第二部 不都合な子供たち ⑨ おんな・母・オンナ Ⅲ
<今回は、紺野里佳さんの独白です。>
イラストは“生涯で一番大切に想う恋”をしていた頃の里佳さん
私とダンナは同じ地元で……就職した会社で知り合って、社内恋愛で結婚したのだけど……そこの所長(アラフォーで妻子持ち)が私に横恋慕をして本当に大変だった。
そのせいで私は会社を辞めざるを得なくなったんだけど、所長の「嫌がらせ」はそれだけでは収まらず、ダンナの査定は最低! 挙句に転勤を申し渡された。しかし、ダンナまで会社を辞める訳には行かないから……私達は故郷の町を離れる事になった。
町を離れるまでの間に“ロコ”の強みを生かして稼げるだけ稼ごうと私は朝から晩までバイト三昧だった。 だからオーナーから誘われた“サーフィンスクールのサポートスタッフのバイト”も二つ返事でOKしたんだ。
サポートスタッフのバイトを始めて程なくスクールに新入生が入った。
新入生と言ってもウチのダンナより年上の……パリッとした商社マンで、名前は星川隼人さん。
スクールに入った動機は、彼の婚約者が新婚旅行先のハワイで彼と一緒にサーフィンやりたいって希望かららしい。
聞くと婚約者も“半分陸”ってレベルで……彼にサーフィンを教えられる筈もなく、スクールで教わる事になった訳!
でも、正直なところ彼はサーフィンのセンスが無い方だった。
だけど彼は高校の運動部みたいな意気込みと礼儀で、海の中以外は実にキビキビと動くので、傍から見てすごいなあって思った。私の地元の奴らってあんまり“行儀”が良くないから、尚更際立って見えた。
そんな折、ショップ主催のBBQ大会で見せた彼の笑顔が……大らかで優しくて可愛いくて……私はしばし目を奪われてしまった。
あの頃は私もまだバリバリに元気だったから……バイトを複数こなしても全然平気で毎朝、ビーチクルーザーにボードを乗っけてサーフィンに行っていた。
その同じビーチに星川さんは車でやって来るようになった。
「毎日練習したいけど早朝しか時間が取れないから」と。
こうして彼は、毎朝パドリングの練習とかをしていたのだけど、初心者ひとりじゃ危ないので私も練習に付き合ってあげるようになった。
私も人に教えるのは不慣れで四苦八苦したけれど……その必死の熱量を私にまで向けられている気がして……季節は冬に向かい芯まで冷やされる筈の体が、どこか温かかった。
カレの進歩はカメの歩みだったけど……
ある朝、ほんの一瞬だけど!
とうとう彼はテイクオフができた!!
もう彼も私も嬉しくって嬉しくって……抱き合って……うっかりキスしてしまった……
一瞬の過ちで擦ってしまったマッチの炎は恐ろしい勢いで燃え上がる。
まるで坂道を勢い付けて転げ落ちる様に……毎朝がデートになってしまった。
それが……朝だけじゃ我慢できなくなって……私は原チャで彼の勤め先の遠い街まで出張ってしまう有様!
ダメだダメだと思いながらもどうしても引き返せなかった。
愛を紡ぐのもホテルだけに留まらずカレの部屋とか、車の中とか、所構わずになってしまった。
痕跡”とか“ニアミス”とか……危険がいっぱいあるはずなのに、止められなかった……
そんな私が一番辛かったのは『ダンナの腕の中』に居る時で……自分の不実、彼の不実、そして婚約者への嫉妬と……色んな感情が綯い交ぜとなって胸に迫って来た。
それなのに時々……心の中で『今、私が居るのはカレの腕の中』ってアタマの中で置き換えたりして……サイアクだった。
止めどもない情熱と胸に刃を突き刺されるような苦痛が入れ替わり立ち替わりで……
最初はただ“不順”なだけと思い込もうとしたけど……
逡巡した後、意を決して一人トイレに閉じこもり、妊娠検査薬を使ったら赤紫色の縦のラインがくっきりと浮かび上がってしまった。
とても皮肉な事に……ダンナは結婚当初から子供が欲しいと願っていた。
それはきっと、件の所長から自分の立場や心をボロボロにされて、この先、自分や私(しいては家族)を養い守ってゆく為の証や支えが欲しかったのだろう。
真に添い遂げたいと願う人の子供は産めずに……まるで不貞の罪悪感と引き換えの様に!!
ダンナの子を身籠るなんて……
もちろん『子作り』はダンナとだけだったから…… ダンナに気付かれないうちに何もかも……そう、お腹の中も棄てて、完全に身ぎれいにして離婚しようかとも思った。でも、私の体調に気付いたのはダンナより隼人さんの方が先で……カレは『オレも婚約解消するから、お腹の子供と三人で生きて行こう』と言ってくれた。
何度も話し合いを重ねて……お互いにしっかり覚悟を決め、『三人でやって行こう!!』と誓い合って、カレの部屋でしっかり抱き合い熱い口づけを交わし『事に及んだ』その時!!
私達は気付いてしまった!!
カレの部屋にある『ゴム』の全てにピンホールが開けられているのを……
オンナって……オンナって!……とても恐ろしい!!
カレの婚約者は何を思ってそれを行ったのか??!!
その真意は今も分からないけど……
その恐ろしさに私は負けた。
でも私と言うオンナも恐ろしい。
『ゴム』にピンホールが開けられたのを知った時、カレは萎えてしまったのだけど、もう一生!!萎えたままで居て欲しい!!と願ってしまったから……
そうすればあの人の最後のオンナに私はなれると思ってしまったのだから……
お腹の子がどちらの子供なのか?
真実は私にも分からない。
もちろん、徹底的に調べれば……「出生前親子鑑定」とかをすれば、どちらの子かはわかるのだろうけど、それもしなかった。そのうち、ダンナにも気づかれて……表向きは当たり前のように出産した……
だけど子供の顔を見るまでは……頭の中から『この子は“不都合な子“!この子さえいなければ!』との言葉が消える事は無かった。
私の出産の2か月前、隼人さんは結婚した。
それを知ったのは……
お嫁さんと二人、ハワイでサーフィンを楽しんでいる写真付きの『私達、結婚しました!!♡』とのハガキがサーフショップに届いたから。
ショップの壁にピン留めされたハガキを、私はさして気にも留めない素振りで見上げた。
あの時、部屋で別れて以来、連絡を絶った隼人さん……
良かった! 痩せてもいないし健康そうだ……
心の中でこう呟いた時、
子供がお腹の中をポコン!と蹴った。
そうして、沢山の苦しみを経てこの子が産まれた時、今までの私の気持ちからはとても信じられなかったけど……私の心は汲めども尽きない無限の幸福感に包まれた。
授かった子供に私は『海斗』と名付けた。
海斗はもちろんダンナとの子!!
それが例え!万一!!
違っていたとしても……私は幸せのフリを止めない。
少し、話が逸れたね……私は安岡くんのお母さんに同じ様な『恐ろしさ』を感じたの。
“お母さん”が固執する夫婦間の『交渉』は……“木を森の中へ隠す”カモフラージュかも……
でも、だったら……『避妊をしない禁忌な関係っていつからだったの??』って考えると……
とても恐ろしいけど……
『オンナは恐ろしい』 そして…『母』はもっと恐ろしいのかもしれない…




