第二部 不都合な子供たち ② 疏水
「ねっ!! ひまりん!」
塾の学習室に入って来ると、既にテーブルデスクに着席していた亜季ちゃんから声を掛けられた。
「多分、今、誰も居ないはずだから自習室行こっ!」
「えっ?!」
戸惑う私に亜季ちゃんはくちびるに人差し指を当ててみせた。
ナイショの話らしい……恋バナ??
二人してそそくさと自習室に入り、個別ブースから椅子を引き離して膝を付き合わせて座る。
と、いきなり亜季ちゃんが顔を寄せて来た。
「安岡くんがなくなったの、知ってる?」
「えっ?! あ、ああ、安岡……くんね。うん、知ってる。それ、居なくなったんじゃなくて……塾、辞めちゃったらしいんだよね」
「違うよ!!」と亜季ちゃんは私の腕をパシン!とひっぱたく。
意外と力が入っている。
亜季ちゃん、安岡くんの事が好きなのかあ~そうなると、ちょっとやっかい?
「あ、あのね! 『なぜ私が知ってるのか』はね、ほら! 私、グループワーク、安岡くんとペアじゃん。だから事前に聞いただけよ。特に……それ以上の理由はないのよ」
本当は……磨かれたリンゴをマラカイトグリーンのポリッシュクロスごと貰って……帰ってからそれをお母さんに見せたのだ。
そしたら
「これは……本気の物を貰っちゃったね……」とお母さんにつぶやかれて
お母さんと二人して悩んだ挙句、ピカピカ光る鮮やかな紅いリンゴを“花の飾り切り”にしてマラカイトグリーンのポリッシュクロスの上に置いて写真に撮り
「ありがとう。家族でいただきます」
とのメッセ付きで画像を彼に送ったのだ。
そんな訳で、『亜季ちゃんからどんな恋バナが聞けるのか』と(自分はNGでもお友達の恋バナはOKなのだ)半分はニヤニヤ加減で緩んでいた私の頬は、彼女の次のひと言で凍り付いた。
「居なくなったんじゃなく、亡くなったの! 『He is already dead .』なの!!」
「……ウソ!」
「こんな事、嘘や冗談で言えないよ…… 私も“安岡くんと同じ第六小”の由加里ちゃんから聞いて初めて知ったんだから……」
引っ掛かっていた“何か”が私の頭の中で暗雲の様に膨らんでいく。
まさか!?
まさか!!??
「あの……いったい、どうして……」
恐る恐る尋ねる私に、亜季ちゃんはため息まじりの小声で囁いてくれた。
「“事故で”だって……ほら!大晦日の夜から元旦にかけて全国的に大雨だったじゃない? 安岡くんのところ、田舎に帰ってたらしいんだけど……カレ、増水した用水路を見に行くか何かしたらしいの。そこで……雪で滑って用水路に落ちてしまったって…… 地方紙では記事になったらしい。『帰省先の不慣れな場所での不幸な事故』だって……」
私の目から涙が流れて……亜季ちゃんは私の手を握って、一緒に涙ぐんでくれた。
でも亜季ちゃんは知らない。
私の涙の……『ほんの』とは言えない程の大きさの数パーセントは……確かに安堵の涙だった。
そして多分その頃……
お母さんが私宛の封筒を門柱ポストから取り出していた。
次回は安岡くんの独白です。
スミマセン かなり重いです。




