故郷はいずこ ―ひとりぼっち―
『かーえーでっ』
『何、ありす』
『今日は一緒に帰れる?』
『ああ。ごめんな? 昨日まで翠華とのことで色々立て込んでてさ』
『しょうがないよ、ふくそーちょーなんでしょ?』
『あはは、なんで片言なんだよ。副総長、な』
『翠華って強いの?』
『まあ、そこそこ。俺らの次くらいかな』
『ありす!』
『あれ、お姉ちゃん?』
振り返った一瞬のうちに。
目を閉じた一瞬のうちに。
艶のある髪も、
優しい瞳も、
私を呼ぶ声も、
すべて、消えてしまっていた。
*・*・*・*・*
目を開けると、体中が汗でじっとりと湿っていた。
「嫌な夢……」
死んでしまった、大好きだった人――
楓は、まだ私の中の「恋人」の椅子に居座っている。
簡単に出て行ってなんてくれないんだ。
だから、メアリアンに言われた時はシルバを誘うつもりなんてなかった。
それなのに、本人を目の前にするとそんな気持ちも簡単に崩れてしまって。
私はまだ、揺れている。
「ありす、入っていい?」
「? どうぞ」
入ってきたのはティオだった。
「珍しいね、ここに来るなんて」
「ちょっと、ありすに訊きたいことがあってさ」
「どうしたの?」
「ありすって、ひとりっ子?」
いきなり何を言い出すんだ、この子は。
「違う、と思う。たぶん」
「は?」
ティオが怪訝そうな顔をした。そりゃそうか。
「私、実の両親がいないの。拾われた子だから」
「拾われた……?」
「7歳のときかな。3つ上のお姉ちゃんと一緒に拾われたんだけど、それより前の記憶ってほとんど残ってないの。だから、お姉ちゃんが本当に私のお姉ちゃんだったかどうかは分からない。7歳にもなって、記憶がほとんどないなんておかしいでしょ?」
そこからは速かった。
長い滑り台のように。
もう、戻れない。
「私とお姉ちゃんは、顔は全然似てなかった。でも、同じ歳の時の写真で比べるとそっくりなのよ」
「同じ歳の写真?」
「例えば、小学校の卒業式の写真。それぞれの12歳の時の写真同士で比べるとよく似てるってわけ」
だから、妙な連帯感を覚えた。
「能力も、結構違ったの。私が出来ることの中に、お姉ちゃんが出来ないことなんて何もなかった」
だから、すごい劣等感を感じた。
「ある意味自慢のお姉ちゃんだった。優しくて、綺麗で、何でも出来て。でもね、時々変なことを言うお姉ちゃんだったわ」
「変なことって?」
「『あなたは、いつか私と故郷に帰るのよ』って」
そういう時のお姉ちゃんは、どこか遠いところを見ているような目をしていた。
「だから、正直ちょっと心配してたの。いつかおかしくなっちゃうんじゃないかと思って」
「仲……よかったんだね」
「そうね。そうかもしれない」
私の愛する、憎い憎いお姉ちゃん。
私を守るために、私を壊したお姉ちゃん。
私をいつか連れて帰るために、私の大事な人を殺したお姉ちゃん――――。
「まさか、本当におかしくなっちゃうなんてね。
楓を殺して、翌日には自分も消えちゃうなんて……」
残された私は、ひとりぼっちだった。