双子(後編) ―何も知らない、優しい君は―
それはつまり、私が暮らしていた世界だ。そこに、この世界の住人が来ていたというの?
「ちょうど“双子”がいなくなったのと同じ時期、若竹の国との国境にあった森が一夜にして消えたんだ」
森が、消えた。
昨日シルバから聞いた話と同じだ。
「もちろん、向こうの世界に行った人っていうのは多くないんだよ。その“双子”を含めないとすれば、過去に5人」
「そんなに!?」
「たった5人だもん、向こうから来る“アリス”の数に比べれば大したことないって。“アリス”の帰り道って呼ばれてる泉に飛び込むんだけど、帰っていった5人の“アリス”でさえちゃんと向こうの世界に辿り着けたのかどうかは誰も知らない」
「でも、飛び込んだ“アリス”はいなくなったんでしょう? だったら、辿り着けたんじゃないの?」
「甘いね。もし泉が別の場所、例えばこことも“アリス”の世界とも違う別の世界につながっていたとしたって、飛び込んだ人は浮かんでこない」
「やめて、頭がくらくらしてくるから」
わりと適応力には長けているつもりだったけど、感性はあくまで元の世界のまま。そういくつも異世界があるだなんて言われた日には頭がショートしてしまう。
「ごめんごめん。まぁ、そういう可能性もあるとしても、一応は“アリス”の世界に通じてるって言われてきたわけ」
「ふぅん……」
「だけど来るときと違って、帰るときっていうのは結構なリスクを伴うものなんだ。実際、飛び込んだ後亡骸になって浮かんできた“アリス”だって1人や2人じゃない。ましてや他の人間――しかも役持ちが使うなんて、何も起こらないほうがおかしいんだよ」
「それってもしかして、あの森だったっていう場所?」
「そう。シルバに聞いたの?」
私は黙って頷いた。
どうもティオの仮説っていうのは、その双子さんが“アリス”の帰り道を使って向こうの世界に行った結果、周りの森が枯れたんじゃないかということらしい。
「結局“双子”はまだ戻ってきてないし、“双子”っていう役自体今回からなくなっちゃったんだよね」
「まだってことは、本当に向こうの世界に行ってたとして戻ってくるって事もあるの?」
「さあ……今までに戻ってきた人はいないから。今のところ、“アリス”の世界からここに来るには“アリス”に選ばれるか時の歪みに巻き込まれるかだから、戻ってくる可能性はほぼないんじゃないかな」
「役持ちっていなくても平気なものなの?」
「役によるよ。案内人の“時計兎”や武官の“帽子屋”は絶対いなくなったら困るし、“チェシャ猫”も“アリス”にとっては普通邪魔だろうけど必要だし。“眠りネズミ”や“三月兎”は最悪いなくても大丈夫ってとこかな」
「適当なのね……」
「群青の国だからね。銀朱の国だったらこうはいかないよ」
昨日のシルバの話といい、銀朱の国は相当厳しい国のようだ。
「ま、戻ってきたところでもう役持ちには戻れないんだけどね」
「そうなの? だったら――」
「約束、してたんだって」
「え?」
「僕、ここにくる前は若竹の国に住んでたんだ。そこに、僕に“アリス”の世界の事を教えてくれた友達がいたんだよ」
ティオは、ゆっくりと言葉を並べていく。
「その友達の、恋人だったんだ」
少しずつ、区切りながら。
「彼も、頑張ってる」
綺麗な石を探すように。
「少しでも力になりたいんだ」
銀細工を作るように。
「ティオは……優しいね」
私なんかと違って。
私だったら、きっと僅かすぎる可能性に賭ける事なんて出来ない――――誰のためだとしても。
「そうかな?」
「うん。戻ってくるといいね、そのお友達のためにも」
そして、ティオのためにも。
ティオがその子のこと、すごく大事に思っているのが分かるから。
その想いが無駄にならないように、と久しぶりに手を合わせた。
「……バカだね。優しいのは、ありすのほうだよ……」