訊かなきゃ、分からない ―微笑う、嗤う、時計兎―
「へぇ――――この子が、群青の国に来た新しい“アリス”ですか――――」
黒く、艶のある長い髪。
髪と同じ色をした、透き通った瞳。
可憐、それでいてどこか迫力のある雰囲気を身に纏った彼女。
「間違いありません。この子は、我々が迎えるべき少女です――――――」
そして私は、嗤った。
*・*・*・*・*
眠ってばかりで一日を過ごしたおかげか、翌朝には体調はすっかり良くなっていた。
とりあえずシャワーを浴び、青いワンピースを着る。……うん、やっぱり私にエプロンドレスは似合わなかったよ。このほうがまだいいよ。
部屋にいるのもさすがに嫌になって廊下に出ると、シルバに出くわした。
「ありす、もう歩けるのか?」
「歩くことくらい出来たけど。風邪なら、もう大丈夫よ」
「そう、か」
「うん。ところでなんだけど、ロストって普段どこにいるか知ってる?」
「げ」
げってなんだ、げって。
「知らないことはねえけど……会いに行くつもりか?」
「そうよ。この間会った時には、ゆっくり話も出来なかったし」
「しなくていいだろ、あんなヤツと」
「いいから行くの。なんか、色々知ってそうだし」
シルバがびくっと姿勢を正した。
「何?」
「や、なんでも」
「そう?」
どう考えてもなんでもなくはなさそうだったけど、深追いしても上手くかわされるだけだろうと諦めた。
「それで、どこにいるのよ?」
「蝋人形館」
「ひぇう」
蝋人形館なんて、もう響きからして怖いオーラ出しまくりだ。
「あいつ、よくあそこで番してるらしいからな」
「番って、留守番とか店番みたいな?」
「そんな感じだ。“一角獣”は“グリフォン”の奴隷みたいなもんだからな」
「そういえば、“グリフォン”ってまだ会ってないわね。同じ場所にいるかしら」
「いるかもしれねえけど、いたら即逃げて来い」
「ほぇ?」
「っつーか、一人で行かせなきゃいいんだよな。俺も一緒に行く」
「え、なんで?」
「危ねえから。俺は基本平和主義だから帽子屋も連れてくか」
ただ単に喧嘩が弱いだけなんじゃ……。
「じゃ、行くか。とっとと訊いた方がいいだろ?」
「それはそうだけど、別に焦る話じゃないわよ。っていうかシルバ、仕事は?」
「今の時期は仕事とか大して無いからいい」
「本当かな……」
*・*・*・*・*
「まったく、なんでシルバまでいるんですか? ありすの護衛なら僕一人で十分ですよ」
「急にかり出された事には突っ込まないんだ……」
「ええ、“アリス”に何かあったときに守るのは武官である僕の役目ですからね」
「そういえば、前にもそれ聞いたけど、レザンって武官なの?」
「見くびってもらっては困りますねぇ。これでも群青の国一の殺し屋なんですから」
「ひ……」
「“帽子屋”っつーのはそういう役なんだよ。“アリス”を手にかけることはねえから安心しろ」
「いや、そういう問題じゃないから! 戦うってより完全に殺すの目的だよねそれ!」
「気にしたら負けですよ。さて、行きますか」
*・*・*・*・*
「ここが蝋人形館……?」
蝋人形館というから博物館のようなものを想像していたら、外観としてはレザンの家を小さくしたような感じの普通の洋館だった。どうやら他人に公開するためのものではないようだ。
「俺が先頭だな。レザンが後ろ、ありすが真ん中」
「ええ、それが妥当でしょう」
「一列で行くの? 余計不気味……」
「そうしないと危ねえんだって。行って、あいつに訊くことあるんだろ? それは多分、俺じゃ教えらんねえことだからな」
「僕としては出来るだけ会わせたくはなかったのですがね」
あの日ロストは「聞いてから後悔しても遅い」と言っていた。
でも、聞かないほうがいいことだったかは、訊かなくちゃ分からないから。
「 会わなきゃ。
会って、「皆」のこと――――訊かなくちゃ」
私が何をしようとしているのか、シルバには分かっているみたいだった。彼は私にほんの少しだけ微笑いかけて、歩き出した。レザンは一瞬怪訝そうな顔をしたけれど、それはすぐに周りへの警戒の表情に変わった。
*・*・*・*・*
歪み切って石と化そうとしているこの国を救える、たった一人の少女。
待って、待って、待ち続けた。
これ以上待つ時間は――――もう残されていない。
これでこの国は救われる。
例えそれが――――《代替品》であったとしても。