お客様 ―乗せられ尋問―
二度目に目が覚めたとき、私は自分の部屋のベッドの上にいた。シルバが部屋まで運んでくれたらしい。それはいいのだけど――
「なんであんたがここにいるのよ?」
「えー? ありすがオレに会いたがってそうだったから?」
今私の目の前には、額に角を生やしたあいつが立っている。
「なんてね、嘘ぴょーん」
「久しぶりに聞いたわ、そんな接尾語!」
「本当はね?」
「何?」
「知りたい?」
「……まぁ。不法侵入だし」
「どーうしても?」
「別にそこまでではないけど」
「しょうがないなあ、教えてあげようじゃないか」
「勿体ぶっといて結局言いたかっただけか!」
「そろそろ、ありすがオレになんか訊きたがってるんじゃないかなっと思って♪」
「ふえ……」
「なんかあったでしょ、最近」
「最近って、そもそもここに来たのが最近だけど」
「ちっがーう。わかんないかなぁ。ほら、長い耳の侵略者に会わなかった?」
「長い耳? 白うさぎさんのこと?」
「ピンポンピンポーン。どう、ちょっとは気になるでしょ?」
「んー、まあ確かにね。また来るかもだし」
「よかったぁ。ありすってば淡白だからさ、こうやって訪問でもしなきゃオレの仕事無いんだもん」
「何よ、それ」
少なくとも褒めているようには聞こえなかったけど。
「で、何から訊きたい?」
何からとか言われても、正直よく分からないし。
「とりあえずプロフィールをば」
「御意」
ロストはどこからか紙の束を取り出し、颯爽とインテリ眼鏡を装着してそれを読み始めた。
「本名コール=アルベニス。銀朱の国の“時計兎”の家系出身で、現“時計兎”。年齢は19。身長175㎝、体重63㎏。家族は父・故母・元弟。趣味は読書。好きな食べ物はパウンドケーキ。好きな四字熟語は女王万歳。好きな異性のタイプは――――」
「待て待て待て」
超弁舌爽やかなロストを必死で止める。
「え? まだ資料結構あるのに」
「プロフィールごときに気合入れすぎなのよ! 家族構成まではともかく、四字熟語のくだりとか明らかにいらないでしょう! しかもなんだ女王万歳って!」
「ありす……君は何をもって要るだの要らないだのを判断出来るんだい……?」
「変にシリアスな雰囲気作らなくていい! いいこと言ったように見えて何かが違うからね!」
「ちっ、押し切れると思ったのに」
「うん、なんでそう思ったのかしらね」
「まぁいいや。次は……」
「ストップ。質問のターン入りたいでーす」
別名ツッコミのターンとも言うけどね!
「オーケー。やばい、ちょっとオレ今役持ちっぽくない!?」
見当違いの自画自賛はスルーして質問開始。
「名前はとりあえずいいとして。銀朱の国では役持ちは世襲制なわけ?」
「ん? 群青の国も基本的には世襲制だよ?」
「ええ!?」
「あれ、聞いた事無かった? おっかしいなぁ、その辺はシルバが言っとくべき事なんじゃ……」
「じゃあ、ロストのお父さんは一角獣?」
「オレの場合はおかーさんが一角獣」
「基本的にはってことは、そうじゃない役持ちもいるのね?」
「今は家系でなったんじゃない役持ちはティオとシルバだけかな」
「シルバも違うの?」
ロストが、不自然に口角を吊り上げた。
綺麗な銀髪がさらりと音を立てる。
まるで、「引っかかった」とでもいうように。
「訊いちゃったね、ありす」
「な、何……」
「オレはあくまで裏の案内人。表の案内人と違って、この国に関して“アリス”に訊かれたこと以外は教えられない。
ただし――――
“ ア リ ス ” を 誘 導 し て 、
自 分 が 言 い た い 答 え を 導 か せ る 質 問 を さ せ る 事 は 、
可 能 」
壊れた人形のように、乾いた笑いを漏らす“一角獣”。
整いすぎた顔が、一層怖さを上乗せしている。
「いいよ、答えてあげる。シルバは、さっきの話に出てきた元弟だよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。なんで元? そもそも、なんでロストがそれを私に……?」
「シルバは、三年前――先代の銀朱の国の“アリス”が亡くなった時、つまりあの国で役持ちの世代交代があった時、アルベニス家から勘当されたんだ。そして群青の国へ来て、この国の先代の“アリス”が亡くなった時、たまたま子孫を残せなかった先代の“時計兎”の跡を継ぎ、“時計兎”になった」
「なんで……」
「ありすは知らないだろうけど、銀朱の国は異常なくらい伝統を重んじる国なんだ。それはいいことでもあるけど、同時にたくさんのものを失い、たくさんの人を傷つける。その一つが、役持ちへの差別」
そこでロストは一度言葉を切った。
「銀朱の国では、“女王”は首切りが好きでなくちゃならない。
“帽子屋”はイカレていなくちゃならない。
“三月兎”は阿呆でなくちゃならない。
“眠りネズミ”は常に寝ていなくちゃならない。
それと同じように、“時計兎”は、白い耳に赤い目でなくちゃならない」
シルバの姿を思い出す。
藍色の髪に藍色の瞳、黒い耳。
「シルバは、銀朱の国の“時計兎”にふさわしくないってこと?」
「ご名答」
「でも、だからって勘当まで……」
「ちっちっち」
ロストがわざとらしく指を振ってみせる。
「甘いね、ありす。もし、兄のコールが不慮の事故で死んだら、誰が次の“時計兎”になる?」
コールの家族は三人。つまり、弟は一人。
「シルバ?……あ」
「わかった? さすが、ありす」
黒いうさぎが“時計兎”になる事を未然に防ぐために、先に芽を摘んだんだ。
「おっと、もうこんな時間だ。後ろの質問は、今は保留。いつか、また話すかもね?」
「え、ちょ……」
「ありす、顔疲れてる。もう今日は寝な」
「まだ私起きたばっかりなんですけど」
「いいから大人しくおにーさんの言うことききなさい」
ふっと優しく微笑んだかと思うと、ニヤリと嫌らしい笑いを残してロストは窓から飛び降りた。
役持ちの人って、窓から落ちても大丈夫なんだろうか。




