?」

「今日も一緒に宝探しに行かない?」

「……分かった。ちょっと待っててくれ、すぐ準備する」


 ここで言う宝探しは、いわゆる廃品探しだ。


 家の周辺である鉄鎖巷(てっさこう)の住宅街や、この西方都市内を散策して、高値で売れるような珍しい物品が落ちていないかを探すのだ。


 昨日も一緒に散策したが特にこれといった物は拾えていない。昨日の今日で真新しい廃品が落ちているとは思えないが、別にすることも特に無くて暇だし、一緒に行くことにする。


 軽く身なりを整え、鞄の中には懐中電灯と水、それと廃品回収用に少し大き目の布袋を入れて、手には怪我防止のための手袋を装着した。よく鉄製の鋭利な破片やガラスなどを手にすることがあるためだ。


「悪い、遅くなった」

「全然、こんな朝早く押しかけているのは私の方だもの」


 イリスはカナヴェル家の一人娘で、幼少の頃からここ西方都市で共に育ち、今でもよく話す仲だ。


「それじゃあ母さん、ちょっと行ってくる」

「気を付けて行ってらっしゃい。イリスちゃん、ノアをよろしくね」

「任せてください! ノアが知らない人に付いていかないように、しっかりと見ておきますので」

「もうそんなガキじゃないっての。てかイリスの方こそ……」

「何よ」

「まったくもう、変わらないわね……あなたたち」


 呆れた様子で微笑む母を背に、ちょっとした口喧嘩を挟みながら僕らは宝探しへと出発した。


----------


 鉄鎖巷(てっさこう)にある住宅街を抜けた僕たちは、昨日の宝探しでは行けていなかった白燈街(はくとうがい)へ向かって歩いていた。


「ゆっくりしてないで早く行こうよ!」

「……急ぎすぎだ。道中も見ておかないと、良いもんあっても見落とすぞ」


 少し前を歩くイリスを横目に、道中もくまなく目を光らせる。


「お、ほら。こんなのもまだ落ちてるんだ、イリスも探してみたらどうだ?」


 足元に光り輝く塊を見つけ、手に取ってそれを回収用の袋に入れた。


「こんな場所で探すよりも、もっとデカいのをひとつ見つけたくはない?」

「デカいのって?」


 イリスはどこか、何かを思いついた子供のように不敵な笑みを浮かべる。


「よくぞ聞いてくれたわ! ノア、昨日の夜にあったこと、何か憶えてる?」

「……昨日? 昨日あったことっていえば、夜に少し離れた所で建物が倒壊したような音が聞こえたことか? でもここじゃそれはいつものことだろ?」



 ―――――西方都市。


 約五十年ほど前まで、この都市は中央都市による統制が行われており、昼夜問わず人で賑わい、大変栄えていたという。


 だがそんな中、中央都市は東西南北に位置する四方位(しほうい)都市を唐突に切り離し、どの都市も衰退の一途を辿っていくことになった……という話を昔からよく聞かされていた。


 僕が物心ついた頃には既に現在の西方都市だったこともあり、正直なところ、人で賑わう様子などは全く持って想像出来ない。


 今の西方都市といえば、空気は濁り、すぐ横に目を向ければ道で寝ている人やゴミの山。なけなしの商店街には、裏ルートで密輸入された中央都市の品々が不定期に並んでいるといった感じだ。


「……それはそうなんだけど、昨日のはひと味違うらしいわ」

「らしい? 何か聞いたのか?」

「ええ、鉄鎖巷の広場で聞いたの。あの音、もしかすると空から何か落ちてきた物かもーって。夜に偶然見かけた人がいたみたい」

「空……まさか、飛行船か?! だとすると、稼ぎ時かも知れないじゃないか! 何でもっと早く言わないんだ!」


 僕は勢いよく駆け出し、颯爽とイリスの横を走り抜けていく。


「ちょ、ちょっと!」


 頑張って追いかけてくる彼女のことは気にせずに走り続ける。このまま行けば、白燈街(はくとうがい)までは五分も掛からないはずだ。


----------


「はぁ、はぁ……足、速すぎるのよ……」


 ノアが走り出してから三分ほどが経った頃、頑張って追いつこうとはしたものの、私は息を切らしながら地面と見つめ合っていた。走り去った方向へと目を向けて見たが、既にノアの姿は見えない。


「なんであんなに急いで行っちゃうのよ……」


 飛行船へ、あそこまで急いで行ってしまったのには理由がある。



 ――今から二年ほど前。


 大きな音と共に、空から飛行船の残骸が落ちてきたことがあった。


 残骸からは、沢山の保存食や衣服、指輪やネックレスのようなアクセサリーまで回収することが出来たそうだが、当時の私たちはそんなことがあったなんて露知らず、大人たちはそそくさとかき集めてひと山当てていたという。


 その一件から少し経った頃、ちらほらと大人がその話を持ち出すようになったことでそのことを知り、ノアは決意して私にある話をしてくれたんだ。


「イリス、もし次にチャンスが来たら、僕たちも宝を探しに行こう」

「……でも、探してどうするの? お金なんて……持ってても危ないだけじゃない」

「その時は、まぁ、取り敢えず隠せばいいさ。それに、お金が出来たらきっと……中央へ行ける。そうだ、家族も連れて皆で中央へ行くんだ」

「中央に……パパとママも連れて、皆で?」

「ああ、こんな生活とはおさらばだ。きっと、毎日お腹いっぱい食べれて、さらにはデザート付きだぞ」


 その話を聞いた時に想像してしまったんだ。


 キッチンで料理するママの姿、書斎でもくもくと仕事をこなすパパ。人が行き交う露店街で、ノアと一緒に食べ歩きをしながら買い物をする私。活気のある街、空気も澄んでいて大きく息を吸える、そんな希望を抱けるような夢を。


 それが、今日かもしれない。


「……っ」


 二年前の記憶が勢いよく巡り、現実へと引き戻される。


「そうだ、あの日から宝探し、始めたんだっけ……」


 どうして忘れてしまっていたのだろうか。


 ノアのあの形相、きっと、ずっと憶えていたからだ。


 重い腰を上げて息を整えた後、私は再び走り出した。


----------


 いつの頃からか、イリスは宝探しにあまり意欲を示さなくなっていた。


「イリスのやつ、忘れてるんだろうな」


 白燈街へ向かう途中で、僕は少し昔のことを思い出していた。


 あの時の夢、もしも今の彼女が望まないのであれば、中央都市には僕と母さんだけで行くことにしよう。



 夢中で走り続けて、ついに白燈街の入口まで辿り着いた。


 少し先に目をやると、空から落ちてきたとされる物を中心に人だかりが出来ている。


 三、四人のグループがいくつかあり、それぞれ周辺を散策し、売れそうな物を探しながら回収しているようだ。


「……あれが、飛行船?」


 ――何かおかしい。僕にはあれが明らかに飛行船じゃないように思えた。


 ごく稀に、飛行船は都市の上空を通過していくことがあるため何度か目にしたことはあったのだが、これまで見たどの飛行船にも似たような形状が当てはまらない。


 ただ、今考えても仕方がない。一先ずはあれを飛行船としておくとしよう。


 クレーターのように少し窪んだ場所の飛行船を見据えながら、分かりやすいであろう小高い場所でイリスを待つことにした。



 しばらく経った頃、へとへと気味なイリスが白燈街の入口に到着した。


「……っ、ノア〜、もう……限、界っ」

「おっと、先に行って悪かった。大丈夫か?」


 息を切らしながらやってきたイリスは、その場で崩れ落ちそうになる寸前でノアに体を支えてもらう。


「ううん、いいの。それに、夢も思い出せたしね」

「夢? もしかしておまえ……」

「ん、あれが噂の飛行船なの? 想像してたよりも変な形なのね。早く行きましょ、宝探し!」

「あ、あぁ、とりあえず行ってみるか。ていうか、急に元気になるじゃないか」

「別腹よ、別腹!」

「……」



 二人はちょっとした階段を降りて、少し歩いた先にある仮称飛行船の近くまでやってきた。


 近くに来てみると、先ほど遠くから見ていたよりもたくさんの人が廃品を回収していることに気づいた。


 なんだか物騒な人たちもいるみたいだし、目を合わせないようにしなくては。少し遠回りになるが、後ろの方から飛行船に近づくとしよう。


「イリス、こっちの方から行こう。足を取られないように気を付けて」

「う、うん。ありがと」


 彼女の手を取り、廃品で不安定な足場をガシャガシャと進んで行く。


 その最中、先ほど見かけた物騒な人たちがこちらを見て近づいて来た。


「おい、うるせえな。誰だここにガキを連れてきたのは」


 近づいて来た大柄な男は、僕らを見下す形で話しかけてきた。


 その手には雑に研がれた鉄板に棒を括りつけたものを持ち、後ろには五、六人の部下らしき人たちが控えている。


「俺らは焔牙層(えんがそう)のもんだ、お前ら、どこのもんだ?」


 ――ヤバい。


 これは明らかにヤバい。場の空気の変わりように心拍数が上がる。


 焔牙層といえば、治安の悪さでいうと直ぐに名前が上がる程、西方都市の中でもトップクラスの地域だ。普段はこんなところまで顔を出す奴らじゃないのに、それほどにこの飛行船がレアなのか?


 それよりも、今こいつらに隙を与えたらおそらく僕たち二人は捕らえられてどこかへ身売りされてしまう。


 そうさせないためにも、思い切って少し態度を大きく見せた。


「……悪かった、この辺はあんたが仕切ってると知らなかったんだ。イリス、俺たちは向こうへ行こう」


 投げられた質問をさりげなく避けつつ、その場を離れようと試みてみた。だが、直ぐに失敗に終わる。


「なんだ、身元は明かせねえってよ。お前ら――」


 大柄な男はその顔に笑みを浮かべながら、顎をくいっと動かして部下に僕らを囲むように指示を出した。正面に背後、左右全てにぞろぞろと人が群がってくる。


「ボス、ガキの言っていたイリスっていやあ、鉄鎖巷(てっさこう)で名高いカナヴェル家の令嬢じゃないですかい?」

「私って有名なの?」

「……っ」


 くそ、下手に知識を持ってる奴がいるな。ここでバレる訳にはいかないのに。


「そうかそうか。なら、尚更ここで行かせるわけには行かなくなっちまったなあ!」


 そう言うや否や、男は勢いよく拳を振り下ろしてきた。


 咄嗟に前方へと防御態勢を取ったが、力に差がありすぎて意味を為さなかった。


「殺すんじゃねえぞ、女の方は出来るだけ傷も付けないようにしやがれ、価値が下がるからな。男の方は余ってる檻にでも突っ込んどけ」


僕は人一人が入るほどの檻の中へと投げ込まれた。


「がはっ……!」


 ――だめだ、意識が。


 頭の中がグラグラと揺れている。


「……やだ、は……して!」

「イ……リ、ス」


 次第に世界が歪み、僕は気を失った。


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