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ゲーマー魔王の異世界録  作者: 青瑠璃しおり
1章 異世界転移
9/11

「桜、桜!朝である。起きるがよいぞ!」

「ん~…おはよう、むーちゃん」


周りを起こさぬよう器用に静かに騒ぐむーちゃんこと神威の頭を撫で、眠気でボーっとする頭を覚醒させる。

周りのクラスメイト達はまだ、夢の中のようだ。


「今日も修行か!修行なのか!?」

「今日も元気だね。そうだね、修行いこうか」


桜は寝床を離れ、川の方へといく。

川ではすでに宮内が朝食の支度を始めている。邪魔をしないよう少し離れたところで修業を始める。

内容は簡単。本気の神威を捕まえるだけ。


「行くぞ!桜、準備は良いか!」

「うん。いつでもいいよ」


桜の言葉を合図に神威は駆ける。

そのスピードは灰狼を遥かにしのぐ。


「陰檻」


巫術スキルにはまだ支援能力が多く、直接戦闘に関われる技は陰檻と現状唯一の攻撃手段である破魔の矢だけ。今はその二つを積極的に鍛え上げていた。


「軽い軽いぞ!もっと先を読むのだ!」


加えて神威はスキルを扱う際のいい指導者になってくれた。

結果として今の桜は勇聖、飛鳥、凛に次いでの実力者になった。


「うむ、これくらいでいいだろう」


1時間ほどして神威が終了を告げる。

いくら魔力が豊富な桜といえど1時間魔力を使い続ければ、3割ほどしか残らない。

桜本人はまだやりたそうだったが、あまり使いすぎては今日の仕事に支障が出るだろうと判断だ。


とはいえ、まだまだ皆は起きてこないだろう。

今のうちに軽く汗でも流そうか思案しているところに森から一人の男が現れた。


「真白!?なんで森から…」

「しまった…」


制服は魔物の返り血に染まり、ナイフもボロボロだった。

言わずとも夜の間に森へと言っていたことがわかる。日中眠たそうにしていたのもこれが原因だろう。


「真白、あまり無理は…」

「大丈夫大丈夫。ちょっと寝るからみんな起きたら起こしてくれ」


そう言って寝床には戻らず、すぐそこの木にもたれかかって寝息を立て始める。

開かれた手のひらは何度も豆がつぶれたのか肌が硬くなっている。

どれだけ剣を振ればこうなるだろう。どれだけ戦えばこの域に辿りつけるだろうか。


「…もっと強くならなきゃ!」

「その意気だ!桜!」



重たい瞼をこすり、同様に重たい足で今日も魚を捕りに川へと出かけた。


「真白は休んでいてください」

「って言ったって。一人でクラス全員分の捕るのは大変だろ」

「むーちゃんもいますから。それに見ていてくださいね。むーちゃん!」


「御意に!」と叫ぶと神威は前足を川につけ、電気ショックを放った。

そして、数秒もすれば気絶した魚がぷかぷかと浮いてきた。


「むーちゃんはでんきショックをおぼえた、ってか」

「威力は低いですが雷魔法を少しずつ使えるようになったんです!かっこいい雷魔法を見せてもらう日も近いですね」

「むふん、なのである!」

「…なんかゆるキャラ感増したなぁ」


神威も随分となじみ、あらゆるに牙をむいていた野生の時代は忘れ、今やクラス中の女子のマスコットとして擦れ切った精神を癒してくれている。


「そうゆうことなら休ませてもらおうかな」


木陰で目を閉じ、そっと目を閉じる。

木の葉の擦れる音、川のせせらぎを感じながら心と体を休ませる。

いつゴブリンが出てくるかわからないので寝ることはできないが体が楽になるのを感じる。


「隣失礼しますね」

「ん、終わった?ありがとうね」

「いえ、大半はむーちゃんがやってくれましたから。今もかごに入れてくれてます」


川の方を見ると小さい手足を器用に使いながら浮かんでる魚を次々と籠へと放り込んでいる。

心なしか楽しそうに見えるのは捨て去った野生の残り火だろうか。


「もう一か月ですね。こっちの世界に来て」

「早いなぁ。楽しみなゲームあったんだけどな。早く帰ってやりたいよ」

「未練がゲームっていうのは真白っぽいですね。私は両親に会いたいです」


一か月。高校生の子供が帰ってこない期間としてはあまりにも長い。

元の世界ではきっと大騒ぎになっているだろう。


ふと、家族の顔が脳裏に浮かぶ。

一般的な家族だったが真白を尊重し、愛してくれた家族だった。


「…僕も会いたいよ。母さんのカレーが食べたい」

「それじゃあ、絶対に生きて帰らないとですね。だから、無理は禁物ですよ?特に夜の特訓」

「善処するよ」


真白の薄っぺらい嘘に呆れてため息をつくがそれ以上追及することはなかった。

桜もこの一か月で真白の人となりは分かってきたつもりだ。修練を欠かさない真白にこれ以上言ったところで聞くわけがない。

だから、桜はただひたすら鍛錬を積んでいた。真白と生きて帰るため。


(きっと真白にとって私はまだ、守る対象なんでしょう…。でも、いつかは!)



そんな二人を遠くから見る影はこそこそと離れ、元の集団へと戻っていく。


「出雲の野郎、今日も佐伯さんと二人だったぜ」

「あいつ最近、調子乗ってるよな。富士宮とかと仲良くなったからって勘違いしてんじゃね?」


拠点から少し離れた森の中、4人の男は役割を全うすることもなく駄弁に興じている。

その対象は夏目草一の一言で真白へと切り替わった。


クラスでも頭一つ抜けた可愛さを誇る桜が気にならない男はクラスにほとんどいないだろう。

例にももれず不良4人組もそうだった。

それ故、桜が真白にかまうのを面白く感じない。

更に言えば、元の世界にいたころから絡まれても飄々と逃げていく真白のことが気に入らなかった。


「ちょっくらしめんべ?」

「やめとけよ。冨士宮が出張ってきたら何にもなんねえし、下手したらこうしてさぼるのもできなくなるぜ?」


真白が常に警戒していた不良4人組が想像以上に大人しかったのは偏に富士宮のおかげだった。

それほどまでに富士宮には他を寄せ付けないほどの実力があった。


「確かにタイマン張って倒せんのは精々、鷹月くらいだろうな」


そう言って不機嫌そうに地面を蹴る。

夏目も鷹月と互角に戦えるほどの実力者だ。ほかの4人も夏目や鷹月には劣るもののそれなりの実力を持っている。


ふと、夏目がニヤリと口角を上げる。


「いや、やっぱやるか。真白いびり。要は富士宮が手を出せなければいいんだろ?そんなシチュいくらでもあんだろ」


不思議そうに首をかしげる3人に夏目は己が思いつく限りの悪知恵を披露し始める。


「いろいろ、ストレスたまる異世界だ。もっと自由にやろうぜ?」



「いってえな」

「あ、ごめんね」

「いやいや、ただの謝罪で済ますのは無理だろ?」


真白は内心大きくため息をつく。

夏目一派がこちらを見てにやにやと気味悪く笑っていたので何かたくらんでいることは察していた。

だから、なるべく距離を取ろうとしていたし今もあちらからぶつかってきたのは明らかだった。


「と、言うとどうすればいいのかな?」

「もっと誠心誠意を込めて謝ってもらわなきゃな」


つまりは土下座をしろと言いたいのだろう。

今まで大人しかったはずだが何が琴線に触れたのだろう。

まあ、いい。少し待てば騒ぎを聞きつけた勇聖や鷹月が駆けつけてくるだろうとのらりくらりと要求を躱していく。


「おい、吉岡!なに出雲に絡んでんだよ!」


予想通り仲裁に駆け付けた鷹月が怒声を上げる。

続く勇聖も何かあったらすぐ動けるように一歩後ろで様子を窺っている。


しかし、様子がおかしかったのは吉岡だ。

いつもなら舌打ちと捨て台詞を残しまるで三下のように尻尾を巻いて逃げ出すところだが今日は余裕綽々と笑みを浮かべている。


「なにって。こいつがぶつかってきたんだよ。おかげで貴重な食料を落とすところだったんだぜ?」

「あ?どうせてめえからぶつかって因縁吹っ掛けてるだけだろうが!」

「おいおい、どこにそんな証拠があるんだよ。見てたのか?」

「そんなの…!」


見てなくても分かる!と鷹月は続けようとしたところ、勇聖からの制止に言葉を止める。


(ああ、なるほど。狡いこと考えるなぁ)


こいつらはわかっているのだ。

疑わしきを罰せられない勇聖の善性を。そこに付け込もうとしているのだ。


「今回は食料も無事だ。悪いけど許してやってくれないか?」

「仕方ねえなぁ。心の広い俺だから許してやるんだぜ?」


勝ち誇った吉岡の表情に鷹月は思わず舌打ちをする。

去り際に一言「悪いな」と残し、鷹月は元の場所へと戻っていく。


「…処す?」

「様子見だな。あんまりにも目に余るようならその時考えよう」


凛の冗談に見せかけた冷徹な問いに真白も冷徹に返した。




「言ったとおりだろ?本人が見てなければ難癖付け放題なんだよ。他の連中も報復を恐れて告げ口なんかはしないからな。天才すぎだろ?」

「マジでそう!まあ、こんまま?泣くまでいじめちゃうべ?」


4人の男たちは周りの目を気にすることなく笑い声をあげる。

それが近い未来、虎の尾を踏むことになるとも知らずに。


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