第一部 ぼっちポチ ㉒ 陽葵のひめごと
「あら、ここのお家、やっぱり人が住んでいたのね」
もし、“プラムガーデン”で……深夜に犬の散歩なさるご婦人がいたら、きっとこう思っただろう。
ただ単に明かりが灯るという事では無く……夕餉の支度やお風呂のシャボンの香り……
音だけではない人の息遣いを “家”は表出させる。
“家”はそこに住む人々と共に生きている。
だからこんな静かな夜には……
嬉しく燃える“ひめごと”が……
家をも、ほんのりと輝かせる……
でも今はもう
スヤスヤと寝息の時間
熱く攪拌された客間の空気が
抱き合って寝入る裸のふたりに下りて来て
肌掛けの様に優しく包む。
―はずだった。
レバー式のドアノブがゆっくりと回り、ドアがそーっと開く。
はだしのつま先とかわいいパジャマの裾が見える。
この“可愛い”侵入者はボワンボワンに押しやられた羽根布団のところで立ち止まる。
“ふたりの様”を見たのだろう
僅かに「ひゅうっ」と
息をのむ。
しばし静止……
「ん、ぐがが!」
康雄が鼻にかかった軽いいびきをかくと
「ぷっくくく」と笑い、しゃがみこんでカレを覗いた。
陽葵だ!
「パパはこうなると……起きないのよね」
康雄の肩に裸足のつま先を掛け
「えいっ!」
と転がす。
伊麻利の元から転がり離れ、うつ伏せになった康雄は、そのまま「うごごご」といびきを続ける。
陽葵はひとり分空いた“特等席”に跪いて、今度は伊麻利を覗き込む。
伊麻利は……康雄を取り除けたおかげで露わになった胸を少しだけ揺らして、淡い寝息を立てている。
陽葵はそこへ、そっと手を伸ばそうとしたが
ふとやめて
すくっ!と立ち上がると
自ら、服をポイポイ脱ぎ捨てた。
それから……
空いた伊麻利の腕の中に潜り込んで
裸の胸に自分の頬を押し付けた。
伊麻利の腕がふんわりと閉じて
その指は陽葵の髪を撫でながら梳いてゆく。
陽葵は目を閉じて
伊麻利の息遣いに
自分の呼吸を合わせて
伊麻利の胸に揺られている。
頬を染め……
でもちょっとだけまつげに涙を溜めながら……
やがて“ヒュプノスの枝”が陽葵の瞼を重くし始めたので……
陽葵はアタマを伊麻利の顔に近づけ、寝息で薄く開いたそのくちびるに
キスをした。
「さようなら マーねえちゃん」
それから陽葵は伊麻利の腕を抜け出すと服を着て、そっと離れてゆく。
そして、ドアノブに手を掛けた時に
もう一度、伊麻利の方へ振り返る。
「おやすみなさい おかあさん」
それに応えるように康雄が「ぐががが」と吠えて
陽葵は「キャハハハ」と笑い、出ていった。




