隣国へ? ―黒と白―
銀朱の国。
女王様からちらっと話は聞いた気がする。
「さぁ、行きますよ。出来るだけ早く連れてくるよう言われていますから」
「い、いやっ!」
私の手首を掴んだエセ時計兎(仮)の手を咄嗟に振り払った、はずだった。動きを止めた手首は相変わらず色白で大きな手に掴まれていた。
「抵抗するのですか。いいでしょう……しかし、人の手一つ振り払えないか弱い力でどうやって抵抗するつもりです?」
エセ時計兎が冷徹な微笑を浮かべる。
「私とて貴女を引き摺って行くような見苦しい真似はしたくありませんので。少しの間これで我慢して頂きましょうか」
彼のもう片方の手が私の足のほうに伸びる。抱えられたらもう抵抗しても勝ち目はない。
「てやっ」
「!?」
掴まれていないほうの手で彼の手首にチョップを食らわせる。真っ向からの力勝負では確かにどうしようもないけど、不意打ちだった分いくらかダメージはあったようで、一瞬両手が自由になった。
その瞬間、私はシルバの部屋に向かって駆け出した。幸い、目的地は階段を下りてすぐの所。
「シルバ!」
「おわっ!? どした!?」
「うさぎ!」
「は? メイベルか?」
「違う! うさぎで時計の白がバルタン様をっ!」
「分かった、分かったから落ち着け!」
しがみついていた私をはがして椅子に座らせ、シルバは冷蔵庫から四角いものを取り出して私にくれた。そして私の隣に腰を下ろす。
「とりあえずそれ飲んで、落ち着いてから話せ。顔真っ青だし」
四角いものの正体はオレンジジュースのパックだった。でも今はそんなことより状況の報告の方が大切だ。多分。
「それでね」
「俺の話聞いてたか?」
「んぁ?」
「……まぁいいや。で?」
「今上の階にエセ時計兎が――――」
「どうも」
幻。
あれは幻。
白いうさぎ耳をつけた銀髪紅眼の美少年君なんかでは決して、ない。
私、ナンニモ見テナイヨー。
「オーケー、状況は大体理解したぜ御嬢」
「うん、色々引っかかるところはあるけどとりあえず話が早くて助かるわ」
「で、コール。なんでお前がここにいる?」
「ふむ、そのようなことを言われるとは心外ですね。私は彼女をお借りするためにここへ来たのですが」
「えと……知り合い?」
「まぁ。確かにこいつは時計兎だよ……正真正銘の、な」
「え? じゃあ、シルバはなんなの?」
「俺も時計兎だよ。ここに来た日、役持ちは各アリスにつき一人ずつって言わなかったか?」
「言われたかもしんない」
「そういうこと。こいつは銀朱の国の“時計兎”、俺は群青の国の“時計兎”」
「他己紹介はそれくらいにして頂きましょうか。そういうわけですから、少し彼女をお借りしますよ」
白い時計兎――コール、という名前らしい――がまた私に近づいてくる。
両手が伸びてくる。
「や……」
その手が私に触れることはなかった。
「シルバ、何をするんですかっ!」
「止めるに決まってんだろ!? ありすが嫌がってんじゃねえかよ!」
「これは一個人の感情の問題ではありません! 銀朱の国の存亡、ひいては群青の国の存亡がかかった問題ですよ!」
「にしてもやり方が強引すぎんだよ! 説明くらいしろ! お前それでも白うさぎか!」
「はっ、銀朱の国を追い出された貴方に言われたくありませんね!」
「関係ねえだろ! とにかく今日のところは帰れ!」
「……仕方ありませんね、今日は一旦撤収しましょう」
コール氏は来たときと同じく気配なく去っていった。
「結局、なんだったの……?」
「銀朱の国の“アリス”が三年前に決定したきり来てないって話はしたか?」
「うん、聞いた」
「そのせいで今、珊瑚の時計に歪みが出てんだ。正規の“アリス”が来れば少しずつ歪みは戻るけど、今のままだと進むばっかりだろ? で、違う国から“アリス”を連れてきて、進行だけでも止めようっつー魂胆なんだろうな」
「違う国に行ってもそれなりの役割は果たす」ってこういうことか。
「とにかく、これからも気をつけとけよ?」
「……うん」
「よし。で、そろそろそれ飲め」
すっかり忘れ去っていた、オレンジジュース。
「いただきます」
飲んでいたら緊張が解けたのか一気に疲れが出てきて、ストローが音を立てるまでにはすっかり眠くなってしまっていた。
「なんだ、寝ちまったのかよ。ったく……。
……お前も、悪い時に来たよな。まさか兄貴がこんなに早く目ぇ付けるとはな……」
「お前も――――黒は嫌いか?」
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