大乱戦 前編
グロッサ城、3階。
(やっばい!! この女怖すぎるのだ!!!)
怪盗ハートゥは、壁を殴り壊してしまう茶髪の女性に恐怖を抱いていた。
「はあっ!!」
《ルーライト》隊員、エルリカ・アルリフォンは剛速の左アッパーを繰り出す。
ハートゥは左に倒れ込むように転がることで回避。床に手をついて体勢を立て直す。だがエルリカはすかさず硬化魔法を付与した左足でかかと落としを繰り出す。
「危ないのだ!!?」
ハートゥは咄嗟に前転をすることでエルリカとすれ違うように回避。
直後、エルリカの左かかとが床を陥没させた。
その事に驚きながらも、ハートゥは立ち上がる。
(力は女の方が完全に上だけど、
速さでは妾の方が上なのだ!!)
「っ!?」
そんな彼女の背後から刀が振り下ろされる。
「えっ!?」
だが、次に驚いたのは刀を振り下ろした人物。刀が空を切る
。背後を取っていたはずの標的が、すこし離れた廊下に移動していたのだ。
(さっきのは幻影!? いやそんなはずは)
「恐らく今のが怪盗のオリジナル魔法よ、マリア」
「エルリカさん!」
マリアは嬉しそうにエルリカに走り寄る。ハートゥは冷や汗をかいていた。
(あの黒髪の女、さっきはかなりの速さだった。
2人がかりで来られると、厄介すぎるのだ!!)
ハートゥが思考している間、エルリカとマリアも話し合う。
「オリジナル魔法‥‥‥今のが」
「ええ。シロアと似ている。突然どこかへと転移する。
でもシロアの転移は書いた魔法陣無しだと
自身の視界に見えている範囲しか転移できない。
怪盗は、見た感じその制限がない」
「厄介ですね‥‥‥」
マリアはハートゥを見つめながら小声で言葉を漏らす。
「でも【王国の宝】という物はまだ盗まれていない。
こうやって私たちと交戦していれば、
その機会は二度と来ない。ま、捕まえるけど」
エルリカは構えを取る。それに応じてマリアも刀を前に出して構える。
「行くわよ。私が合わせるから好きに動いて」
「はいっ!」
マリアは抑揚のついた声で返事し、雷を足に纏わせる。
「【雷装】!」
マリアは床を蹴ってハートゥに接近する。
(はっや!? 妾より速いーーーー)
ハートゥが刀に警戒していたことを察したマリアが、刀を振りかぶーーらない。
「しまったのだ!?」
行ったのは足払い。ハートゥは足を取られて背中から床に落ちる。
「借りるわよ!」
その状況を予測していたかのようにエルリカは走り出しており、マリアの肩に手を置いて飛び越える。
「はあっ!!」
床に寝転がっているハートゥを捉えたエルリカは、渾身の右かかと落としを繰り出す。
「っ!?」
エルリカの右足はハートゥに届かない。窓から伸びた鞭に打たれた右足は軌道がズレる。ハートゥの頬を掠め、床が粉々に陥没する。そして、ガラスが辺りに飛び散っていた。
「!? いったい誰がーーーー」
第三者の介入に対してマリアがそう言うよりも早く。
「っ!」
エルリカの左足に鞭が巻きついていた。鞭を操っている人物は鞭を振る。当然、エルリカも宙を舞う。その先は、ポッカリと空いた窓。
エルリカは、空へと放り出された。
「エルリカさん!!」
それと入れ違うように1人の女性が窓から廊下へと入る。
(ふう、なんとか間に合った)
「あんた誰よ!!!」
「? 誰なのだ!?」
エルジュの精鋭部隊《黄昏》No.10、メリナは歓迎されていなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
時は少し遡り、グロッサ城2階。
そこからメリナはさらに階段を駆け上がり3階へ到着する。
(! いた! 『金剛』と『迅雷』、そして怪盗!)
廊下を見渡すと、すぐに怪盗たちの姿を捉える。
マリアが両足に雷を纏って突進していくのを見た。
(急がないと!!)
メリナは窓から身体を乗り出して窓越しに移動し、怪盗たちに最も近い窓に掴まる。
(1人引き剥がす!)
魔力を通して鞭を伸ばし、窓を破りながら鞭が中へと侵入する。
その後は中にいる3人が見た光景と同じ。エルリカが窓から外へ飛んでいった事を確認した後、窓から中へ入ったのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
時は戻り、グロッサ城3階。
3人がお互いを視線で牽制し合う。
(とりあえず『金剛』は剥がしたけど、
外から3階まで上がってくるのに5分もかからない。
その間に怪盗を逃がす!!)
メリナは王国側に怪盗が捕らえられないように立ち回ることを決めた。
(怪盗もこの女も逃がすわけにはいかないわ。
2人とも、絶対に逃がさない!!)
マリアは2人を同時に敵に回す覚悟を決める。
(なんか知らんけど好機は妾にある!
さっさとこの場を離れて宝をいただくのだ!!)
ハートゥは予告通りに宝を盗みだすことを決定する。
三者三用、それぞれの曲げられない決意がぶつかり合う。
「くっくっく、さらばだ!!」
怪盗が自分の胸に手を置き、魔力を通し始める。
「させない!!」
マリアは床を蹴って跳躍し、壁を走り出す。
「せいっ!!」
それを阻止すべくメリナは鞭を振る。直角に跳ねた鞭がマリアを襲う。
「邪魔っ!!」
マリアは刀で鞭を捌く。その間も足を止めることがない。次の瞬間には壁を蹴ってハートゥに突きを放っていた。
(これじゃあ間に合わないのだ!!)
ハートゥは諦めて胸から手を離し、横へ跳躍し、近くの部屋へ入っていく。
「待ちなさい!!」
すかさずマリアも部屋の中へ入る。すると視界いっぱいに椅子が映る。ハートゥが投げたのだ。
マリアは左足で椅子を蹴飛ばす。
「これで逃げられないわよ。覚悟なさい」
部屋の壁に背中を預けるハートゥに対してマリアは圧をかける。そんな彼女に、死角からの攻撃は見えなかった。
「させるか!!」
「っ! また邪魔をっ!!」
追いついたメリナの鞭がマリアの刀にぶつかり、鞭が絡まり始める。
「本当についてるのだ!!」
ハートゥが再び手を胸に置いて魔力を通し始める。
「ッシッ!!」
「なにっ!?」
マリアが鋭い声を上げてメリナに飛び込む。
(な!? 刀は抑えたはずーーー)
メリナは自身の考えが間違いだと気づく。刀は床に落ちていた。マリアは刀を捨てたのだ。
「ぐっ!?」
「借りるわよ」
マリアはメリナの腹に蹴りを入れて力を込める。その反動を活かして吹き飛ぶメリナと真逆の方向へ、つまりハートゥの方へと飛び込む。その途中に落ちていた刀を拾い上げ、すぐに鞘へ納める。
「!? なんじゃその動きはーー」
ハートゥは驚愕で思考が止まる。その隙をマリアは見逃さない。
「うっ!? うぇぁ!?」
抜刀すると見せかけて繰り出されたマリアの拳が脇腹に直撃したと思いきや、すぐさま足を絡められ投げ飛ばされる。
ハートゥは部屋の窓手すりに背中から衝突する。
「がっ!?」
「観念なさい」
マリアはそんな彼女の首に右手首を押し込み、左手で彼女の右手首を掴んで押さえこむ。窓手すりに押し込まれたハートゥは息苦しくなっていく。
(ま、まずい。このままじゃあーー!!!!)
必死に足掻くハートゥは動く左手を懸命に動かす。手すりや壁に触れるだけで、どうにもならない。
(今アレを使えばこの女もついてくるから
意味がない!! な、何か、他に‥‥‥)
「せっかくだし、その仮面を取らせてもらうわ。
仮面をつける奴を見ていると、腹が立つ」
前に城内に侵入した銀髪仮面を思い出しながら、マリアは左手をハートゥの右手首から離し、彼女の目元を覆う仮面に手をかける。
「や、やめ、ろ‥‥‥!!」
今まさに仮面が剥がされようとしている中。
「はああっ!!!」
「っ!?」
そんな声と共にマリアの背中に衝撃が走る。誰かに体当たりされたような感覚。
体当たりしたのはメリナ。鞭は腰のベルトに掛けており、両手を胸の辺りで交差した状態で体当たりしたのだ。
「! 何をっ!?」
今、3人がいるのは部屋の窓手すり。そこにハートゥを押し込んでいたマリアに対して体当たりをしたメリナ。
この後の結末は誰の目にも明らかだった。
「っ〜〜!?」
「やばっ!!」
「ゴホッ!!」
3人は、外へ放り出される。