表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
群青の国のアリス  作者: ラナ
第四章   姫を陥すのは
17/36

痛っ ―別れた、わけじゃない―

「ありす様、今日は――って、どうなさったんですの?」

「うう、あっつぅ~……」

「確かに、今日は暑いですわね。夜は少し涼しくなるでしょうけれど」

「夜は、って今まだお昼前よ? 当分暑いじゃない」

 ベッドに座って川に足を突っ込んでいるものの、上半身は一向に涼しくならない。

「水浴びでもなさいます? 少し涼しくなるかもしれませんわ」

「さっきから何度もしてるのよぅ」

「それで最終的に川に足を漬けていらっしゃるんですのね……」

 さっきまで湯船に水を張って身体ごと水に浸かっていたのだけど、私に用事があって現れたジーナに身体を冷やすといけないからと止められたのだ。冷やすために浸かってたのに。

「そういえば、今度お祭りがあるんだってね? ジーナが言ってた」

「ええ、星祭りといってとても盛大な祭典ですわ。ありす様はもうどなたと行かれるか決めていらっしゃるんですの?」

「それなんだけど……」



 ジーナ曰く、その星祭りとやらには恋人と行くのが望ましいらしい。なんでもとてもロマンティックなお祭りなんだとか。しかし、いかんせん私にはこの世界に恋人はいないわけで。

「やっぱり恋人がいる人じゃなきゃ行っちゃダメなのかなぁ……」

「そんなことはありませんわよ。ただ、もし迷っていらっしゃるのでしたらシルバ様と行かれては?」

「シルバと!?」

「“アリス”と“時計兎”ですもの、理想のカップリングですわ!」

「そうかなぁ……」

 カップリングとは少し違うと思うけど。

「そういうメアリアンは誰かと行かないの?」

「わ、私ですか? 私は……ええ、遠慮しておきますわ」

 ……声が上ずっている。

「一緒に行きたい人は?」

「それを聞いてはおしまいですわっ、ありす様!」

 メアリアンはぶいぶいと右手を振る。はたかれそうで怖……痛っ。

「あああ、申し訳ありません! はたいてしまいましたわ!」

「いーけど……」

 私は頭をさすりつつ、もうそれ以上突っ込まないことにした。

「こほん。とにかく、シルバ様を誘うのは悪くないと思いますわ! ただ……」

「ただ?」

「シルバ様、いつも貴族のお嬢様方からお誘いを受けてらっしゃるんですの。ですけれど、一度もどなたかと行かれたことはないんですのよ」

「え、何、もしかしてシルバってまさかの女嫌い?」



「誰が女嫌いだ」



「ぴゃあ!」

 ドアから頭を覗かせていたのはすっかり見慣れた黒うさぎだった。

「私、失礼致しますわ!」

「ちょ、メアリアン!」

 メアリアンは逃げるように去ってしまい、シルバはつかつかと部屋に入ってきた。

「シルバ、なんでここに……?」

「あ?」

「ひっ」

 鬼のような顔で凄まれてしまった。うさぎってもうちょっと可愛い動物のイメージだったんだけど。

「ひっ、じゃねえよ。またアルビノに絡まれてないか探しに来てやったんだろうが」

 理由はとても心優しいものだったのだけど、顔はもうちょっとどうにかならないものだろうか。

「アルビノって……」

「ありすの世界ではそう言うんだろ? 白うさぎの事」


 彼は赤目の白うさぎ。


 間違っては、いない。でも、何かが違う。


「えーとね。まずソレ、どこで覚えたの」

「ティオが持ってた本に書いてあった」

「その本とは……」

「『かわいい小動物と暮らそう! ~ハムスター、うさぎ、フェレットの飼い方~』」

「うわあ無駄な記憶力!」

「で、白いうさぎのことはアルビノって呼ぶって」

「それうさぎ限定じゃないし白限定でもないから!」

「え……?」

「だからね、毛が白くても目が黒いのはアルビノって言わないんだよ」

 果たしてコールさんの目が赤いのが色素がないせいかどうかはわからないけども。

「そうなのか……?」

「うん、確か……」

 シルバは髪の毛をわしゃわしゃしている。そんなにショックだったんだろうか。

「あ、そうだ! 今度、お祭りあるんだよね?」

「ああ、今度って言っても一週間後だからすぐだけどな」

「ジーナが教えてくれ……って、ジーナ本人は誰と行くのかしら」

 にやにやしてただけで、自分のことは何も言っていなかったし。

「何、お前何も聞いてねえの?」

「え? え? シルバはジーナが誰と行くか知ってるの?」

「まあな」

「誰!?」

「本人に訊けよ。俺が言ってもしょうがねえだろ」

「教えてくれなそうなんだもん」

「知るか。とにかく、襲われてるわけでもないみたいだし、俺行くから」

「あ、待って!」

「どした?」


 勢いで止めてしまったけど、本当に誘うのか? 自分。


「え、えっと」

「つーかお前、水遊びなら外でしてこいよ。メイベルたち遊んでたし」

「あ、遊んでるわけじゃないもん!」

 あながち嘘じゃない……よね?

「どう見ても遊んでんだろ。中でやると部屋濡れるだろ?」

「だって外暑いし」

「中だってたいして変わんねえだろうよ。で、なんで引き止めたんだ?」

「……もういい」

「は!? 気になるじゃねえか!」


 話題が変わったら急に言い出しづらくなってしまった……!


「ったく、なんだってんだよ。じゃあな」

 二回止めることも出来ず、私はそのままシルバを見送った。

 すると、出て行ったはずのメアリアンが入れ替わりにまた入ってきた。

「もう、ありす様! どうして見送ってしまったんですの!」

「だって話題変わっちゃったから言いづらくなっちゃって……」

「はぁ……ありす様、意外と奥手ですのね」

 告白やデートに誘うわけじゃないんだから、奥手というのとは少し違う気もするけど。

「意外かな?」

「ええ、もっと肉食系の方かと思っていましたわ」

「私、告白したことさえないもん。告白されて付き合ったことはあるけどね」

「その方とはもう別れてしまいましたの?」

「別れたわけじゃないよ。でも、もういないの」

「……?」

「私、やっぱり外に行ってくるね。メイベルたち、まだいるかなぁ?」




 逃げるようにして階段を下りる。


 私の恋人は、物理的にはもう存在していない。


 でも、まだそれを受け入れられない私がいる。




「馬鹿だね……もう三年も経つっていうのに……」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ