迷子の迷子の…… ―眠りの国のアリス?―
「……っ。痛ぁ……」
結局お茶会が終わったのは日もすっかり落ちてから。まだこの辺に慣れていないだろうからとレザンが城まで送ってくれようとしたのだが、大丈夫だと言い張って1人で帰途についてしまったのだった。
昼間転んだときに痛めたのか、30分ほど歩いた頃から足が思うように動かなくなっていた。
「確かに来た道を戻ってるはずなんだけど……」
まずい、迷ったような気がする。来たときとは明らかに景色が違っている。同じ場所でも暗いからそう見えるのか、本当に違う場所なのかは分からないが、とにかく早く帰らなくては。遠雷が聞こえているから、まごまごしていると雨が降り始めるかもしれない。私は片足をずるずると引きずりながらも歩く速度を速めた。
「雨……降ってきちゃった……」
きっとすぐに止むだろうが、かなりの大雨だ。足は痛いし濡れて寒いし、何より怖い。よく知らない土地で、独りぼっちで。まだあまり森から離れていないらしく、街明かりというものが一向に見えない。
「やっぱり、送ってもらえばよかった」
今更後悔しても遅いのだが――――。私は近くにあった木の根に腰掛けた。その途端に疲労と眠気に襲われ、程なくして眠りに落ちた。
*・*・*・*・*
「ったく、何やってんだあいつは……」
ありすの姿が見当たらないからどうしたのかと思ってトランプ兵に訊けば、今朝役持ちの奴らに会いに行ったまま帰ってこないという。
「今から探しに……」
「いや、いい。俺が探しに行く」
「ですがシルバ様!」
「いいっての。“アリス”の世話も“時計兎”の仕事だろ」
「はぁ……」
トランプ兵はいま一つ腑に落ちない顔をしていたが、気にせず出かけることにした。
役持ちといえば、初めに行くのは場所も特定しやすい“帽子屋”のところだろう。そう思って来たのだが――――
「え? ありすなら先ほど帰りましたが?」
「は? お前、1人で帰したのか?」
「ええ。僕も送っていくと申し出たのですが、1人で帰ると言って聞かなかったものですから」
「だからってなぁ……」
「まだ帰っていないのですか?」
「ああ。どこ行ったんだか」
「それは心配ですねぇ……ロストなんかに襲われていなければいいのですがね」
「まだ慣れてない場所で寄り道はねえだろ。とすると、やっぱ迷子か?」
「僕も探しますよ。シルバは城周辺をお願いします」
「了解」
俺は一跳びで城の前まで戻り、ありすを探し始めた。
*・*・*・*・*
ありすが見つかるのに、大して時間はかからなかった。トラブルといえば、途中で大雨が降り出したことくらいだ。だが、感動の再会というわけにはいかなかった。
「おま……何こんなとこで寝てんだ!」
「ふえ……? あ、シルバ……」
「おい、もう一回寝るんじゃねえ!」
耳元での怒鳴り声もむなしく、また夢の世界へ旅立ってしまったようだった。
「しょうがねえな……」
よほど疲れているらしいありすを抱きかかえて城に向かう。
……ってもここ、城のすぐ裏手なんだけどな。
裏門から城の中へ入り、適当にメイドを見つけてとっ捕まえる。制服から察するに、使用人の中でも3人ほどしかいないリーダー格の奴だろう。もしかしたら、ありすの世話役かもしれない。
「あ、ありす様っ!? どうなさったのですか!?」
「城の裏で寝てたらしい。とりあえず部屋まで連れてくから、着替えさせてやれ。後、ありすの世話役のメイドって……」
「それは私ですわ。ああ、こんなに濡れて……」
メイドと俺はありすの部屋へ向かった。
*・*・*・*・*
「ありすー、いい加減起きろ?」
身体を激しく揺さぶられ、寝起きと相まってくらくらする頭を小さな手が押さえてくれた。
「んにゃ……」
「猫みたいな声出すんじゃねえ」
「シルバ様、もう少し手加減なさってくださいませ!」
シルバの声と、もう1つ知らない声が聞こえる。高い、同い年くらいの女の子の声だ。
「ありす様、ご無事で……?」
ようやく頭が覚醒してきて、目の前に茶色いおさげ髪の眼鏡をかけた女の子が立っていることに気づいた。丸顔で白い肌、頬には少しそばかすが散っている。私がまじまじと見ていると、彼女は小さく笑って口を開いた。
「申し遅れました。私はスペード城のメイドを務めさせていただいております、メアリアンと申します」
「メアリ、アン……?」
初めて聞く名前だ。ついでに言うなら、このお城がスペード城だってことも実は初めて知った。
「これからも世話になるだろうから、役持ちじゃないけどとりあえず顔と名前くらいは覚えとけ」
「はあ……」
「ところでありす様、お怪我をなさっているようですが……」
「あ、これ? ちょっと、昼間転んじゃって」
「まぁ、それは大変ですわ! 少しお待ちくださいませ。これは――――捻挫ですわね」
女の子もといメアリアンは比較的ドアの近くにあった戸棚を開けてテーピング用のテープのようなものを取りだした。
「そんなとこにそんなものが入ってたんだ」
「ありす様がいらっしゃる前に私が整理しましたから、大体のものはあるはずですよ」
私の足首に手際よくテープを巻きながらにこにこと笑う。
「じゃ、後はよろしくな」
「ええ、かしこまりました」
シルバが出て行って、部屋にはメアリアンと私の二人だけになった。
「さてと、まずはお召し物をお替えにならなくてはいけませんわね。そのままではお風邪を召されてしまいますわ」
苦笑いしながらメアリアンが水色のエプロンドレスを持ってきてくれた。一昨日シルバに却下されたアレだ。ともかくこのままでは寒いので、それを受け取って着替える。
「あの……メアリアン。普通に話してくれていいよ?」
せっかくのわりと頻繁に会えそうな女の子だもの。ジーナは普段どこにいるか分からないし、メイベルは帽子屋邸にいるからちょっとお話しに行くには遠すぎる。
「あら、私は普通にお話ししているつもりですわ」
「いつもそんな感じなの?」
「ええ。それに、どちらにしてもメイドの立場の私がありす様と敬語を使わずにお話しするわけにはいきませんもの」
「そういうもの?」
「そうですわ。ところで、レザン様にはお会いできましたの?」
「うん。他の2人もいい人そうだったし、ひとまず安心かな」
「それだけですの?」
「それだけ、って?」
「こう、格好良いとか紳士だとか惚れたとかそういう……」
「あ、そういうことね」
この子、大人しそうな顔して案外怖いかもしれない。うかつに何か言ったらとんでもないところまで掘り下げられそうだ。
「美形だとは思ったけど。メアリアン、帽子屋さんに会ったことある?」
「ええ、パーティーで何度かお会いしておりますわ。美しい方ですけれど、私は……」
「ん?」
「いえ、何でもございませんわっ!」
メアリアンは真っ赤になった顔を片手で覆ったままおさげをぶんぶんと振り乱した。
「そう?」
「ええ。では、私はそろそろ失礼させていただきますわ」
「あ、待って!」
「はい?」
出て行こうとしたメアリアンをとっさに呼び止める。
「これからも、時々会えるかな?」
「ありす様が呼んで下されば、私はいつでも参りますわ」
彼女は小首を傾げて、優雅に笑った。私が男なら、ほぼ確実に落とされているだろう。
「ありがとう。ごめんね、引き止めて」
「いえ。では、おやすみなさいませ」
メアリアンはメイドさんらしく深いお辞儀をして部屋を出て行った。それを見送ると、私は床にぐったりと座り込んだ。土足で入る部屋なのに何やってんだ自分、と思いながらも体はそう簡単に言うことを聞いてはくれない。少し寝たとはいえ、疲れていることに変わりはないのだろう。
私は幸いすぐ近くにあったベッドによじ登り、そのまま気を失うように眠りについた。
今回、2000文字ちょっとの中で主人公が3回寝ました(笑 。
後2・3話で前半に出るべきキャラは出切る予定です。ちなみにこの小説、恐らく登場人物がかなりの人数になると思われます(苦笑 。多すぎて誰が誰だか分からないなどという悲惨なことにならないよう、頑張って各キャラを立てていきたいと思います!




