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通り雨

作者: 犬神弥太郎


 蒸し暑い日だった。


 いつも通りの通学。


 いつも通りの道。


 陽炎が立ち上り、景色が揺れている。


 いつも通りの暑さ。


 季節は夏になっているはずだけども、まだ梅雨のような蒸し暑さがある。


 制服は夏服だけども、それでも暑い。


 日向を避けて日陰を歩く。


 誰もが暑そうにしている。


 ただ、なんとなく違う。


 いつも通りなのに、違う。


 なんだろう、この妙な雰囲気。


 誰かが言ってた気がする。いや、何かで読んだのかもしれない。


 陽炎のような水たまりは、追いついてはいけない。


 陽炎のような水たまりは、踏み込んではいけない。


 そうだ。水たまりだ。


 遠くに見えるのは、多分水たまりのような景色。


 追いついてはいけない。


 追いかけてはいけない。


 何だっただろうか、それを知ったのは。


 ただ、知っている。


 わかっている。


 だから道をかえる。


 いつもと違う道を選ぶ。


 学校には間に合うだろう。


 暑いだろうと思って、いつもより早く家を出たんだ。


 だから、少しくらいの回り道は問題ない。


 こんな暑いのにある水たまりは、気味が悪い。


 だから回り道。


 水たまりがある道を避けて、いつもと違う道。


 そんな道だけども、通ったことはある。


 だから問題ないはずだ。


 問題ないはずだった。


 うん。大丈夫。


 そして学校につく。


 授業が始まってから、不思議なことに気づいた。


 欠席者が多い。


 進学校だから、真面目な生徒は多いほうだ。


 なのに、今日に限っては欠席者が多い。


 なんでだろう。


 風邪でも流行っているのだろうか。


 周りに聞いても、誰もそんな話は聞いていないという。


 誰もが首をひねり、休みが多い理由を知らない。


 少しすると、先生たちが騒いでいるのを見た。


 生徒たちが家を出たのに学校についてないそうだ。


 集団でサボりなのだろうか。そんなありえない事を考えてみる。


 今日に限って、そんな事があるのだろうか。


 たしかに今日は学校に来たくないほど蒸し暑い。


 そして昼過ぎに、みんなが登校した。


 雨宿りしていたらしい。


 ゲリラ豪雨だと理由を口にしているが、学校では全く降っていない。


 学校に来るときも、蒸し暑かっただけ。


 いや、水たまりはあったかもしれない。


 遠くに、あったかもしれない。


 嫌な感じがした。


 なんでだろう。


 ただ水たまりを見ただけなのに。


 ただ遠回りしただけなのに。


 遅れて登校した人たちは、みんな濡れていた。


 雨が本当だったんだろうか。


 晴れた蒸し暑い日。


 雨なんてどこに降ったんだろうか。


 そしてまた先生たちがざわついている。


 家を出た生徒の数人が、行方不明。


 警察にも連絡したそうだ。


 わけがわからない。


 そして騒ぎが終わらないまま、放課後になった。


 みんな帰り道の寄り道の話をしている。


 誰もが楽しそうだ。


 みんな、帰り道の話題ばかりだ。


 今日は宿題もない。


 帰り道も、帰ったあとも自由だ。

 

 だけど、なんとなく不安。


 朝の水たまりが、今になって気になってくる。


 教室を抜け、学校から出ると水たまり。


 こんな暑い日に、路上に水たまり。


 ありえない。


 こんな日に、こんな場所で。


 正門前、帰り道。


 そんな場所に、大きな水たまり。


 嫌な感じだ。


 なんとなく踏み込みたくない。


 一面に広がる水たまり。


 ふと気づくと、周りが暗くなっていた。


 さっきまで晴れていた。


 突然の、通り雨。


 なんでだ。


 学校に戻ろうと思ったけど、何故か足が進む。


 何を考えているんだろう。


 こんな雨の中を歩くのか。


 嫌だ。こんな雨の中を歩くなんて。


 けど、足は止まらない。


 通り雨だろうから、すぐにやむ。


 やむはず。


 すでに足元は水たまり。


 こんな状況で歩いてる。


 なんでだ。


 通り雨はおさまらない。


 ただ、ただ、雨がふる。


 道が、見えない。


 雨がどんどん激しくなる。


 通り雨でしか無いと思った。


 夏のはじまり。それだけのはずの日。


 通り雨はどんどん激しくなる。


 雨で前が見えなくなる。


 これがみんなが雨宿りしたというゲリラ豪雨。


 けど、こんなのおかしい。


 前どころか周りも見えない。


 今どこにいるかもわからない。


 どこだ。


 どこだ。


 どこだ。


 わからない。ただ、わからない。


 なんだこれ。


 帰れない。


 帰り道が、わからない。


 真っすぐ歩いていたのに、すぐ目の前に木。


 通学路なんかに林なんて無い。


 公園に迷い込んでも、こんな大きな木はない。


 そもそも公園は今朝通った道にはあったけど、いつもの道にはない。


 公園なんかに迷い込むことが考えられない。


 通り雨のはず。


 ただの通り雨。


 なのに周りが何も見えない。


 帰れない。


 家に、帰れない。


 急に胸が苦しくなった。


 帰りたい。


 胸が苦しい。


 通り雨がおさまらない。


 呼吸が出来ない。


 息が苦しい。


 まるで、水の中にいるような感じ。


 ただの通学のはず。


 ただの学校の行き帰り。


 ただの帰り道。


 周りに誰もいない。いや、誰かがいてもわからない。


 全く見えない。


 通り雨が、全部をさえぎってる。


 聞こえるのも、雨音だけ。


 どしゃぶりの音だけが、耳に入ってくる。


 ただ帰ってるだけだったのに。


 ただの帰り道だったのに。


 ただ、ただ、帰りたかっただけだったのに……。




 翌日、ゲリラ豪雨で避難していた生徒たちは、全員無事にみつかった。


 何故かみんな同じところで雨宿りしていたらしい。


 ただ一人だけ、帰宅中の生徒が水死体で見つかった。


 朝一番に見つかった水死体は、夏の暑い日差しの中でもずぶぬれだった。


 そしてその場所はくぼんでもいないのに、ただ、水たまりがあった。


 帰り道。


 ただ帰ろうとしただけなのに、家に帰れなかった生徒が一人だけ、いた。

 

 それだけのこと。


 ただの帰り道の、ありふれた出来事。


 


 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 朝も帰りも割と慎重に考え行動していたはずの主人公だけが唯一の死者になる展開は想像外で驚かされました。豪雨に遭い呼吸がし辛く、服が張り付き体温が急速に失われる自身の記憶が思い起こされる作品で…
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