王都ローデリア、北地区 後編
王都ローデリア、北地区。
「いった〜!!」
「こっちのセリフなのだ!!」
手で額を抑えながら地面へと落下するカンナと怪盗ハートゥ。
(ハートゥはユリア姫を攫う機会を伺ってるはず。
だから、人格入れ替え魔法を使わせるなら今!!)
カンナは地面に着地後、すぐにハートゥへと飛び掛かる。
「さっきから愛が強いのだ!?」
ハートゥはまだ自分のファンだと思い込んでいる事が丸わかりな発言をする。
「やあっ!」
カンナの掌底を冷静に捌くハートゥ。その後もカンナの素手による連続攻撃が続く。
ハートゥには一撃も当たらない。カンナはその事に驚いてもいない。本命は別にあるからだ。
(さっきからボ〜っとして動かないアクアが
近いよハートゥ!! さあ、使うなら今だよ!!)
カンナは人格入れ替え魔法を使わせるために位置調整をしていた。
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数分前。
アクアが聞いていなかったカンナとユリアの小声のやり取りの全容。
(ハートゥは人格入れ替え魔法を使ってくるかも。
もしユリア姫とアクアが入れ替わったらごめん。
その時は私が元に戻すからっ)
カンナはこの時、ユリアにハートゥの人格魔法の説明をしていた。
(え! なんですかその楽しそうな魔法!!
見てみたいです! 入れ替わってみたいです!!)
好奇心の権化ことユリアは了承どころか快諾。
(あはは‥‥‥いいんだ)
カンナは苦笑いをする。こうして彼女は罪悪感なしに人格入れ替え魔法を使わせることを決意したのだった。
そして、アクアの了承は取っていない。
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素手でのやり取りのしていく中で2人の位置は少しずつ移動していき、2人はアクアとユリアに近づいていく。
「は、はあ〜!! 疲れで足が、動きませ〜ん!!」
そう言って突然膝をトントン叩き始めたユリア。控えめに言って不自然だった。
(これでアクアとユリア姫に狙いが定まるはず!)
彼女の不自然な演技を良しと捉えたカンナは攻撃の手を緩める。これでハートゥが行動できるだけの隙が生じる。
「ふぁ〜」
こんな状況の中でも欠伸が止まらないアクア。そんな彼女が更に不自然な戦況に拍車をかける。
すると、ハートゥの右手が動く。
(! もしかして入れ替え魔法が来るかも!!)
カンナは攻撃の手をもう少し緩めて虎視眈々とハートゥの動きを観察する。ハートゥはその右手をーーーー。
「にゃ!?」
振りかぶった。カンナの頬を狙った右フック。完全に入れ替え魔法が来ると思っていたカンナは反応に遅れ、右フックが頬を掠める。
「うにゃあ!?」
その直後に繰り出されたハートゥの後ろ蹴りによってカンナは後方へ吹き飛ぶ。
(あんな隙だらけの2人がいるのに、使ってこない!)
ハートゥの反撃を必死に捌きながらカンナは焦っていた。これだけお膳立てしてもハートゥは入れ替え魔法を使ってこない。
(あの2人には使えない何か条件があるってこと!?)
カンナは着地した瞬間にハートゥに詰め寄る。ハートゥに魔法を使わせる策が思いつかず、身体が勝手に動いていたのだ。
「やあああああ!!!!」
カンナは必死に攻撃し続ける。考えがまとまらない。ハートゥは冷静に対処していく。
「うっ!?」
ハートゥの横蹴りを腹に受けたカンナはまたも吹き飛ぶ。だが今度は、アクアとユリアの近くへと着地する。
「だいじょぶー?」
「カンナさん、私も手伝います!」
「ダメ! これは私がやらないといけないことーー」
背後から聞こえたユリアの方を振り向いたカンナ。だがそこにユリアはいない。
「ーーーーえっ」
ハートゥが両手に魔力を纏わせ、カンナたちの前にいる。ユリアは遠くから声を出して手を伸ばしているが、カンナには聞こえていない。
「まさかっ、入れ替えーー」
『入れ替え魔法は人格を入れ替える』。カンナはそれしか知らなかった。まして、相手と自分の位置を入れ替えるなんて。
「【ハートゥ】!!」
ハートゥは両手をカンナとアクアに近づける。明らかに人格を入れ替えようとしていることをハッキリと自覚するカンナ。
(なんで私とアクアなら使ってくるのーー)
刹那の瞬間、カンナは無意識にアクアの方を見る。アクアはその場に立ったまま何もしない。
だがそんなアクアを見て、カンナは気づいた。
(同じ高さだッッ)
自分とアクアの目線がほぼ同じなことに。
ミアとリゼッタも身長はほとんど変わらない。
(身長が似た2人が、対象なんだーー)
原理がわかった。実際に見たことでコピーも完了した。だがカンナはアクアと同時に触られた。
(ーーーーーーーーーーーーー)
思考が止まる。いや、違う。まるで体から自分の意識が吹き飛んでいくかのようにーーー。
「ーーーーーーーーわね」
薄れゆく意識の中、最後にそんな声が聞こえた。
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王都ローデリア、西地区。
金髪を靡かせながら走る少女。建物の壁を蹴るように跳ねて移動し、瞬く間に北地区へと差し掛かる。
辺りを確認すると、仲間の2人に迫る怪盗が見えた。
こうして少女は魔力を温存した状態のまま、最速で怪盗の元へと辿り着いた。
「今までよく暴れたわね」
カンナとアクアが倒れゆく中、ハートゥは誰かに腕を掴まれる。掴んできた相手は、目が離せないほどの美貌を持つ金髪の少女。
《黄昏》No.1、『覇王』エリス。
ハートゥはエリスの美しさに目が奪われ、一瞬思考が止まる。
(妾が、全く気付けなかった!?)
必死に思考を再開したハートゥは腕を払いのけ、足払い。
「っ!?」
できなかった。エリスの左足が割り込むことでしゃがむことができない。エリスは動揺しているハートゥを投げ飛ばす。
「なんなのだっ!? 今の動きはっ!?」
ハートゥが着地しながら大声を上げる。足払いを躱されたならまだわかる。だがエリスは足払い自体をさせないように動いた。
そんな明らかに次元が違う動きにハートゥは戸惑っていた。
立ち上がって前を向いたハートゥ。そして気づく。視界の中にエリスがいないことに。
「ぐぁっ‥‥‥!!」
背後にいたエリスに足を引っ掛けられて地面へと投げ飛ばされる。背中を強打したハートゥは呻き声を上げる。
「っ!!」
すかさずエリスの右かかと落としが飛んでくる。ハートゥは自分の胸に手を当てる。
そして先ほど触れた際に魔力を付着させていたカンナ(意識なし)と位置を入れ替える。
「はっ!?」
するとエリスはかかと落としの軌道を変えてカンナの頭の隣に右足を下ろした直後、左足で地面を蹴って跳躍。空中で横回転しながら瞬く間に距離を詰める。
そして勢いそのまま、空中から繰り出した右回し蹴りがハートゥの頭に直撃する。意識を保っていられないほどの重い一撃。
「っ‥‥‥なん、で」
「私には通用しないわ」
『勇者の魔眼』持ちであるエリスにとって先読みは専売特許。ハートゥの位置入れ替えにさえも反応してみせた。
「な、なにもの‥‥‥なの、だ‥‥‥」
文字通りの格の違いを見せつけられたハートゥは意識を失い、その場に崩れ落ちる。
「え、エリスさんカッコよすぎますーー!!!」
倒れたハートゥに、お転婆王女の声は当然聞こえていない。