兎と猫とエプロンドレス ―キャラ変ですか?―
「……にしてもお前、なんかノリノリだな」
「何が?」
「いや、“アリス”になることとか、別世界に来てることとかに対して」
「ノリノリってほどでもないわよ。でも、この国の人が“アリス”を必要としていて、私にその役が務まるなら、精一杯やろうって思う」
「そっか……。今までの“アリス”はほぼ全員が元の世界に帰りたがったって文献に載ってたから、俺も内心ビビッてたんだけど」
「まあ、家族の事とか委員会の事とかクラブの事とか、気になることはたくさんあるけどね」
一応私は学校では放送委員長やら吹奏楽部副部長やら色々やっていたから。
「……俺、お前の“時計兎”で良かったかも」
「え?」
「なんつーの? 扱いやすいし」
「なんか、微妙に褒めてないでしょ」
「微妙も何も、褒めてない」
「このうさぎ野郎……っ!」
「あー、はいはい。で、ここがお前の部屋っつーか“アリス”の部屋。最低限の生活は多分引きこもってても出来る」
私はこの国での住居としてお城の一室をあてがってもらってしまった。なんていうか、すごい待遇の良さだ。
通された部屋は、恐縮するほど広かった。トイレにキッチン、お風呂まで揃っていて、ホテルの部屋みたいだ。
「すご……。なんか申し訳ない」
「いいか? “アリス”ってのはな、いわば最も重要な国賓なんだ。そう考えれば納得の部屋だろう」
確かにそうかもしれないが。
「ところで、さっきから気になってたんだけど……この国ではお城中に川が流れてるものなの?」
「ああ」
あっさり認められてしまった。廊下の両脇だったり、部屋の端だったり、とにかく至る所に川が流れている。この部屋とて例外ではなかった。
「後、洋服だけど。どうする? さすがにその服は変だぞ」
シルバがクローゼットをごそごそと物色している。日本のセーラー服は異世界の服飾文化にはマッチしないらしい。
「……これか? やっぱ。でも、あんまりありすには似合わないような……」
出してきたのは、水色のエプロンドレス。これで私が金髪なら、童話『不思議の国のアリス』の主人公そのものだ。
「とりあえず着てみろ。俺は外で待ってるから」
エプロンドレスを乱暴に渡すと、シルバはそそくさと部屋から出て行った。仕方ないので、それに着替える。
1分後。
「うん……自分でも似合ってないと思うわ……」
だって、私ってば金髪碧眼どころか髪も目も逆に褒められるくらい真っ黒。この形自体があまり似合わない。
「入るぞ?」
シルバは入ってくるなり褒めるでもなくけなすでもなくただ私をじっと見つめた。
「あの、別の服ないかな? って図々しいけど、さすがにこれじゃ他の皆さんの目に悪い……」
「そうだな……黒いのにするか?」
「それじゃゴスロリでしょう」
「じゃあピンク」
「もっと似合わないっつーの! っていうか、なんでエプロンドレスに限るんだ!」
「いっぱいあったから」
「だからさ、エプロンドレス自体が似合わな」
いきなり口を塞がれた。
「さっきからうるせえよ。俺は一言も似合わないとか言ってない」
「え? でも、そうだなって……」
「確かに水色は微妙だ。けど、エプロンドレスが似合わないとは言ってない」
「ほえ……」
「お前は髪真っ黒で肌真っ白だから、寒色系は綺麗に見えるけど冷たい印象を与える。性格がクール系じゃないから、多分こっちの方がいい」
おいおい兎さん、キャラ変わってまっせ。
「ほら、これに着替えろ」
シルバが少し濃いピンクのエプロンドレスを出してきて、また部屋の外に出た。っていうか何者なんだ、あいつは。もしかして本業はファッション関係とか? ……まさかね。
「着替えたわよ?」
「ん、いんじゃね? その見てくれなら俺も少しは守ってやらないこともない」
「何ソレ」
「別に。これで服はとりあえずよし、と。後はメシか。お前、今まで一食どのくらい食ってた?」
「え? まあご飯一杯とお魚とサラダとスープ、くらいかな」
「それじゃ白米の量しか分かんねえよ。魚はまあ一匹か? サラダとスープは?」
「これくらい」
私は手で今まで使っていた器の大きさを示す。多分、平均的な日本人の一食分より少し少ない程度だと思うんだけど。だいたい、そんな事を訊いてどうしようというのか。
「少ねえな……俺の一食分の3分の1だぞ、それ」
「そりゃシルバが大食いなだけでしょ」
「いや、まあそれも否定は出来ねえけど……ともかくお前は軽すぎる。ということで、もうちょい食え」
「は!?無理!」
「無理言うな。やれば出来る、茄子が生る!」
「成せば成る、ね」
「うっ、うるせえ!」
何やらシルバが赤くなっている。さては本気で間違えたな。
「とにかく、晩メシは少し多く作ってもらうからちゃんと食えよ!?」
シルバは捨て台詞を残して部屋を去った。
「なんだったのよ……」
「時計兎なりに心配しているんだろう。温かく受け止めてやれ」
「心配って何を……」
うん、なんかこの状況前にもあったよね。後ろから声がするんですけど。そして今回は低いながらも女性の声だ。
「お前がありすか」
えい、女は度胸。勢いよく振り返ると、すらりと背が高くてモデルと見紛うような美人女性がいた。ウェーブのかかった紫の長い髪に紫の瞳。頭には紫の猫耳がついている。
「時計兎もなかなかいい趣味だな」
「ええと、確かに私はありすだけど、あなたは?」
「私は“チェシャ猫”のジーナ。本来なら色男である“チェシャ猫”は“アリス”を惑わすのが仕事だが、見ての通り私は女だ。それに私はお前が気に入った。出来ることがあれば助ける」
窓から不法侵入したらしいのは気になるが、悪い人ではなさそうだ。
「ありす、年はいくつだ?」
「16、だけど」
「同い年か。驚いたな」
驚いたのは私のほうだ。こんな妖艶を具現化したような猫さんと同い年とは到底思えない。
「ともかく、女同士仲良くしよう。喋り方が気になるかもしれないが、じきに慣れるだろうから」
ジーナはにっこりと笑った。この人、本当に綺麗な人だ。
「え、ええ、こちらこそ、よろしくね」
「では、また会おう」
チェシャ猫は、すっかり夜になった街に消えていった。
今思いましたが、サブタイトルは一応「キャラ変」ですか? です。読み方によってはキャラ、変ですか? ともとれます(笑 。