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「なんでここに?」
ここは拠点にしている広場の中でも端の方で川の流れの音で話し声も聞こえない。
岩の裏のため皆が寝てるところから隠れてもいる。
「ここ二日くらい凛の様子がおかしかったからね。俺の知ってる凛はマイペースで周りのことなんて気にしてないからね。だから、誰かブレーンがいると思ってね。正解かな」
「正解だよ。それで何しに来たの?」
「俺も仲間に混ぜてもらいに来たんだよ。きっと力になれる」
爽やかなイケメンスマイルを浮かべる勇聖の陽キャオーラに真白は気圧される。
「でも、なんでこんな夜中にわざわざ…」
「目立ちたくないからだよ」
「理由を話してくれないか?」
勇聖にある程度の事情を説明する。
きっと彼がクラスの中心にいる理由はこうやって真摯に受け止めてくれるところなのだろう。
「そうか…。確かに、夏目たちの行動は目に余るときがある。気づけなくてすまない」
「富士宮くんのせいじゃないよ。それに、学校の時から何度も助けてもらったし感謝してるよ」
「そう言ってもらえると気が楽だ」
富士宮は一息つくと、話を元に戻す。
「それで、さっきの話だけど俺の意見も言っていいかな?」
「もちろん」
「俺は二つに分けていいと思う。きっと出雲くんは3人を分けるリスクを危惧したんだろうけど俺もいる。俺と出雲くんをレベル上げに、凛と八重さんを魔法組に」
富士宮の推測は当たっている。
桜には異世界の知識がたりず、凛一人にどちらかを任せるのも不安だった。
しかし、富士宮が協力してくれるなら桜に凛を任せることができる。
「そうだね。明日、魔法組と近接組に分かれてレベル上げと魔法の訓練にしよう」
「みんなのクラスは把握してるから組み分けだけ手伝ってもらっていい?」
富士宮と桜が加入したことによって作戦会議はスムーズに進んだ。
凛は作戦に関しては口を出すことはないので一人考えることが多かった。
「一人で考えなくていいって楽だな」
「シロは文句が多い」
「じゃあ、文句言われないように気を付けてくれ」
「…やっぱり凛と出雲くんって仲良かったんだ」
「っ!違う」
不機嫌そうに否定するともう用はないとばかりに自分の寝床へと戻っていく。
「ごめん。中学のころ過度に冷やかされてから仲いいの隠すようになったんだ。まあ、正直ぼろは出てたと思うけど」
「そうだったんだ。悪いことしたな」
「私も今日は寝ますね。明日について少しだけ凛さんと打ち合わせもしたいので」
そう言って桜も凛の後を追って席を立った。
残された男二人の間にはどことなく気まずい空気が流れている。
真白はすでにどうやってこの場を離脱するかしか考えていない。
同じクラス。しかし、話したことは一度もない。
片や、クラスの中心。片やクラスの隅っこで半年間過ごした。
「出雲くんは…」
「ん?どうした?」
「いや、何でもない。ノートにみんなのクラスやスキルまとめてるから見てもらっていい?」
今までまっすぐとこちらを見ていた富士宮は眼を逸らし、話を誤魔化した。
真白もそれ以上追及することはなく、静寂に焚火のはじける音だけが響いていた。
*
明日はきっと富士宮に頼りきりになるので火の番を請け負い、先に寝かせた。
あれから一時間くらい二人で話をした。
勝手に合わないと思ってたけどそんなことはないんだな。
たまに焚火を見て火の調整をしながらナイフを振るう。
「おや、早起きだね。君も訓練か」
凛とした声が夜の静寂から突然聞こえた。背後には剣道部主将の弥生飛鳥が竹刀をもっていた。
高い位置で茶髪をポニーテールにし、楚々とした立ち振る舞いは見る人を惹きつける。
触れれば切れてしまいそうな研ぎ澄まされた刀のような美しさが宿っていた。
「弥生さん、おはよう」
「…もしかして、早起きじゃなくて火の番か?すまない、気が回っていなかった」
「いいよ、気にしなくて。夜更かしは得意だからね。それより、弥生さんは朝練?」
「ああ。習慣でな。そろそろ再開しようと思って。それと、飛鳥でいい。名字で呼ばれるのはむずむずする」
夜明けのオレンジと深夜の黒がまだ混ざっている時間に竹刀の音が響く。
飛鳥の素振りは洗練された一つの舞を見ているようで、とても美しかった。
「出雲くんは…素人だよな?すごい合理的な動きをするようだが」
真白は武道や格闘技経験はもちろんない。
しかし、総人口500万人を超えるVRゲームで戦い抜き1位に輝いた。
鍛錬ゆえの合理性ではなく、戦いの中で磨いた相手を的確に倒すための技術だった。
もちろん、口にはしないが。
「素人だよ。飛鳥さんに褒められると嬉しいね」
「謙遜するな。戦えば君が勝つやもしれんぞ。無論負ける気はないが」
飛鳥は楽しそうに笑うと、また素振りへと戻っていく。
真白ももう少しだけ素振りをしようとしてあくびをかみころす。
「眠いのなら私が火を見ておくぞ。あまり時間はないが少しでも寝るといい」
「それなら、お言葉に甘えようかな。おやすみ」
「ああ。おやすみ、出雲くん」
ナイフを隠して木陰で目を瞑れば一気に眠気が襲ってきてすぐに意識を手放した。
っして、体感数秒で凛に起こされて目を覚ました。
「シロ。おはよ」
「おはよう。眠った気がしないよ。凛は寝れた?」
「ショートスリーパーだから」
「羨ましい」
いつも通りくだらない話をしながら、配られる朝食に口をつける。
二人でいると桜が来て、三人で拠点の隅っこで朝食を食べる。
一時間ほどして、勇聖の指示で組み分けされた。
「ん?君もこっちだったか」
「飛鳥さん。火の番ありがとう。助かったよ」
「いや、君にだけ背負わせるものじゃないんだ。礼は無用だ」
腰に竹刀を下げた侍少女はクールに微笑む。
どうやら中身までイケメンの様で女子からの人気も高いのが頷ける。
「どうやら、今回は二人一組でゴブリン一体を相手にするそうだ。私の友人はみんな魔法組でな。よかったら、私と組んでくれないか?君なら安心できそうだ」
思いがけない申し出に少々、困惑する。
思い返せば、最近は桜や凛など綺麗どころとばかり絡んでおり、非常に視線が痛い。
ここは断るべきか、と思案するが断ったところで組み相手もいない。
「こちらこそお願いするよ。組む相手もいなかったから嬉しいよ」
「い・ず・も~!おっはよ~!
飛鳥に了承の返事を返すと同時に弾丸のように一人の少女がどてっぱらへと飛び込んでくる。
トレードマークのツインテールを揺らし、名前とは対照的に晴れやかな笑顔をうかべる。
「深月…異世界なんだからちょっと落ち着けよ…」
「嫌だね。私はどこに行ってもこのままなのさ!で、ぼっちの出雲くんは組む相手いないでしょ?私と組む?組むしかないよね~」
「申し訳ないな。私が先約だ」
真白と深月の間に割り込むように飛鳥は言う。
当の深月はまさかの人物からのツッコミに呆然とし、数秒固まる。
「え、え?なんで出雲と弥生さんが?クラスで…いや、学校でも人気な現代に現れた侍がなぜ!?ぼっちのいずもんになぜ!?」
「お前は僕のことバカにし過ぎだな…。色々あったんだよ。だから、他の人を探しておいで」
「ちぇ~」
「おい、深月。お前まだペア決まってねーだろ。あぶれたぞ。どっか混ぜてもらえ」
*
「ではでは、レッツラゴー!」
結局、深月に押し切られ3人で行くことになったレベル上げ。
集団の最後尾に並び、マシンガントークを繰り出す深月に二人、相槌を打つ。
先頭の富士宮、鷹月二人がフォローに入りながら二人がかりでゴブリンを倒していく。
「意外といないものだな。ゴブリンというのは」
1時間ほど歩いたが遭遇したゴブリンはたったの3匹。
いつもならもう少しいるはずだが。
「あんまり好きじゃないからいない方がいいけどね。キモいし」
「そうは言ってもこの状況だ。生きていくのにレベル上げは必須だろう。それが、そのまま強さになるのだから」
「飛鳥さんが正しいぞ。深月もちょっとは真面目に…」
「ねえ、なんか音がしない?」
真白の話を遮り、深月は言った。
そして、一瞬の後地響きのような足音が聞こえてきた。
「ゴブリン!?徒党を組んでたのか!?」
多くても10匹ほどの群れしか見かけなかったゴブリンだが見る限り30匹以上のゴブリンが真白たちの周囲を囲んでいる。
安全マージンを最大限確保し、レベル上げをしているクラスメイト達は一気にパニックに陥った。
「中心に固まって背中合わせになれ!一人で倒そうとせず、二人で協力して戦闘を行うんだ!」
富士宮の指示は迅速で、そして的確だった。
落ち着きを取り戻すことはできなくとも、今やるべきことを全員が理解した。
「まさか初陣がこんなことになろうとはな。ずいぶんとついてない」
「い、出雲!?どうするどうしよう!!」
対照的な二人を背に、ゴブリンの徒党に目を向ける。
姿勢を低く、今にも一斉に襲い掛かろうとしている。
「来るぞ!」
正面から襲い来るゴブリンたちは冷静に富士宮たちが対処する。
そして、時間差で攻撃を仕掛けてくる5匹のゴブリンが退路を断つように錆びたナイフを振るう。
「練気」
飛鳥が握る竹刀にうっすらと気が纏う。
それは形を変え、研ぎ澄まされた刃となる。
飛鳥によって振るわれた居合は一匹のゴブリンの首を綺麗に刎ねた。
「後ろは任せろ。私と出雲くんでしっかりと守ってやる」
「僕も!?」
思わぬ指名に驚きの声をあげてしまった。
「やれるだろ?」
「微力だけどね」
仕方なくナイフを握る。
乱戦の中、逆手に持ったナイフで背後から斬っていく。
徐々に数を減らしつつあるゴブリンに少しずつ悲観的なムードと焦燥は収まっていく。
しかし、そううまくはいかなかった。
「魔法!?」
群れの最奥にいたぼろい帽子をかぶったゴブリンから火の球が飛んできた。
陣形は一気に崩れ、パニックで散り散りに散っていく生徒たちは調子づくゴブリンたちに倒されていく。
「ひい!やめてくれ!た、助けて!」
「ハァ!大丈夫?…くっそ、凛がいれば…」
10匹程度のゴブリンならと凛を魔法組に、置いてきたのがあだとなった。
凛のユニークスキルは広域殲滅に適している。
今の状況で最も欲しい戦力だ。
「や、やだ!こないで…!」
「深月!?」
武器もなく、抵抗する術がない深月は命からがら森の方へと逃げていく。
その後を、3匹のゴブリンが追って行く。
「飛鳥さん!深月を追う!」
「まて、一人で行くな!」
飛鳥の制止を振り切って、森へと踏み込み深月を追いかける。
「いた!深月!」
「出雲くん!」
流れるような真白のナイフは一気に3体のゴブリンの喉元を切り裂いた。
緊張からへたれこむ深月に手を差し伸べる。
「よかった。ケガはない?」
「う、うん…」
いつもの騒がしさは鳴りを潜め、追われた恐怖からか微かに手が震えている。
「なんだ、怖くて腰抜かしたか?相変わらずのビビりだな」
「ないをい!こ、怖くなんてないし!出雲くんこそ内心ぶるってんじゃないの!?お化け屋敷でもびっくりしてたからね!」
「あれは!急に大きな音が鳴ったから驚いただけだ!お化けなんて非科学的なもの信じてない!」
真白の冗談を皮切りに、煽り返す深月だが一息ついて二人とも吹き出してしまう。
「は~…おっかし~。ありがとね、出雲くん」
「どーいたしまして。じゃ、戻ろうか」
振り返り、来た道を戻ろうとするがうっそうと茂る森は来た道を消してしまった。
真白と深月は異世界の孤独の地で迷子になってしまったみたいだ。
「…どうしよ」