無法地帯 ―君に、消される―
目を開ける。
……眠い。瞼がもう一度落ちて来る。
ダメ。起きたばっかりだけどやっぱり眠い。
おやすみなさ――――
「おい! 何二度寝してんだよ! 俺の精神衛生もちったぁ考えろ!」
「あうあうあう」
肩をガシガシ揺さぶられる。
自由の利かない瞼をこじ開けると、シルバが私の肩を掴んでいた。
「なんでシルバがいるの……?」
「ああん? ここは俺の部屋だろうがよ」
「にゃ?」
確か白うさぎさんが帰って、オレンジジュース飲んで……その後の記憶がないということはそこで寝たのか。
「うん、理解」
「完全に寝ぼけてんだろ、お前」
「だって眠いもん」
「まぁ疲れてんのは分かるんだけどさ、一応こう、出来れば自分の部屋で寝て欲しいと言うか……」
「にゅん……」
なんかやんわりソフトに怒られてしまった。
「そういやお前、ラーミア様と約束してたんだってな? 事情は説明しといたけど」
「ふえ、ありがと」
「国としてもあいつら用に対策立てるらしいから、お茶会はまた今度だと」
「なんかすごい大事だね……」
「そりゃそうだろ。何しろ銀朱の国は無法地帯だからな」
「むほーちたい?」
「ん。三年間の歪みは大きいから、これ以上国が歪まないように躍起になってんだよ。元々とんでもない連中だってのもあるけど」
「ああ、“アリス”が三年前から来てないんだっけ?」
「異世界の女の子ならとりあえず別の国の“アリス”でも歪みを「止める」ことまでは出来んだ。ただ、歪みを「戻す」ことはその国の大時計が選んだ“アリス”じゃなきゃ出来ねえ」
大時計。この国では瑠璃の時計、だっけ。
「ていうか、“アリス”って時計が選ぶの?」
「一応そうらしい。“女王”が時計の前で儀式して、一ヶ月以内に“アリス”が来る。その日になると時計が光る」
嗚呼、本来神秘的かつ幻想的であろう情景のはずがシルバのてきとーな描写でものすごくちゃっちい蓄光のおもちゃの時計なんぞ思い出してしまったじゃないか。
「このうさぎ野郎……」
「え!? 今の説明のどこに怒られなきゃいけないポイントあった!?」
「あ、ごめん。こっちの話」
「じゃあ声に出すんじゃねえ!」
「あれ、声に出てた?」
「バリバリ出てたわ!」
「……ふわぁ。……くぅ」
無理して起きていたからかあっという間に眠くなってしまって、とりあえず言いたいことは言ったので眠りにつくことにした。訊きたいことはまだあるけど、それはまた明日。
「だからなんで寝るんだよ! あっ畜生、こいつ本気で寝てやがる!」
*・*・*・*・*
結局また眠ってしまったありすを抱え、俺はありすの部屋に来た。なんとか扉を開け、彼女をベッドに横たえる。
なんだかんだで、やっぱり顔が少し疲れている。
別に俺の部屋で寝ていても構わないと言えば構わないのだが、どうにも俺は邪念を捨てきれない。
同じ部屋で女が無防備に寝ているというのは健全な思春期男子の心には正直あまりよろしくなかったりする。
純人間ならいざ知らず――半獣ナメんじゃねえぞ、ありす。
そうは言っても、初めて会ったときはあんなに警戒していたのに、短い期間でも変わるもんだ。
そこに関しては普通に嬉しい。
俺は、弱いから。
銀朱の国の“時計兎”がもし武器を持って現れたとして、俺はあいつと戦うことは出来ないだろう。
今までだったら、それはレザンやクロードの仕事だと割り切っていたに違いない。
それが今はどうだ?
俺はこいつに、頼られたいと願っている――――。
「シルバ様、ここにいらしたのですね。ラーミア様がお呼びですわ」
「……分かった、すぐ行く。メアリアン、ありすを頼む」
「ええ、分かりましたわ」
*・*・*・*・*
「ラーミア様、お呼びでしょうか」
「待っていたわ。やっぱりあなたがいないとね……そのための文官なのだから」
「銀朱の国への対策のことですか」
「ええ。出来るだけ武力は使いたくないけれど、この国だって“アリス”がいなくなれば困るわ。早く向こうの“アリス”が見つかってくれれば問題ないのだけれどね」
「その望みはかなり薄いのでは? 銀朱の国の“アリス”がこの世界へ来た事が確認されたのは三年も前の事です。誰にも発見されず、かつ生きている可能性は低いでしょう。恐らく既に死亡しているかと」
「あら、それはないわよ。死んでいるなら、もう新しい“アリス”を呼ぶための儀式が出来るはずだもの」
「では、どこかに匿われているとお考えですか?」
「匿われているというより、私たちでは行き得ないところに不時着したんじゃないかしら。銀朱の国でもとうに手立ては尽くされている以上、調べられないところにいると考えるのが自然なんじゃなくて?」
「行き得ないところ、ですか……」
「向こうでも一箇所は既に目星が付いているはずよ。私たちと同じ憶測をしていれば、だけれど」