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「じゃあ、頼んだよ。みんな」
富士宮に見送られ、飛鳥をリーダ-とする遠征組が出発する。
「大丈夫ですかね?皆さん…」
「大丈夫さ。だって、あんなにたくましくなったんだから」
この3日間、4人は徹底的に痛めつけ…鍛え上げられた。
最初はゴブリンにすら苦戦した深月でさえ、今ではゴブリンの上位種と互角に打ち合えるようになった。
飛鳥への深い恨みと引き換えに。
「そんなに熱い視線で見つめてくれるな。つい、竹刀に手をかけてしまうじゃないか」
全員が視線を一斉にそらした。
強くはなった。だというのに、飛鳥に勝てるビジョンは湧かない。
それどころか、やればやるほど隙や弱点を見抜かれ、勝てなくなっていく。
「さて、それでは本格的に探索を始めようか」
飛鳥の号令で探索が始まった。
と言っても、やること自体は地味なものでひたすら歩き、次の拠点となる広い場所を探す。
できれば川から近ければよし。
「…出雲ん、大丈夫?」
「大丈夫に見える?」
出発から約3時間。すでに真白は満身創痍だった。
元よりインドアの真白にとって苦行でしかなかった。
「ふむ、情けないな。鍛え方が足りなかったか。明日からランニングの距離を増やすか?」
見かねた飛鳥が荷物をもらう際の一言に、深月と二人、全力で首を振る。
前方では光湖と悠香の二人も顔を青く染めている。
「なら、もう少し気張ると良い。もう少し歩いたら休憩にしよう」
「…出雲んのせいで、みんなに迷惑がかかる。この場合ほんとに。最悪死ぬ」
「僕だって全力なんだが…。むしろ、なんでそんなに体力あるんだ…。異世界バフか?」
「はるっちは陸上部だし、光湖ちゃんは吹部で走り込みあるし、あたしは犬の散歩で走ってる。もっと動きな?」
返す言葉が思いつかず、逃げるように足を少し早めるがなんてことなく深月はついてくる。
己の情けなさに涙が出そうだった。
*
「まっしー、大丈夫?」
「ありがとう。悠香。…話すの久しぶりな気がするね」
「まっしーが教室で話しかけたら嫌な顔するからじゃん」
双星悠香から受け取った水を一気に飲み干し、一息つく。
シャツが汗でへばりつき、気持ち悪いことこの上ないがタオルなんて持っていない。
「洗浄」
「あ、ずるい。うちにもやってよ」
「シャツが透けるからヤダ」
「役得じゃん?サービスサービス」
真白をからかって楽しそうに笑う。
真白と悠香の出会いは最近でまだ桜の舞う4月のころだった。
先輩に告白され、断るもしつこく迫ってくる先輩相手の仲裁をしたのが真白だった。
年上に強く迫られ恐怖を感じていた悠香にとって真白はヒーローのようなものだった。
そこから、悠香が話しかけ親交を深めていくわけだが、派手な金髪と入学1か月足らずで先輩に迫られる愛嬌、一度話せば誰でも友達のマインドを持つ悠香はいささか目立ちすぎるため教室では真白が避けていた。
そのため、真白たちの友好を知るものは意外と少ない。
しかし、ギャルと陰キャ。タイプの違う二人だが確かに友達だった。
「はるっちと出雲んとって仲良かったの?クラスでは話してるの見たことないけど」
「まっしーって教室では話しかけないでって言うんだよ!?ひどくない!?うちだって友達と話したいだけなのに~」
「目立つから嫌なんだよ。めんどくさいのに絡まれるし」
真白の言葉に思い当たる節があるのか二人は納得したようんび「あ~…」とうなずく。
「ちょっと待って?私は教室で話しかけないでとか言われたことないよ!ちびでぺったんこは地味で目立たないからいいってか!?喧嘩なら買ってやるぞ?」
「お前は言うこと聞かないだろ。諦めたんだよ」
ふと、3人で遊びに行ったことを思い出した。
騒がしい深月にいつも笑っていた悠香。
まだ一週間ほどしか経っていないのに高校生活を懐かしく感じた。
「戻りたいなぁ…。心配してるかなぁ…」
思わず漏れた弱音は皆が無意識的に言わぬようにしていた。
言ってしまえばあふれて止まらないことが分かっていたから。
「あはは!何言ってんだろ、うち。ごめん、忘れて!」
目から零れ落ちた涙をごしごしと乱暴に拭い、気丈に振舞おうと笑顔を見せる。
無理した笑顔になんて声をかけるべきか、逡巡する。
「安心したまえ。必ず無事に帰す。私と出雲くんの身に変えてな」
「自然に僕を巻き込むな。…だけど、そうだな。みんなで帰ろう」
「うん!」
*
「それで、スキルの実験は終わったのか?」
歩を遅らせた飛鳥がそう尋ねた。
3日間の地獄の訓練中、真白はスキルの実験ともっともらしい理由をつけて度々逃げていたのだが、その成果を見せろということだろう。
成果に納得できなかったらどうなるのかは火を見るより明らかだ。
「一通りね。使えそうなのは危険察知と鑑定くらいかな。と言っても、あったら便利かも?くらいだけど」
「ふむ、結果を聞かせてくれ」
「鑑定は相手のステータスが見れるスキル。富士宮くんにも手伝ってもらって実験してみたけど相手のステータスが高すぎると見えないこともあるみたいだ。危険察知は精々、不意打ち回避だな。僕にはいらない」
「ほう」
ノーモーションの裏拳を頭を下げて回避する。
「相変わらずの超反応だな。確かにこれならば不意打ちを受けることはないな」
「急に殴るのはやめてくれ…」
相変わらず心臓に悪いことをする。
この三日でわかったことだが弥生飛鳥という侍は基本、戦いに関することしか考えてないバトルジャンキーだ。
やることと言えば自己鍛錬か、自分と戦えるように誰かを鍛えること、誰かの力量を試すことだけだ。
「もう少し丁寧に育てるか…。いや、そんなに待てるか?体力さえ改善されれば存分に楽しめるだろうが…」
「この脳筋が…」
ぶつぶつとこれからの出雲真白育成計画を口に出す真白は心底嫌な顔をする。
ふと、気づけば立ち止まっていた深月とぶつかりかける。
「おっと…深月?立ち止まってどうした?」
「…一旦、隠れよう。モンスターが来る」
深月の言に従い、道から外れ茂みに身を隠す。
幸い、背の高い茂みや木のうろなど隠れるところは多く、場所に困ることはない。
「…それで、なにがあったんだよ」
「し。すぐ来るから」
茂みをかき分ける音。数匹の荒い息。どうやらゴブリンが駆けてきているようだが。
「…様子がおかしい?どこかに向かってるというよりかは…何かから逃げてる?」
「出雲んもそう思う!?やっぱりおかしいよ…ね……」
急に顔を青く染め、言葉を失う。
その様子にただ事ではないと察し、視線で飛鳥に伝える。
すぐに理解した飛鳥は光湖、悠香と身をよせ息を殺す。
「……っ!なんだあれ…」
まるで闇そのものを纏っているかのような黒く禍々しい狼がゆっくりと歩み進む。隣で小さく悲鳴が漏れる。それも仕方がない。生物としての次元が違うことを本能が訴えてくる。
口元からは赤い血が垂れており、ゴブリンたちはあれから逃げてきたのだろう。
黒い狼の周りには二回りは小柄な灰狼が守るように囲っている。
「…鑑定」
ーーーーーー
鑑定不可
ーーーーーー
「まじかよ…」
鑑定結果が部分的に判明しないことはあったが、鑑定自体が不可なことはなかった。
少しでも物音を立てればあっさりと命を刈り取られるであろう危険がそこに迫っていた。
(…本当に気づいていないのか?狼の嗅覚ならとっくに気づいていても…。まさか、わかったうえで見逃されている?己が手を下すまではないと。なら、次に出る行動は…)
黒い狼が顔を上げ、息を吸い込む。
それと同時に、力いっぱい叫んだ。
「走れ!!!!!!!」
「アオーーーーーーン!!!!!」
遠吠えと同時に取り巻きの灰狼が森へ踏み込んでくる。
一瞬でも遅れていれば、怪我どころでは済まなかっただろう。
「深月!追いかけてきてるのは何匹だ!」
「多分13匹!位置がすごい入れ替わるからわかんない!」
灰狼の強さはほぼゴブリンの上位種と同じ。
耐久が低い分、速さは圧倒的に上回っている。
「出雲くん!君と私で殿だ!ただし、足を止めるな!私たちのラインが最終ラインだ!」
ぐんぐん加速し、隣に並ぶほどに迫った灰狼にナイフを振るうがあっさりと躱された上にとびかかってくる。
しかし、それを空中で蹴り飛ばす。
「飛鳥!殿は俺一人で良い!三束さんを抱えて走れ!」
「わかった!」
それだけで意図は伝わった。
飛鳥は竹刀をしまい、光湖を抱えると真白の意図を伝える。
「あとは足止めを」
迫るのは3体。攻撃は前足の爪と牙だろう。そこだけ警戒すればいい。
時間差で襲い掛かる灰狼を走りながら器用にいなし、それと同時に魔法を詠唱する。
「風弓矢」
狙うは足。機動力を少しでも削げればいい。
無数の風の矢の大半は的を外すが、数本がヒットし、さらにそのうちの一本は足に当たり味方を巻き込み一匹が派手に転倒する。
「もう一度…風弓矢!飛鳥、準備は!」
「十分だ!引いてくれ!」
スピードを上げ、灰狼たちとの距離を空ける同時に、光湖が詠唱を完了させる。
「大地荊棘!」
大地の棘が、灰狼を巻き込んで隆起していく。
その一瞬の隙を飛鳥と真白は見逃さない。棘の間を縫い、手傷を負った灰狼にとどめを刺していく。
「二匹ぬけた!」
前方の飛鳥の叫びと灰狼が真白の横を抜けていくのはほぼ同時だった。
一瞬で、加速魔法を己にかけ、追い縋る。
風弓矢を放ち、一匹は断末魔を上げ息を止める。
「悠香!避けろ!」
真白の声にようやく反応した悠香がその場からよけようとするが間に合わない。
真白は身を投じ、左手を犠牲に悠香を灰狼からかばう。
左腕に嚙みついた灰狼をとびかかった勢いを利用して、地面へと叩きつけすかさず喉元へとナイフをねじ込んだ。
「出雲くん!大丈夫か?」
「こっちは大丈夫。そっちは?全滅?」
「機動力さえ削げば大した相手ではなかった…って、怪我してるじゃないか!その出血量は無事とは言わん!」
飛鳥は荷物から包帯を取り出し、手際よく止血していく。
されるがままに手当を受けていると右腕に柔らかい感触が。
真っ青な顔して両目にあふれんばかりの涙を貯め、震える手で真白の腕を握りしめていた。
「まっしー…ごめん、うちのせいで…。ケガさせちゃった…」
ぽろぽろと涙をこぼしながら、謝る姿に困惑する。
飛鳥に助けを求めるがあえなく無視される。
迷った挙句、治療を終えた手で頭を撫で、慰める。
「気にしなくていいよ。僕が悠香を守りたくて庇ったんだ」
きっとそんな言葉で悠香の涙は晴れないだろう。
だから、誰も泣かせないように強くならなくてはいけない。一人で全てを守り切るほどの力をつけなくちゃいけない。
心の中で真白は誓った。強くなると。
「……今日は戻ろう。感染症の危険がないとも言えない」
「そうだね。遠征は計画を練り直しだ」
立ち上がり、元来た道へと一人一人戻っていく。
深月は少し心配そうに悠香の傍を歩く。
「…深月。うち、強くなるよ、絶対。もう二度とまっしーにケガさせない。あの時からずっと守られっぱなしだもん…。うちも戦えるようになりたい」
「…うん!私も頑張るから一緒にがんばろ」
*
真白の怪我、強大な敵。遠征組の持ち帰った情報にクラス中は騒然となった。
そんな中でも、各々、心の中に誓いを立て強くあろうとした。
そして、異世界に来てから一か月が経った。
「桜!」
「はい!陰檻」
真白の掛け声に合わせ、桜は巫術の檻を発動し、逃げるゴブリンたちを一挙にとらえる。
巫術の檻から逃れようともがくゴブリンの前に風の剣を持つ真白が降り立った。
「じゃあな」
振り下ろされた刃に断末魔すら上げることなく命を落とす。
「…まだまだ強くならないと」
長いプロローグは終わり、真白たちの転生記は新たなる章を迎える。
希望と動乱、強さとは何か。
生き抜くために少年少女は刃を振るう。