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群青の国のアリス  作者: ラナ
第二章   姫を導くのは
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物騒なお茶会 ―もうひとりの案内人―

「え? 仕事?」

 女王様は訳が分からないといった表情で私に聞き返した。

「はい、ただ置いて頂くだけじゃ申し訳ないので、何か仕事を……」

「あら、そんなのいいのよ。あなたは“アリス”なんだから――――まあいいわ、せっかくそう言ってくれるなら今度時計兎のお手伝いでもしてあげて」

「え?」

「時計兎は文官だから、忙しいときは2日3日食事も睡眠もろくにとらないみたいなの。でも今はあまり忙しくないと思うから、今日はとりあえず他の役持ちに挨拶でもしていらっしゃいな」

「挨拶、といいますと?」

「そうだわ、地図があったはず」

 女王様は緻密で繊細な彫刻の施された戸棚から一枚の紙を取り出した。

「これがこの国の地図よ。そうね、とりあえず帽子屋の所に行ったらどうかしら? あそこはいつ行っても誰かしらはいるから」

「は、はい……」



     *・*・*・*・*



 ぐるぐると丸印をつけられた地図を片手に、“帽子屋”とやらの家を探す。地図で見る限り、相当な豪邸のようだ。

「ええと、ここの角をこっちに――――」

「危ないっ!」

 声を発する間もなく、私は思い切り突き飛ばされた。

「ったぁ……」

「大丈夫ですか? ティオ、そんなに荷物を持ったら危ないと言ったでしょう? このお嬢さんに謝りなさい」

「ごめんなさい、ぶつかっちゃって……。大丈夫?」

 顔を上げると、シルクハットを被った青年と10歳くらいの男の子が私を見下ろすように立っていた。

 青年のほうは長めの紺色の髪を後ろで1つに縛り、銀縁の眼鏡をかけている。私より年上のようで、シルバとは違ったタイプの美形さん。

 男の子のほうは頭に茶色の丸い耳をつけていて、髪は金髪。悔しいが、女の私よりずっと可愛いような気がする。

「私は大丈夫。あなたたちは……」

 見たところ悪い人ではなさそうだけど、一応名前は聞いておかなくては。

「僕は“帽子屋”のレザンです。こっちは“眠りネズミ”のティオ。お嬢さんは?」

 “帽子屋”、“眠りネズミ”。

「もしかして、役持ちの……?」

「ええ、そうです」

 レザンは顔に穏やかな笑みを浮かべた。

「私の名前はありすよ。役は、ええと……“アリス”?」

「“アリス”!?」

 私はあの変わった響きの言葉が自分の口から出たことに驚いたが、2人は違うことに驚いたらしい。

「あなたが新しい“アリス”でしたか。昨日シルバの機嫌がいやに良かったもので、何かあったのだろうとは思いましたが、まさか“アリス”が来たとは」

「ねえ、ありすもお茶会に来るでしょ?」

「お茶会?」

「ええ、私たちはほぼ毎日お茶会を開いているんです。今日もこれからお茶会の時間なのですが、一緒にどうです? “三月兎”もいますし」

「じゃあ、お邪魔してもいいかしら?」

「勿論です。では、行きましょうか」

 私も立ち上がって、2人についていった。左の足首に一瞬刺激的な痛みが走ったけど、気にしないことにする。



     *・*・*・*・*



「お邪魔します……」

 案内されたのは本当に個人の所有物かと疑うような豪邸。廊下には長いレッドカーペットが敷いてあるし、壁にはいくつも絵がかかっている。長い廊下の突き当たりに、大きなドアがあった。

「どうぞ、こちらへ。三月兎が待っています」

 ドアを開けて白い薔薇の花で彩られたアーチを抜けると、いかにもお茶会場といった風情の中庭のような場所に出た。真ん中にある白いお洒落なテーブルセットにティーカップを並べていた茶色いうさぎの耳を生やした女の子がこちらを向く。茶色い髪を二つ結びにしていて、年は多分ティオと同じくらいだろう。

「お帰りなさいです。ええと、お客さんですか……?」

「こちらは新しい“アリス”のありすです。もう1つカップを追加してください」

「ふえ、ア、“アリス”!?」

 今まで垂れ気味だった耳がぴんと伸びる。

「ええ、よろしくね」

「えと、“三月兎”のメイベルです。よろしくお願いしますですっ」

 メイベルはぴょこっとお辞儀をした。くう、可愛い。

「ありす、お茶は何にしますか?」

「あ、じゃあ紅茶で」

「何の?」

 何の、って、種類を答えればいいんだろうか。

「アップルティー、とか……」

「分かりました。2人もそれでいいですか?」

「うん、いいよ」

 お皿にカラフルなお菓子を盛っていたティオが答えた。

「ねぇ、ちょっと待って。それ、金平糖?」

「え? そうだよ」

「だよね……」

 金平糖にしか見えないそれは、大皿に山と盛られていた。

「なんで?」

「ここの人たちは、そんなにたくさん金平糖を食べるわけ?」

「ありすは食べないの?」

「普通食べません!」

「ティオ、毎日そんなに食べたら太るですよ?」

「大丈夫だよ」

 太る太らない以前に、どう考えたって病気にならないほうがおかしい。

「では、お茶会を始めましょうか」

 こうして、ティーポットと山盛りの金平糖を囲んでお茶会が始まった。

「そういえば、シルバはきちんと仕事をしていますか?」

「仕事?……なんか、してないみたいだったわね」

 女王様に呆れられてたもんな、昨日。

「ああ、やっぱり。全く、《表の案内人》であるにも関わらず何をやっているのやら」

「表の案内人?」

「……本当に仕事をしていないようですね、彼は」

「“時計兎”の別名だよ。勿論、表がいるってことは裏もいるんだけど」

「ええ。――――おや」

「どうしたの、レザン」

「噂をすれば、招かれざる客人が見えたようですね」

 レザンはどこからともなく拳銃を取り出し、庭の外の茂みに向けた。すると、茂みから声が返ってきた。

「相変わらず物騒だなあ、帽子屋は。武官の貴方に俺が勝てるわけないのに」

 武官という言葉が引っかかったけれど、この状況で「帽子屋さんって武官なの?」なんて訊けるわけもなく、ただただ成り行きを見守る。

「貴方も相変わらず往生際が悪いですね。とっとと出てくればいいものを」

 無表情のまま、レザンが銃弾を茂みに撃ち込む。驚いたのか、がさがさと音をたてて茂みから人が這い出してきた。

「うわっと! あーぶないって。俺はありすに挨拶に来ただけなのに」

「え? 私?」

「そ。だから帽子屋、その凶器しまってくれる?」

「駄目です。相手が貴方でありすに用があるとなれば尚更」

「レザン、私からもお願いするわ。メイベルが怖がってるじゃないの」

 メイベルはティオの後ろに隠れてふるふると震えている。それを見てようやくレザンは銃を下ろした。

「いいですか、絶対にありすにおかしなマネはしないでくださいよ。ありすに何かあったら、女王陛下と時計兎に怒られるのは僕なんですから」

「はいはい。で、貴女が今回の“アリス”? んー、顔はまあ可ってとこだね」

「はあ……」

 茂みから出てきたのは、銀髪の美青年だった。額に小さな突起がある。突起というか――――角?

「俺は“一角獣”のロスト。これでも役持ちなんだよ、一応ね」

「ありす、こいつの言うことは信じないほうがいいですよ。身を滅ぼしかねません」

「あれ、帽子屋もたまには正しいこと言うねえ。ただの味音痴じゃなかったんだ」

「失礼ですね、味音痴じゃありません。甘党です」

「ほとんど味音痴っていってもおかしくないです……」

 メイベルがぼそりと漏らした言葉は聞かなかったことにしておこう。

「で、あなたは一体なんなの?」

「とりあえず、役持ちなのはホント。一言で説明するのは難しいけど……黒兎を表の案内人だとするなら、俺は裏の案内人だよ」

「あなたが、裏の案内人……」

 噂をすれば、ってそういうことか。

「そう。“アリス”はね、“時計兎”の案内があればこの世界で満足に暮らしていける。でも悲しいかな、“アリス”は“一角獣”のもたらす情報を求める」

「は……?」

「でもこれだけは覚えておいたほうがいいよ、ありす。人間は自分にとって何が有益で何が有害か判断出来るほど賢い動物じゃない。聞いてから後悔しても遅いんだよ」

「ロスト、用事はそれだけですか? なら、早く帰ってください」

「ちぇ、つれないなあ。たまにはお茶でもご馳走になろうと思ったのに」

「貴方の分は用意していませんよ」

「分かったよ、しょうがないな。今日のところは帰ってあげよう」

 ロストはまたがさがさと茂みに戻っていった。

「とりあえず、何もなくてよかったといいましょうか。ありす、襲われないよう気をつけてくださいね。ロストは女たらしとして有名ですから」

「分かった。気をつける」

 この国ってなんでこんなにもイケメンと美少女ばっかりなんだろう、などとまったく関係ないことを考えながら、私はすっかりぬるくなったアップルティーを飲んだ。

亀更新ですね……。

先日から部活の余興(?)の劇の台本としてまた別のアリスパロ(!)を書くことになりまして、また更新が遅くなると思います……。

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