表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゲーマー魔王の異世界録  作者: 青瑠璃しおり
1章 異世界転移
7/11

7

森の中を駆けるゴブリンメイジ。その後ろには数匹のゴブリン。

相当焦っているのか、地面の窪みに足をかけ、体勢を崩しながらも止まることはない。

すぐ後ろに彼らにとっての死神が迫っているから。


「んぎゃぁぁぁ!!」


断末魔が上がる。振り返ることはしない。できない。

少しでもスピードを落とせば、同じ道を辿ることを本能的に理解していたから。


一匹、また一匹と悲鳴を上げ、屍を地面に晒す。

残りはゴブリンメイジだけとなった。


「…逃げるのはおしまいかな」


風のような死神は一瞬で、ゴブリンメイジの進路を遮り、なにも握っていない手を突き出した。最後に見たのは翡翠色の光だった。



「…レベル上がらないな」


真白の呟きは誰に届くこともなく夜の静寂へと溶けていく。

ユニークスキル『大器晩成』。レベルアップに必要な経験値を五倍にする代わりにステータスの上昇値が1.3倍になる。しかし、今真白がクラスメイト達よりレベルが低い原因でもあった。


「どう考えても廃人用スキルだしな。お気楽初心者に渡すスキルじゃないな」


愚痴をこぼすも慰めてくれる相手もいない。

それもそのはず。今は日を跨いでから数時間経った真夜中。一人、絶賛居残りレベル上げ中である。

しかし、レベル上げも行き詰ってきた。

強いモンスターが出ず、ゴブリンしか狩れない現状ではレベル上げの効率が落ちてきたのだ。


「…こればっかりはどうにもならないしな…」


真白の現在のレベルは16で戦闘班では最低レベルとなる。

最も高いのは『光の勇者』スキルを持ち、日中の戦闘による経験値が増加する勇聖だ。


強くはなっている。使用できる魔法は増え、それによって戦闘のバリエーションも豊富になった。

今では飛鳥との模擬戦も勝率は五分だ。

しかし、ステータスに圧倒的に差のある勇聖との模擬戦では未だ勝利なし。

作戦も小手先の技も魔法も圧倒的力にねじ伏せられた。


「まだ、足りない。もっと強くなくちゃ」


夜が明けるまで2時間ほど、真白はまた、剣を振るい続けた。

強くなるため、誰も泣かせないため。



「…眠そうですね?昨日は火の番もなかったのでは?」

「地面が硬くて寝れなかったんだよ」

「今更では?」


今日の真白の担当は食料調達であり、魚を捕りに行く道中だ。

隣の桜も長い髪が濡れないように結わえ、胸元に神威を抱いている。

その神威は呑気に寝息を立てている。


「早く終わらせよう。休憩時間に少し仮眠をとりたい」

「最近、ずっと眠たそうにしてますけど、大丈夫ですか?体調が悪いなら休んでても大丈夫ですよ」


桜の申し出はありがたいが、丁重にお断りし魚を捕るため川へと入る。

桜は持ち前の反射神経と身体能力で、真白は器用に風魔法を操り魚を乱獲していく。


食料調達も慣れたもので1時間もしないうちに36人分の魚を確保し終える。


「元の世界に戻ったら漁師にでもなろうかな。食うには困らなそうだ」

「それじゃあ、私は猫カフェでもしましょうかね。ちょうど一匹、可愛いのがいるので」

「我、神ぞ」


桜ともずいぶんと打ち解けた。

未だ敬語は抜けないが、こうして軽い冗談を言ってくれるようになった。

こんな危険の多い世界でも余裕を持っていられるのはこうして隣に桜がいてくれるからかもしれない。


細工師のクラスメイトが組んでくれた木の籠に魚を放り込み、拠点へと戻る。


拠点もすでに3回移動し、おおよそだが地図も書き込んでいる。

しかし、未だ森の輪郭すら見れず先は長い。


「よ~!出雲!いいところにいた」

「…夏目くん。どうしたの?今日は周囲の歩哨じゃなかったけ?」

「それなんだけどよ~。俺腹痛くなってきちまってよ。代わりにやっとけよ」


へらへらと己の仕事を放り投げ、真白に押し付けようとしてる赤髪こそクラスの不良グループのリーダー格、夏目草一だ。

嘘を隠そうともしない態度に真白はため息をつきながらも、遠回しに拒否の意を伝える。


「ごめんね、僕もまだやらなくちゃいけないことあるから」

「あ?だったら、俺がそっちやってやるからお前一人でやっとけよ。八重は俺らと遊んどくからよ」


夏目の言葉に取り巻きたちが下品に笑い声をあげる。一体、何が面白いのか一切理解ができない。

隣の桜も不快感を露わにし、真白の袖を引っ張ってこの場からの離脱を試みる。


「おい、勝手にどっか行ってんじゃねえよ」


夏目の蹴りを背中にもろに食らい、膝をつく。

にやにやと醜悪に笑う夏目を桜は睨みつけ、食って掛かろうとするが怒声がそれを遮った。


「夏目ぇぇぇぇぇ!!!出雲に絡んでんじゃねえ!ぶっ飛ばすぞこら!」

「あ?やってみろよ。富士宮の腰巾着ごときにできればなぁ!」


勇聖の親友でクラスをまとめるサブリーダー的存在の鷹月憲剛がレベル上げの帰りか武器を肩にかけ、通りかかった。

勇聖同様、正義感が強くこうして気の弱いクラスメイトが夏目たちに絡まれてるのを見るとすぐに助けに駆けつけてくれるクラスの兄貴分のような存在でもある。


一触即発の雰囲気に先ほどまで憤っていた桜も慌て始める。

さすがに危険なので仲裁に入ろうとする桜を制止し、どう対処するかを思案する。

しかし、すぐに一つの声が解決する。


「おや、遅いと思えば。喧嘩なら両成敗だが…何があったか説明してもらおうか?」

「なんでもねえよ。てめらも、早く行け」


飛鳥のおかげで夏目も渋々、鷹月の言葉に従って哨戒へ向かう。

クラスでも勇聖にすら引けを取らない飛鳥相手に真正面から喧嘩売るほど強気でも愚かでもない。


「ありがとう鷹月くん。飛鳥も」

「礼はいらねえよ。みんなで協力していかねえといけねえんだ。出雲はいつも飯をとってきてくれる。俺はお前らを危険から守る。お互い様だ」


そう言って豪快に笑う。清々しいほどの好青年ぷりに真白も思わずつられて笑顔を見せる。

飛鳥はコホンと一つ咳払いをすると、本題へと入った。


「すまないが、宮内さんから催促を頼まれていてね。早く持って行ってあげてくれ」

「そうだね。じゃあ、鷹月くん。また後で」

「おう!」


槍を担ぐ姿が妙に似合ってしまう鷹月を残し、3人は拠点から少し外れた川の傍の調理場へと向かう。

即席のかまどに火をつけ、慌ただしく今日の夕飯の準備をしている宮内。

そして、その傍には用心棒の双星姉妹と警戒役の深月が宮内をしり目にだらけている。


「…あんなに宮内さんが忙しそうにしてるというのに」

「なに?生焼けが食べたいの?それとも、ロシアンルーレットが好きなの?」


一切悪気なく言い切る深月に呆れ、ため息が出る。

しかし、調理の腕前が悲惨なことも周知の事実。手伝うと言ったところで遠回しに断られることだろう。


「宮内さん、ここ置いておくね。手も空いたし何か手伝おうか?」

「た、助かります~!岩塩砕いて、粉状にしてもらってもいいですか?その間に魚捌いちゃうので」


宮内から受け取った即席の石器で岩塩をすり潰す。

たまたま、見つけた岩塩は今や、毎日の食を彩るのに欠かせない貴重な調味料だ。

かなりの量があるのでなくなる心配はないが、もう少しぜいたくを言うなら醤油が欲しいところだ。


真白に岩塩のすり潰しをバトンタッチした宮内はプロにも引けを取らないスピードで魚を捌いていく。

毎日、食事を作る過程で上達したのか、それとも、ここへ来る前からの研鑽の結果か。

どちらにせよ、みな宮内には頭が上がらないほど助かっている。


日が落ちきる頃、焼きあがった魚がいい香りを漂わせる。

塩をすり潰した後、すぐにやることのなくなった真白は深月たちとだらだらと話していただけだが、思わず腹の虫が鳴る。


「おいしい~!さすが、宮ちゃんだなぁ!うちも料理してみたいな~」

「やめときなぁ。自覚のない料理音痴が一番悲惨なんだから。悠香は一緒に試食担当してようね~」


異世界とは思えぬほどのんびりした食事風景。

多くのクラスメイト達が強くなったことで、命の危機がなくなったと思っている。

あの日見た黒の巨狼。まるで闇を凝縮したかのような怪物。

真白たちは遠征で得た情報を勇聖に伝えたが、不必要に恐怖を煽りたくないという勇聖と真白の強い意向により、知ってるものは遠征メンバーと勇聖,桜に限られている。


「はわぁ~、もう寝るか」

「元の世界だとまだ8時くらいなのにこの時間に眠たくなるようになっちゃったね。うち、めっちゃ健康になっちゃうよ」


星明りだけの夜に大抵のクラスメイトはすぐに寝床へと着く。

そんな中、真白はこっそりと抜け出し、夜の森へと潜っていく。


夜闇に包まれ、不気味なまでの静寂が支配する森は常人であれば1秒でも早く抜け出したいと願うだろう。

しかし、真白は恐怖など感じていない。

ただ、敵が現れるのを静かに待ち、歩き続ける。


剣を振るう。血の水たまりに敵が倒れる。

剣を振るう。剣が赤く濡れる。

剣を振るう。頬に着いた赤を拭う。


それは、もはや生死をかけた戦いですらなくレベルを上げるための作業だった。


1時間ほどたったころ、ふいに茂みが揺れる。

続いて、現れた光源に目を細める。


「…やっぱりここにいたか。探したよ」

「富士宮くん。どうしてここに?」

「トイレに起きてさ。いない気がしたから探してみた」


そう言って爽やかに笑う勇聖を見てるとどこかへ飛んでいた心が戻ってくるようだった。

勇聖は真白に木剣を渡すと、勇聖自身も木剣を中段に構える。


「少し打ち合おうか」


来い、と視線で投げかけてくる勇聖に真白は即座に距離を詰める。

鋭い踏み込みからの切り上げを勇聖は余裕を持って躱す。

しかし、真白も返す太刀で袈裟懸けに斬り、そのまま連撃へとつなぐ。


しかし、勇聖は剣を盾とし、しっかりと攻撃に合わせてくる。

そして、守勢から一転、転調し攻勢へと出る。真白の一撃をはじき、空いたがら空きの胴に横薙ぎの一撃を振るう。


だが、それは真白にとって予想の範疇でしかない。

一歩、後ろに飛びぎりぎりで回避すると勇聖が剣を返す前に最速で蹴りを放つ。


それを簡単に腕でガードし、一度距離を取り仕切りなおす。


一見、互角の戦い。しかし、真白からすれば己の力量の低さをまじまじと痛感させられる戦いだ。

連撃は見てから反応し避けられるほど遅く、防御はまるでないかのように攻撃にはじかれる。


「…本当に弱いな、僕は」


またもや、先に動いたのは真白だった。

一歩、踏み込むごとに加速していきいつぞやの飛鳥の突きをも超える速さへと昇華させる。

腕を引き、それに合わせ勇聖も防御体制へと入る。

しかし、間合いの寸前でブレーキをかけ突きを囮に剣を振るった。


完全に入ったと確信するほどの一撃。

そこからが、勇聖と真白の差だった。


ぎりぎり反応してみせた勇聖は剣で間一髪、逸らす。

続く正愛の剣を薙ぎ払い、体勢を崩した真白が立て直すためバックステップで距離をとる。

それ以上のスピードで距離を詰め、首筋へと木剣を突き立てた。


この世界に来て、真白は最強格だった。

飛鳥や凛と並び、表に出ないながらもVRMMOで培った実戦での経験は日本最強の侍ののど元へと迫るほどだった。


しかし、一か月たった今、その座に真白はいなかった。


「やっぱり強いね。本気を出されたら相手にもならない」


富士宮勇聖は天才だった。

持つスキルはゲームであれば即修正待ったなしの神スキル。

ステータスの成長値も群を抜いて高かった。

今や勇聖は飛鳥すら手を駆けられない領域へと上って行った。


「少し話そうか」


雲間から月明かりが差し、暗い森を照らした。

真白は手ごろな倒木を椅子にし、腰かける。

少し間が空いてから勇聖が口を開いた。


「…俺は君の力への執念は異常に見える。夜の森へ単独踏み込み、一人モンスターを狩る。君はどうして…力を欲しているんだ?」


富士宮の問いが暗く深いところへ突き刺さった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ