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群青の国のアリス  作者: ラナ
第二章   姫を導くのは
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昔の“アリス”と目の前の“アリス” ―時計兎、考える―

 結局30分悩んだ挙句、恐る恐るありすの部屋の扉を開いた。悩んでいる間に誰も来なかったのは奇跡に近い。

 部屋に入ると、ありす以外には誰もいなかった。いや、いられては困るのだが。

 足音を立てないようそっとベッドに近づく。ありすは眠っているようだが、幸せそうな寝顔とは言いがたかった。顔は真っ赤、息を吸うたびに喉から空気の通る音がしていて、見るからに苦しそうとしか言いようがない。

 すっかりぬるくなっているタオルを取り、冷たい水に浸してもう一度額に乗せた。


「まだ3日目か……」


 ありすが倒れたのは、恐らく雨に濡れて体を冷やしたせいだけではないだろう。本人は淡々と状況を受け入れているように見えたが、実際はこの一連の事態にかなりショックを受けているはずだ。


 別の世界に行くなど、そうそう起こる事ではない。こちらから向こうの世界へ行く道は閉ざされているから俺だってありすの世界に行ったことはないし、向こうからこちらへ来ることが出来るというところに関してもあまり実感はない。


 ましてや、自分の住む世界以外のいわゆる「異世界」のことなど知らなかったであろうありすが何の前触れもなくいきなりその「異世界」へワープしたのだ。


 本人が気づいているかはともかく、普通ならこんな状況をすんなり受け入れられるほうがおかしい。そこに不運が重なって体を壊してしまったのだろう。


「時計兎。何をしているんだ」

「うひゃっ!?」

 頭上から突然降ってきた訝しげな声に飛びのくと、チェシャ猫が変態を見るような目で俺を見ていた。

「ジーナ……。いつからいたんだ」

「つい2分ほど前だ。それよりシルバ、こんなところで何をしている」

「何って、別に何かしてるわけでは。強いて言うならありすの看病だ」

 そういうお前は何だよ、と訊く前にジーナのほうから口を開いた。

「私は彼女の見舞いに来たんだ。やれやれ、可哀想に――ここの気候が体に合わなかったんだな」

「……新しいな、その考え方」

「は?」

 といってもそれも不運のうちか。


「ところで、ありすにはもうあの事は話したのか?」

「あの事ってなんだよ。いろいろ思い当たりすぎてわかんねえよ」

「それはそれで問題だろう。まあいい。あの事というのは向こうの世界のことだ」

「それは“一角獣”の仕事だろうが。別にありすが知りたいと思わなければ知る必要もないことじゃねえのか?」

「知る必要もない、か。ありすが知りたいと思わなければな」

「どういう意味だよ。大体それ、今俺が言った事と前後変えただけだろ」

「例えば、だ。もしシルバが見知らぬ土地にいきなり連れて行かれたとする。女王や帽子屋、私ほか諸々のお前を知る人物は誰一人としてお前の行方を知らない。住むところやそこの状況はとりあえず分かりひとまず落ち着いたところで、シルバなら何を考える?」

「何、って」



 居場所や食べる物、これからの心配は当面ないということだ。それなら――



「知り合いがどうしてるかだな」

「ご名答」

「それとこれとがどう関係するんだよ」

「ありすが向こうの世界の事を気にしないわけがないということだ」


 そんなことは分かっている。分かっているけど。


「ただでさえこんなに弱ってんのに、これ以上追い討ちかけるようなこと出来るかよ……」

「そうは言っても、シルバが教えなければいつかこの子はロストに訊きに行くだろう」

「それはそうなんだけどさ。体より心の方が傷ついてると思うんだよ、こいつ。本人は意識してねえと思うけど」

 

 泣いて、喚いて、暴れて、「元の世界に帰して」と叫ぶ。


 それが、今までの“アリス”だったはずだ。


 個人差はあれどその傾向がなかった“アリス”など、どんな歴史書にだって書かれていなかった。


「今度こそ精神的に参って狂っちまうんじゃねえか? 


   ――――元いた世界では、自分は初めからいなかった事になってるなんて知ったら」


 しばらく沈黙が続いた。チェシャ猫は笑っているのか悲しんでいるのかはたまた両方なのか、様々に取れる表情で俺とありすを交互に見ていたが、やがて口を開いた。


「そうか。時計兎がそういうなら、私はもう何も言わない。だが、忘れるな。

何があっても無条件にこの子の味方になってやれるのは“時計兎”であるお前だけだ」

「分かってるっつの」

 それが出来るかは別として、だけどな――自他共に認めるほど不器用なこの俺に。

「では、また来るとしよう。お大事にと伝えておいてくれ」


 チェシャ猫は、窓から飛び降りた。むぅ、さすが猫。


「っつーかあいつ、俺があんなに苦労したのに言えなかったことをさらっと言いやがって……」

「何が?」

 顔の下から掠れた声が聞こえた。

「ありす、起きたのか」

「シルバ、いつからいたの? っていうかうるさいから起きたのよ。私頭痛いのに」

「……悪りぃ……」

 今回ばっかりは俺が悪い。チェシャ猫がいたとはいえ病人が寝てんのに普通に喋ったらダメだよな。

 そう思って謝ったら、ありすがきょとんとしていた。

「なんだ?」

「なんか今日シルバが優しい……」

 ありすはうるうるした目で俺を見上げている。

「気持ち悪い。いきなり人格変えないでよ」

「な、おま……! せっかく来てやったのになんだその言い草は!」

「だからうるさいってば。もう、私寝るから」

 非常にムカついたが、怒るに怒れない要素がありすぎた。


 仕方無しに俺はもう一度タオルを取り替えてからすごすごと退散した。
















        ……仲良くなる計画はどうした、俺。

サブタイトルが時計兎シリーズになりました^^なんとなく気に入ったので、これからもこうなるかもしれません。

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