ライオン ―さすが、猫科―
ゆったりと時が流れるスペード城のお茶会。
目の前には優雅にお紅茶を嗜む一人の美少女。
「これで“グリフォン”以外の役持ちには全員会ったと思うんですけど……」
「あら、そう? “時計兎”に“チェシャ猫”“帽子屋”、それから“三月兎”に“眠りネズミ”ね。“一角獣”にも会ったんだったかしら?」
うららかな日差しを浴びながら、美少女――女王様は歌うように役名を挙げていく。
「ありす、“ライオン”には会った?」
「はい? ……会ってない、と思いますけど」
っていうかそんな人いたのか。初耳だぜ。
「行ったほうがいいんじゃないかしら。私からは役持ちに“アリス”が来たって伝えてないから」
……私は本当にこの国で歓迎されているんだろうか。
「どこにいるんでしょうか、“ライオン”って」
「そうねぇ、森にいると思うけど。お城の裏に森があってね、大体そこにいるのよ」
「ありがとうございます。じゃ、行ってきます」
「えー、お茶はもういいの?」
「すみません、また今度……」
「しょうがないわね、分かったわ。今度、絶対よ?」
*・*・*・*・*
「森ってこの森よね……」
森にいる。それはいいのだが、この森、異常に広い。ここのどこかにいると言われても、会える確率ってかなり低いんじゃないだろうか。
しかし立ち止まって待っていても仕方ないので、とりあえず“ライオン”さんとやらを探して歩き回ることにした。
入れ違ったらその時はその時。もし今日会えなかったらまた後日来ればいい。
とにかく歩くべし、歩くべし。とはいえ、歩けども歩けども猫の子一匹通らない。
そもそも、私以外森の中にいる人の気配をまったく感じない。
わりと明るくて、α波が豊富に出ていそうな、森林浴にはぴったりな森なのに。
「誰もいないのかしら……」
かなり奥まで入ってきたはずなのだけど、ずっと同じ景色が続くばかり。
進行方向を見ても今来た道を振り返っても、大して違いが分からない。
……ちょっと待て。
私、ここから出られるのか?
出られなかったらどうしよう。
前迷子になった時はシルバが探しに来てくれたけど、森の中じゃそうはいかない。
「どうしよう……どこ、ここ?」
「どうした?」
「んにゃっ!」
慌てて振り返ると、シルバと同じくらいの背格好をした青年が気配もなくぬっと立っていた。
「そんなに驚かなくても……それより、こんなところで何をしている?」
「あ、わ、私は、“ライオン”って人を探してて。 どこにいるか知ってますか?」
「ああ、知っている」
「そうですか……って、ええ!?」
「おれが今の“ライオン”だからな。名前はクロード。君は誰なんだ?」
よく見ると、彼の頭には小さな丸い黄土色の耳がついていた。たてがみの付いた人を想像していたから少しイメージとは違ったけど、確かにライオンっぽい。
「えっと、“アリス”の、ありすです」
「はは、君が“アリス”か。シルバから“アリス”が来たと話には聞いていたんだが」
クロードは快活に笑った。浅黒く日焼けしていて、たくましい印象の好青年だ。シルバやレザンみたいな美形とはまたタイプが違うけれど、まあすごい容姿の人が多いこと。
「よろしくな、ありす。おれは一応レザンと同じ……いやちょっと違うけど武官だから、何かあったら言ってくれ。危害を加えるようなやつがいたら、捻り潰してやるから」
レザンは銃を愛用しているようだったけど、クロードは肉弾戦派らしい。……見た目どおりだ。
「それで、出来れば帰り道を教えてもらえると嬉しいんだけど……」
「迷ったのか。悪いが、おれには案内できない」
「え?」
「なぜなら、おれも道に迷っているからな」
「なんだそりゃーーーー!」
不安だ。この先すっごく不安だ。
「仕方ない、一緒に猫を探そう」
「猫って、ジーナの事?」
「ああ。あいつは“アリス”を迷わせるのが仕事だからな、自分は絶対に迷わないんだ」
「何か言ったか?」
「ぴぎゃっ!」
「そんなに驚くことはないだろう」
「それはおれの台詞だぞ、ジーナ」
クロードの時よろしく、ジーナもまた背後にぬっと立っていた。なんなんだ、この二人。やっぱり猫科は気配なく後ろにいるものなのだろうか?
「で、どうした。道に迷ったのか?」
「そうなの……」
「城に帰るんだろう? こっちだ」
私たちはジーナについて歩き出した。
「あ、クロードは後回しだから」
「はっきり言うな。っていうかなんで後回しとか言われにゃならんのだ」
「いいかクロード、お前とありすの違いはなんだ?」
「違い? 性別とか……レディファーストってことか?」
「違う。正解は……」
「正解は?」
「可愛さだ」
「主観的だなぁおい! 反論はしないけどよ!」
本当になんなんだろう、この二人は。内容も内容で、聞いていて気恥ずかしくなってくる。
「二人って、どういう関係なの?」
「幼馴染だ。昔から近くに住んでいたからな」
「そうなんだ」
「だから別に今の話に特に意味はない。単にクロードの家の方が城より私の家に近いから後に回しただけだ」
「そうなんだ……」
「安心しろ、ありすが可愛いのは本当だ」
ジーナが歩きながら私の頭を撫でてくれた。
「ほら、着いた。そろそろ日も落ちるから、ちゃんと部屋まで寄り道しないで帰るんだぞ」
「寄り道?」
「例えば、シルバの部屋とか」
「行かないわよ!」
「行ったら襲われるからな」
ジーナは相変わらず涼しい笑みを浮かべているが、クロードは妙にニヤニヤしている。クロードの笑い方の方がよっぽどチェシャ猫っぽい。
「じゃあ、おれたちは行くから」
「また会おう、ありす」
二人は仲良さげに森の中へ消えていった。
一角獣を出したので、ライオンも出てきました。ジーナとクロード、口調が被ってますね……。次は分かりやすく書けるように頑張ります。