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第三話

〈マリー視点〉


私がタイラー侯爵家に来たのは四歳の頃。


それまでは、お母さんと二人で暮らしていた。

時々お母さんに会いにくるオジさんが自分の父親だと言う。


「じゃあなんで一緒に暮らさないの?」

とお母さんに聞いたら、


「意地悪な人が居て、私とマリーがお父さんと暮らすのを邪魔してるからよ」

と言った。


ある日お母さんが笑顔で

「邪魔者が居なくなったから、お父さんと暮らせるのよ」

と嬉しそうにしていたから、私もなんだか嬉しくなった。


お母さんは私のせいで、お母さんの両親やお兄ちゃんと仲が悪くなったと言っていた。

そう言われて、申し訳ない気持ちになった事を覚えてる。


今になって考えると、既婚者と付き合って、子どもまで作ってたんだから、お母さんの実家はお母さんと縁を切ってたんだろうと思う。

二人暮らしの頃から、お父さんの援助は受けていたようだが、そんなに暮らしは楽じゃなかった気がする。


そして、私は侯爵家の養女になった。

今まで暮らした家より数倍は大きな邸。

領地も広大だと言っていた。私は正真正銘の貴族になった。


そして、私には同じ歳の義姉が出来た。

お人形のような美しさを持つリリーローズ。

私とお母さんに()()()してた内の一人。

私はこの子が大っ嫌いだった。


いつも澄ました顔で、微笑んでいた。

きっと腹中では私の事、見下しているに決まってる。

リリーローズは何でも持っていた。

綺麗なドレスも、素敵な宝石も、そして彼…ジェームス・カーライル。その人も。


私がジェームスを知った時には、既にジェームスはリリーローズの婚約者だった。


私だってタイラー侯爵の娘。なら、結婚するのは私だって良かった筈だ。

しかし、あちらからの要望で、リリーローズが婚約者になってしまった。


リリーローズの婚約者として紹介された彼に私は一目で恋に落ちた。

黒い髪に整った顔。そして深い海のような青い瞳。

どうしても、彼が欲しい。


今まで、リリーローズの持っている物を欲しがれば、なんでも私の物にしてくれていたお父さんも、こればっかりは譲ってくれなかった。


何度も、何度もお願いしたのに、


「それは無理だ。カーライル公爵には逆らえん」

と言うばかり。


お母さんも私の気持ちを汲んで何度も一緒にお願いしてくれたけど、ダメだった。


ジェームスとリリーローズは政略結婚の相手だというのに、仲睦まじかった。

二人は端から見てもお似合いで、周りからも祝福されていた。

それがいつも燗に障る。


あの二人を見るとリリーローズを殺してやりたいと思う程に嫉妬した。


私だって顔は可愛らしいと良く言われていた。顔つきはお母さんに似ていたし、十分に男性にチヤホヤされる見た目をしていた。


何故か声だけがあの女、リリーローズに似ていると言われる事が多く、私は自分の声が大嫌いだった。


私はあくまでお母さんの連れ子。タイラー侯爵家の養女だ。

例えお父さんの実子であっても、浮気して出来た子だから、元々は庶子だ。

庶子は家督を継げない為、私が婿を取り、その婿にタイラー侯爵家を継がせるのだとお父さんは常々言っていた。


だから、ジェームスとは結婚出来ないと。

それなら、タイラー侯爵家なんていらない。

私がカーライル公爵夫人になれば良いし、リリーローズがタイラー侯爵家を継げば良い。

私がいくらそう言っても、二人の婚約が覆る事はなかった。


私に出来る事は、少しでもジェームスの視界に私を映して貰う事。そして好きになって欲しい。

ジェームスから私を望んで貰えれば、きっと私がジェームスと結婚出来る。


私は二人のお茶会に無理矢理でも参加したし、街へ出掛ける時は偶然を装って、行く先々に出没した。

あんな澄ました女より、私の方が断然良いに決まってる。

私の事を知ってくれれば、ジェームスは私の事をきっと好きになる。そう信じていた。


ジェームスは若くして公爵位を継いだ。彼が二十歳の頃だ。

私は公爵家の護衛の一人と体の関係を持っていた為、ジェームスとリリーローズの間がギクシャクしている事を聞いていた。


そして運命のあの日、私はその護衛から、リリーローズとジェームスが喧嘩をして、リリーローズが泣きながら出て行った事を聞いた。


私は、お父さんからだと言って、媚薬入りの酒をジェームスに渡して貰うよう手配した。媚薬といっても、市井で買える恋人同士が楽しむ為の軽い物だ。犯罪を犯すわけではない。

ジェームスは公爵を継いだ責任の重さからか、最近酒量が増えていた。

上手くいけば、彼を襲って既成事実を作れる。

そう思った私は、その夜、ジェームスの元を訪れた。


公爵家には、その護衛に通用口からこっそり入れて貰った。

私が公爵夫人になった暁には、その護衛には今の何倍もの手当てを出す約束をしていたし、いつでも好きな時に抱いて良いと言っていた。

ジェームスを手に入れる為なら、好きでもない男に抱かれたって良い。

それに、体の相性も良かったし。


お母さんには、なんとかリリーローズを説得して、公爵家に連れてきて貰うよう頼んでいた。

私とジェームスが睦み合う様を見せつける事が出来るように。


ジェームスは酔ってベッドに横になっていた。私が手配した酒の瓶が転がっている。

媚薬が効いてきたからか、少し息が荒い。然程強い媚薬ではないが、すぐ側に女がいればきっと、抱くだろう。


近づく私が声を掛けると、掠れた声で彼は

「リリー?」と話掛けてきた。


部屋の中は月明かりのみで薄暗い。声だけで、私をあの女と間違っていたようだ。忌々しいと思った。

でもジェームスに警戒されないのなら、その方が都合が良い。

私はリリーローズのフリをした。


彼は案の定、私の腕を引っ張りベッドに連れ込むと、私を抱いた。


何度も「リリー」と愛しそうに呼びながら。

私は屈辱だったが、これで既成事実は出来た。

私は処女ではなかったから、自分の腕を傷つけて血をシーツに付けた。


もちろん避妊はしていない。妊娠の可能性だってある。私はリリーローズに勝ったと思っていた。


そこに、タイミング良く、お母さんがリリーローズを連れて現れた。


リリーローズのあの時の顔!

可笑しくって私は笑った。


リリーローズが走り去った後を、ジェームスは追おうとする。


「ジェームス様!私、ずっとジェームス様が好きだったんです。

私の純潔を捧げたのですもの、責任取って頂けますよね?

母も見ていたんです。誤魔化さないで下さいね?

これで、私、公爵夫人だわ!」


そうすがり付く私を振り払ってジェームスはリリーローズを追って行った。


私はベッドの上で唖然としていた。


そんな私にお母さんは、


「大丈夫よ、マリー。後は私に任せて。

きっとお父さんもわかってくれるわ。貴女が公爵夫人になるのよ」

と微笑んでいた。


そうだ、リリーローズは身を引くだろう。私はジェームスを手に入れたんだ。

…ジェームスの心だって、いつか手に入れてみせる。


そう思っていたら、部屋の外から、メイド達の叫び声が聞こえた。


私は急いで服を整えると、部屋を飛び出した。


人が慌ただしく行き交っている。


私は一階に降りようと階段に足をかけた。

そこには、階段の下で頭から血を流したジェームスが倒れていた。


何が起こったの?どうしてジェームスが?

混乱する私の肩をお母さんが抱いた。


「マリー、私達はすぐに帰った方が良いわ。皆に気づかれない内に帰りましょう」


「で、でもジェームス様が…」


「いいから!すぐに帰るのよ!」


お母さんは強引に私を連れて、裏口から外に出た。

そこには、私と関係のあった護衛が青い顔をして立っていた。


それから、私は何度も何度もジェームスの元を訪れたが、会う事は叶わなかった。


ジェームスは命には別状なかったが、記憶が混乱しており、会える状態ではないと言われた。


あの後、リリーローズはタイラー侯爵家を出た。

自分はジェームスに相応しくない為、婚約を解消したいと。

そして、私をジェームスの婚約者にしてあげて欲しいと言って。


しかし、リリーローズがタイラー家に居れば、その望みは叶わない。

リリーローズは前妻、つまりリリーローズの母親の実家の養女になる事になった。


カーライル公爵家とタイラー侯爵家の繋がりが必要なのだ。リリーローズは邪魔でしかない。

私はこの決定を心から喜んだ。


それなのに、私はジェームスに会う事すら出来なかった。

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