襲来
アクアとの決闘を終えたエリスは訓練場を掃除し始める。床を拭き始めたエリスは天井を見上げる。
天井にまで水が染み、ポタポタと床に垂れている。壁は水浸し、床も言わずもがな。
(ちょっと待って。これ、今日中に終わるの‥‥‥??)
エリスは遠い目をしながらため息をつく。
(まだ店の営業終了まで時間はある。
もし遅れても、魔結晶から連絡が来るだろうし)
後の予定を考えながらエリスは掃除を再開する。
そのため訓練場の外に溜まった水の中に、自身の魔結晶が落ちていることに気づかない。
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「いらっしゃいませ〜!」
午後2時半。『マーズメルティ』。
カンナたちは普段通り営業していた。だが、普段とは1つだけ異なることがある。
(エリス、忙しいのかな〜?)
エリスが来ないことだった。普段は既にエリスが来ている時間なのだが、今日は来る気配がない。
「いらしませ〜」
(しかも、あのアクアが接客してるぅぅ!?)
アクアが接客していることにより、店内の全客がアクアを指名する。
「あ、アクア? 接客するなんて珍しいね!?」
理由が知りたい欲を抑えきれず、カンナはすれ違いざまに小声で話しかける。
「エリスに言われたからー」
「い、言われたからっ、やってるの!?」
かなり失礼な発言だが、『言われたから行動するわけではない』。それがアクアなのだ。そしてその発言にアクアは意に介さない。
「? そだけどー?」
アクアはスカートを翻して方向転換。
「おまちどー」
そのままお盆に載せていたドリンクをテーブルに置く。
(い、言われたから働いてるっ!?
どういうこと!? わけわかんないよ!?)
言われたから働いている。これまでのアクアには考えられない発言。カンナの頭の中でぐるぐると思考が回りすぎてフリーズしかけていた。
「カンナ、はう」
「にゃあ!?」
そんな彼女の背中を触って落ち着かせようとするリゼッタだが、完全に逆効果である。
「何してんの!? 早く働け!!!!」
そしてミアの怒声が店内に響き渡ったのだった。
午後4時、『マーズメルティ』。
早めに営業を終えたカンナたちは後片付けをしていた。
未だエリスの姿は見えない。カンナは魔結晶を取り出して話しかける。
「エリス、営業終わっちゃったよ〜!
今どこにいるの〜!? エリス〜!!」
何度も問いかけるが、エリスからの返事はない。
「返事がない、どうしよう‥‥‥」
今日の夜に怪盗ハートゥが城に潜入する。そのため王都内に
潜伏し、怪盗を捕らえるための準備を行う予定だった。
「なんなの? あの女、来ないじゃん。はあ???」
「エリス、来ない、どする」
「zzz‥‥‥」
(みんな困惑してるーー!!!
こうなったら、私がなんとかするしかない!!)
カンナは突然靴を脱いで、椅子の上に乗る。
「みんな聞いて!」
「は?? 何やってんの見下ろさないでくれる???」
「それ、いい、やりたい」
「zzz‥‥‥」
そんな3人(2人)に、カンナは言葉を続ける。
「じ、実はもう作戦は始まってるんだ〜!
エリスは王都内に既に潜伏してて〜!!
そ、そう! 各自バラバラに王都内で
位置していれば、対応できるからって〜!!」
声が上擦っている。視線が円を描くようにグルグルと回っている。変な方向に人差し指を立てている。つまり、完全な挙動不審。
「そ、なんだ。じゃあ、りーも」
そんな彼女の発言を信じたリゼッタは迷彩柄のメイド服を靡かせながら更衣室に入っていく。
もちろん、これはカンナの嘘である。エリスからそんな話は聞いていない。そもそも今日は彼女に会ってすらいない。
「へぇ? 声上擦ってるよ銀髪女」
「にゃ!? そ、そんなことないと思うけどにゃあ!」
ドス黒い目をしたミアの指摘にカンナは目を逸らしまくる。
「‥‥‥もういい。行ってあげる」
ミアがスタスタと歩いて更衣室に向かっていく光景にカンナは口が塞がらない。
(うそっ!? ミアが話聞いてくれた!
私の真に迫った演技のおかげかも!!)
「うにゃ!?」
そんな前向きなことを考えていると、すれ違ったミアがカンナの腕を掴んで椅子から下ろし、耳に自分の口を寄せる。
「あんたが嘘ついてるかついてないかなんて
どうでもいい。今から金髪女を殺しにいくから」
「‥‥‥え?」
「『シロ』」
「え!? な、なに!?」
ミアの手から放たれた白い呪力がカンナの右手首に張り付く。
「これでいつでもあんたの場所がわかる。
金髪女を殺したら、あんたを殺しにいくから〜♪」
ミアは嬉しそうに微笑み、更衣室へと入っていく。カンナは自分の右手首を見ることなく、呆然と立ち尽くしている。
(‥‥‥どどどどどどうしよ!!!!!!!?)
エリスの不在、カンナの大嘘、アクアの睡眠、ミアの殺害予告、リゼッタの単独行動。
多くの問題を抱えた状態のまま、ついに夜がやって来る。
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夜。王都内、とある建物の屋根裏。
ピンク髪の少女が黒いマントを風で靡かせながら立っている。ハートの形をした仮面で目元を覆い、右頬には小型のハートシールが貼られている。
「くっくっく‥‥‥時は来たッ!!!!」
少女が両手を広げ、空を見上げる。
「今宵、妾がグロッサ王国内に響き渡る!
腐った貴族どもに見せつけてやるのだ!!」
(必ず届ける。だから待っているのだ!!!)
怪盗ハートゥは、王都の中に舞い降りた。