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ポチと陽葵  作者: 黒楓
6/50

第一部 ぼっちポチ  ⑥ ポチ、お風呂に誘われる

「ラブレター預かってる」

 そう言って紺野さんから渡されたのは何かのキャラクターの小さな封筒だった。


 嬉しいのと、何が書かれているのかが不安なのとが入り混じって、ちょっと封筒を眺めてしまうと

「あ! 顔が“恋する乙女”」と紺野さんに言われてしまった。


 その声に押されて封筒の中に指を滑らせると波型に縁どられた便箋に触った。


 広げてみると可愛いデッキブラシのイラストと文字とが綴られている。


『お風呂そうじしたいです。あと、メアドと電話番号です。パパに許可とりました』


 ムニエルのタッパーをカノジョに持たせた時、自分がスーパーのレジ打ちパートだという事、作り方を尋ねられたので、自分のアパートで教えてあげた事、娘さんを許可なく連れ出した事を詫びる手紙を添えた。カノジョは私に電話番号やメアドを教えようとしたのだけど、それは他人にむやみには教えてはいけない事で、私のアパートに来る事と同じくキチンとお父さんの許可を取りなさいと言い含めたのだ。


 カノジョは本当に、キチンとお父さんの許可を取ったのだろうか……実のところ心配ではあった。

「心配なら尚更会って確かめたら」という紺野さんの提案にのっかって、私は教えてもらったメアドに「ポチは明日の3時以降なら空いてるよ」とのメールを私の電話番号を書き添えて打った。



 レジに入ってもずっとドキドキしていたが、休憩時間にスマホを立ち上げると陽葵の電話番号でLIN●の申請が入っていた。

 早速承認すると、待ち構えていたらしくすぐに『は~い!!』と言うメッセが盛りだくさんのスタンプと共に返って来た。

 それが目に飛び込んでくると、私は胸がキューンとして、まるで恋人からの(とはいっても私にその経験はないのだが……)メッセのように、スマホごと抱きしめていた。



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 アパートに戻るとすぐに掃除を始めた。お風呂も……手を付けるのを躊躇っていた前の住人による不衛生な汚泥はすっかり取り除いた。陽葵がそれに触れて病気に罹ったら大変だから…… これで安心! 陽葵の掃除は浴槽とタイルに限定される。

 いつの間にか額に汗していた。


 私、“過保護”なのかしら……



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 陽葵が居るだけでこの部屋の雰囲気が一変する。

 それが嬉しくて心の中はウキウキしているのだけれど

 私はあえて目の前にカノジョを座らせて問い質した。


「本当に、あなたは お父さんから許可を取ったの?」


 陽葵はランドセルと交換で家からしょってきたというリュックから事務封筒を取り出した。

「パパが『会社の封筒でスミマセン』って」


 渡された封筒にはずらりと事業所の名前が並んでいて、かなりの規模の会社だと推察された。

 中を確かめてみると千円札が3枚入っている。


 陽葵が申し訳なさそうに言葉を足した。

「私、『切り身は自分で買ったよ』って説明したのだけど、パパが『せめて材料費だけでもお支払いしないと』って…… 一切れいくらの切り身なの?って、感じよね」


「オトナってそういうものなのよ。だからこれは謹んで受け取らせていただきます。今日はね、肉じゃが作ってあげる、このあいだ『食べたい』って言ってたでしょ。お父さんには『もう材料費はいただいています』って言っておいてね」


 陽葵は大きく頷いて、「じゃ、お風呂そうじする!」と腕まくりした。



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 陽葵の掃除の仕上がりを見に行って、その出来栄えをいっぱい褒めてあげた。


 実際、私が昨日見て、汚れていた箇所をチェックしているので「こんな所まで、丁寧に掃除している」というのが良く分かった。


 陽葵は興奮ぎみの上機嫌だ。

「ね! お姉さん一緒に入ろうよ!!」


 その言葉に私の“幸福”は一瞬にして凍り付いた。


 カノジョの目の前で

 服なんか脱げない。


 体中に残されたDVの傷跡を見せる事は

 できない

 してはいけない!


 でもどう言い訳する??


 私は笑って言い訳を口にし掛けたが……


 飲み込んだ。


 キチンと言おう。

 そして今日でさよなら


 カノジョにとって相応しい人を見つけるチャンスを

 カノジョから奪ってはいけない。


「陽葵ちゃん、聞いて。 オバサンね。この間まで男の人と暮らしていたの。そのひと、オバサンにずっと暴力をふるっていてね。オバサンの体、傷だらけなの

 とても人には見せられないの」


 可哀想に、陽葵の目に哀しみを湛えさせてしまった。

 それでもカノジョは目に力を溜めて笑顔になり、私にひとことだけ返した。


「お風呂、入るね」


 私はバランス釜のハンドルを回して火を点け、シャワーと追い炊きの方法を説明して陽葵を残し風呂場を離れた。



 ああ、やっぱりいけなかったんだ。

 私なんかが人と関わっちゃ


 さっきだって先に説明してあげれば、陽葵はお湯を使って掃除できたのに……


 タマネギの皮を剝き、包丁で二つに割る。


 だめだ。


 みじん切りにでもしない限り

 流れ落ちる涙の言い訳にはならない。


 肉じゃが作りじゃ

 言い訳にならない。


 カレーにすれば良かったな……



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 随分と長く入ってホカホカになっている陽葵を食卓につかせた。


 陽葵の為に買い揃えたお箸や食器も一度きりの使用になってしまうね。


 まあ、100均のお品だから

 いいか


 みっともないオバサンのみっともない結末だけど


 肉じゃがやお浸しは

 心を込めたつもりだし

 それでいいんだ。


「わあ、いいにおい すごくおいしそう」

 感動して見せてくれる陽葵の表情も、どこか不自然に思える。


 私は作り笑いで「さっ! 食べな」と言う。


 陽葵はお箸を手に取って

 躊躇いながら話を切り出す。


 その仕草に、胸が痛くなる。


「あのね、えっと、その……」

 少し言葉が途切れる。

「タイル、模様が やっぱりかわいかった。 私ね、自分のウチのお風呂の……模様の無いつるんとした床より、お姉さんのお家のお風呂の方がずっと好き。 だからね……」


 陽葵の目から涙がハラリと落ちた。

「やっぱりお姉さんとお風呂に入りたい。だってね。私、具合の悪いママの体を洗ってあげてたんだもん。きっときっと優しくするから、だから お願い!」

 あとは嗚咽を上げるカノジョを

 私は我慢できずに抱きしめていた。


「こんなポンコツオバサンの為に泣いちゃだめだよ」


「オバサンじゃない、お姉さんだもん!!」

 涙にぬれたほっぺた

 今日は二つに梳き流している柔らかな髪


 それらが私に優しく触れて


 私の心の奥の奥に染みわたって行った。




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