大乱戦 後編
3階から地面へと真っ逆さまに落ちる3人。
メリナは落ちる直前に鞭を振ることで落下の勢いを殺す。
ハートゥはワイヤーを駆使して着地する。
マリアは何もせずに足から着地する。勢いがあったため地面が音を立てて割れる。
「ゴホッゴホッ!! はぁ、助かったのだ!!
お前! さっきから妾を助けてくれるのは
妾のファンだからなのだろう!?」
ハートゥは立ち上がって少し離れた位置にいるメリナに話しかける。
「は?」
勝手にファン扱いされて腹が立ったメリナ。低く冷めた声で不満を垂らす。
「そんなのどうでもいい‥‥‥もう決めた。
5体満足でいられると思わないことねっ!!」
激怒したマリアは立ち上がり刀を両手で握る。刀には雷を纏っている。
(『迅雷』に距離を詰められると私の反応速度だと
手に負えない。警戒を怠るな!!)
メリナはマリアの初動を見過ごさないように注視する。ハートゥは2人の隙を窺っている。
「【雷鳴】!」
だが、そんな2人にとってマリアの攻撃は予想外のものだった。
刀を右斜め下に振り下ろすと、雷を纏った斬撃が飛んでくる。
「なっ!?」
近接ゴリ押し型のマリアにも遠距離攻撃は存在したのだ。
メリナはその斬撃を倒れ込むようにかろうじて回避する。
「っしまっ!」
だが斬撃を躱すことに意識を向いていたメリナは、マリアの接近を許してしまう。
「っぶな!」
刀の左斜め振り下ろしをメリナは後ろに跳躍することで回避する。マリアは振り下ろした勢いで刀を鞘に納め、雷を纏って抜刀する。
「しまっ」
「【紫電一閃】」
目に見えない速度で抜刀。気づけば刀が完全に鞘から抜け切っていた。
「っ‥‥‥」
メリナの腹から血が飛び散る。口からも吐血した。
「はっはっは! さらばなのだ!!」
準備が整ったハートゥは勝利宣言と言うべきか、高らかに叫ぶ。胸に触れた右手から魔力が流れていた。
マリアは【紫電一閃】で刀を振りかぶった後、斬撃がーーーー。
「っぐはっ」
雷を纏った斬撃がハートゥを捉えた。脇腹あたりを通過し、露わになっている肌が避けて血が漏れ出す。
雷の出力を上げていたことで【紫電一閃】の軌道が斬撃として残り、直線上にいたハートゥにぶつかったのだ。
痛みで集中が途切れたハートゥは魔法の使用に失敗する。
「終わりね。この騒ぎに気づいたエルリカさんも
もうすぐ戻ってくるはず。さあ、投降なさい」
マリアが倒れた2人に刀を向ける。2人ともうつ伏せに倒れている。
『迅雷』マリアに対抗する術を探し、メリナとハートゥは一言も発さず必死に考え込んでいた。
「なんだ、動かない方が良かったわね」
そんな声と共に城の2階から飛び降りてくる1人の女性。
「エルリカさん!」
頼りになる加勢に嬉しそうに名前を呼ぶマリア。
(あの壁殴り女がここで加わってくるなんて、
ますます状況が悪化してるのだ‥‥‥)
(ここに来て『金剛』に加勢されると、
クソッ‥‥‥どうする!!)
反対に侵入者の2人は更なる絶望を突きつけられる。
2人が《ルーライト》に捕まるのは時間の問題だった。
もう1人現れるまでは。
これは偶然か必然か。それとも不幸か幸運か。
「す、すごい戦いですーー!!」
上から聞こえるそんな声。4人は咄嗟に上を向く。声の主は3階にいた。
「ゆ、ユリア!? どうしてそこに!?」
4人の中で誰よりも動揺していたのは、マリア。
「王の間から飛び出したか。相変わらずの王女」
エルリカは笑顔で手を振ってくるユリアに苦笑いで手を振り返す。
第二王女、ユリア・グロッサ。3階の窓手すりから身体を乗り出してマリアたちを覗いていた。
(‥‥‥今だったのだ。好機は!!!)
ハートゥはうつ伏せの状態で、左手を胸の位置に置き、魔力を徐々に流していた。マリアとエルリカが気付かないほどの魔力を。
「!! しまっ」
気づいた時にはもう遅い。その場から姿を消していた。
「!? あれ!? どうしてここに!?」
3階から聞こえる驚きの声。あっという間に部屋にガスが広まり、ユリアが眠ってしまう。そんな少女を、ハートゥは抱える。
「【王国の宝】は頂戴したのだ!!
翌日の午後にはお返しする。ではさらばなのだ!!」
怪盗が高らかに宣言する。
(【王国の宝】って、ユリアのことだったのね!!)
マリアは歯を噛み締めながら、走って正面の扉を目指す。急いで3階へ上がろうとしているのだ。
「どういう原理よ!? 2人ともいないなんて!!」
「マリア、とりあえず落ち着こう。
あの2人の動向を見てから動いた方がいい」
「‥‥‥ん? 2人?」
マリアとエルリカの発言によってハートゥは気づく。自分の目にはマリアしか映っていないことに。
背後に気配を感じ、ハートゥは振り向く。
「!? 妾のファン!? いったいどうやって!!
ガスも吸っていないと言うのか!?」
目の前にいる鞭を持った女性を見て驚くハートゥ。
「いっしょにここに来て確信した。お前の魔法を!!」
原理を知ったメリナはハートゥといっしょに来たと言う。ハートゥは半信半疑でメリナを見つめる。
すると当然というべきか、メリナが鞭を振ってくる。
(さっきの女よりは遅い! これならーー)
胸に手を置いたハートゥは魔力を通して魔法を発動する。
ハートゥはその場から消え、次に現れたのはーーーー。
「そこ!!」
「嘘なのだ!?」
3階廊下。ハートゥが現れる場所であろう位置に鞭を振ったメリナ。その攻撃がハートゥの頬を掠める。
「お前の魔法は転移のようなもの!!
条件は、自分の魔力を付着させること!
戦闘の合間に指で色んな場所に触れていた。
咄嗟に移動するための場所を作っていたんだろ?」
「なっ!?」
図星だった。それが全てではないが、ハートゥの魔法の1つに転移に似た性質がある。内容はメリナが言ったこととほとんど変わらない。
ミア、リゼッタと交戦した際も転移を使ったのだ。建物の屋根に手で掴まった際に転移場所を作って。それがミアの【百花繚乱】を回避した原理である。
メリナはそのことを推理し、ハートゥが転移する直前に彼女のブーツに触れていた。それで一緒に転移したことで確信したのだ。
(わかったと言っても、先回りするには妾が
触った箇所を全て覚えて、位置と状況に応じて
毎回異なる計算と状況判断が求められるはずーー)
「まさかっ、それを実現しているのか!?」
ハートゥの驚愕の声に対してメリナは不敵な笑みを浮かべて、とある箇所を指差す。
「ここには自信があるんだよ。
私はここを使わないと誰にも勝てない」
(なんてことなのだ‥‥‥妾にとっての天敵なのだ!!)
「ユリア王女を離せ。そうすれば見逃してやる」
怪盗は《ルーライト》より先に《エルジュ》が捕まえる。そのため今逃げられても王都の中で捕まえれば問題はない。だがユリア王女の誘拐はみすみす見逃せない。メリナはそう考えていた。
「ファンじゃなかったのか!? おかしいのだ!!」
「おかしいのはお前だ!!」
思わず咄嗟に鞭を振ってしまうメリナ。ハートゥは片手で鞭を掴み、距離を詰めてメリナの脇腹に触れて押し返す。
「冷静さを欠いた、お前の負けなのだ!!」
鞭を放したハートゥはユリアを抱えたまま走り、窓の外へと飛び出す。
「逃がすか!!」
メリナは後を追っては間に合わないと判断し、その場から鞭を伸ばしてハートゥ目掛けて振る。
「くっくっく!!」
ハートゥは笑いながら、自身の胸に手を置いていた。
「ーー!! まさかっ」
ハートゥの真意に気づいた時には、メリナの足元が消えていた。正確には足元が消えたのではない。足元がない場所に移動していたのだ。
つまり、メリナとハートゥの位置が入れ替わっている。
「妾の魔法は別に『転移もどき』だけではないのだ!」
「『入れ替え』もかーー!!!」
メリナは、再び地面へと落下していく。それを確認したハートゥは今度こそ窓の外へ飛び出し、ワイヤーを使って城から離れていくのだった。