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『覇王』VS『水禍』

 午前11時45分。《エルジュ》本拠地、訓練場。


 訓練場の壁は水浸しになっていた。


 「やめていいー? いいことないじゃんー」


 アクアは右手の人差し指から水を放出する。エリスは床を駆け回って回避する。


 「あなたが勝ったら、1ヶ月間!

  店の掃除当番は私が代わりにやってあげるわ!」


 「よし、ならば戦闘だー」


 アクアが珍しく戦闘体勢を取る。それを見たエリスは少し呆れていた。


 (こんなので良いのね‥‥‥もしかして扱いやすい?)


 そんな考えを首を振ってかき消したエリスは床を蹴って壁に飛びつき、壁を数歩走ってアクアに迫る。


 「くるくるー」


 アクアはその場で両手を広げて回り出す。両手から放たれる水が彼女を守るように周囲に発生する。


 それを『勇者の魔眼』で予知したエリスは壁を蹴ってアクアから離れるように跳躍して、水が浸透してない床に着地する。


 (やっぱり近づけないわね‥‥‥厄介)


 アクアは自身の操作可能範囲に入った水は無条件で操作できる。つまり一度でも水に濡れると、アクアの近くに寄った瞬間に身体を圧迫されて普通は何も抵抗できずに勝敗は決定する。


 エリスは『勇者の魔眼』があるため飛んでくる水を予知して回避できるが、もし訓練場全てに水が浸透してしまえばエリスに逃げ場は無い。つまり戦いが長引くほどエリスは不利になっていく。


   そして、すでに床の半分近くが水で濡れていた。


 「えい」


 アクアは指から再度水を放出する。


 (使うしかないわね)


 エリスは剣を強く握って魔力を浸透させる。


 「【強化エンハンスブレイズ】」


 剣の剣身が火を纏い始め、エリスは迫りくる水にタイミングを合わせて目にも止まらぬ速さで振る。


 水は剣に纏った火によって蒸発した。


 「おーはじめてみるー」


 エリスは基本属性魔法の適性が多い。しかしアイトのように属性魔法を複数同時に発動することはできない。そんな芸当は10個の魔法を同時に発動できる、異常ともいえる魔法制御力を持つアイトだからできるのだ。


 しかしこうやって1つの属性魔力を剣に纏わせることならエリスも可能。魔力の消費も少なく、単純に剣の強化ができるため使い勝手が良い。


 「【強化エンハンスサンダー】」


 そしてエリス自身の魔力が尽きない限り、好きなタイミングで属性を変更できる。


 エリスは両手で剣を床に突き刺すと同時にその剣から手を離す。剣が刺さった場所は、水が浸透している床。


 瞬時に水の中を雷が移動していく。そして床の水がつながっているアクアの足元へと這うように迫る。


 「わー」


 アクアは水を、止めなかった。


 水で作った壁を離れたところから何十枚も作り出し、雷を迎え撃つ。


 (そんな物で止められるはずが)


 「ここー」


 雷が水壁に浸透して0.24秒。28枚目の水壁に通ったタイミングでアクアは右手を横に動かす。


 すると雷が浸透した全ての水壁が真横へと飛んでいき、訓練場の壁にぶつかって弾ける。


 (数十枚の水壁の中に全ての雷が浸透した瞬間に

  水壁を投げ捨てて回避した!?

  どんな反射神経よ‥‥‥普段は全く動かないのに)


 エリスは動揺を隠せない。偶然か必然か。アクアはそれを珍しく狙った。


 「やー」


 水を後ろ手に放出することで前方への移動を高速化。エリスに接近した途端、右手で掌底を放つ。


 「っ!」


 エリスは勇者の魔眼で予知し、アクアの二の腕あたりをかろうじて払うことで軌道をずらす。


 (この子が体術!?)


 「えいーやー」


 気迫のこもってない声と共にアクアの両手が動く。エリスはそれを順番に1つずつ捌いていく。


 「ばーん」


 「っ!」


 至近距離から飛んでくる水もエリスは腰を逸らして躱す。


 「魔眼ってすごー」


 水を放ったアクアの逆の手のアッパーをエリスは首を逸らして回避。


 対応する攻撃が多すぎて魔眼の力が追いつかない。


 「やー」


 「うっ!」


 そしてアクアの回し蹴りに対処できなかった。アクアの右足を右肩に受けてそのまま吹き飛ぶ。


 「あ、水使えばよかったー」


 (やっぱり、強い‥‥‥!!)


 右肩を押さえて立ち上がるエリス。アクアはボーっと突っ立っていた。


 「もうよくないー?」


 欠伸をしながらアクアは言う。


 「‥‥‥何がよ」


 「そっちの攻撃当たんないしー。もう眠たいよー。

  掃除したくないからって必死にならなくてもー」


 (それはあなたでしょ!?

  普段体術なんか使わないくせに!!)


 思わず声が出そうになるが必死に堪える。確かにアクアの言うことは事実だからだ(最後を除いて)。


 (‥‥‥これは、使いたくなかった)


 エリスは、自分の中で覚悟を決めた。


 「‥‥‥そうね。それじゃあ、次で最後」


 「えー。もういいよー」


 「2ヶ月」


 「やるぞー」


 アクアの扱いを少し理解したエリスは苦笑いを浮かべ、両眼の染色魔法を解除する。


 碧眼が徐々に赤眼へと変わっていき、瞳には勇者の聖痕が浮かび上がる。


 エリスは走り出す。当然アクアはそれを阻止すべく水を放出する。


 (さっきは見えなかったところまで、見える!!)


 エリスはバックステップで後ろに飛んだ直後、左手を床について左方向に飛び込む。身体を捻って回転しながら水を全て躱していく。


 「うわー」


 明らかに今までとは異なる反応、動きにアクアは変な声を上げる。


 エリスは普段、自分が勇者の末裔だとバレないように染色魔法を両瞳にかけているのだ。つまり両瞳に宿る勇者の聖痕を覆う形になるため、勇者の魔眼の力は制限されてしまう。


 だが今回はその制限を解除した。


 正真正銘、勇者の魔眼の力を全て開放したエリスの本気である。これにより、もはや数秒後の未来を見ることができると言っても過言ではない。


 だが、エリスは勇者の末裔としてまだ完全に覚醒したとは言えない。そのため魔眼の力を全力開放すると、とてつもない負担がかかる。


      そんな大技の持続可能時間は、4分。



 エリスは床を蹴ったと思いきや、跳躍した先にある壁も連続で蹴って移動し、天井まで迫る。


 「やー」


 アクアはすかさず天井付近にいるエリスめがけて水を飛ばす。


 天井を蹴って急降下。エリスは今まで回避していた水へと突っ込んでいく。


 「はあっ!!」


 エリスの両瞳に宿る勇者の聖痕が明滅する。その直後、エリスの身体から凄まじい突風が発生する。勇者の末裔であるエリスにしか使えない大技、【魔戒】。


 【魔戒】の主な効果は風を浴びた格下の相手を絶命させることにある。だがアクアには当然その効果は現れない。


 そのため、エリスの狙いは別にある。


 「うわ」


 アクアの水が風に押されて弾け飛ぶ。そしてアクア自身がその風を浴びて体勢が崩れる。


 【魔戒】における強風を真下への方向に一点集中させて、アクアの水を吹き飛ばした。


 エリスはそのまま急降下しながら腰のホルダーにあるナイフを抜き取り、アクアを床へと押さえ込む。


 アクアの上にエリスが馬乗りになっている状態だった。アクアの首にナイフが突きつけられている。



 「勝負、ありよ」


 エリスは魔眼の力を抑え、染色魔法を両眼にかける。赤眼から碧眼へと色が変わっていく。


 「これって、どっちが勝ちー?」


 アクアの発言にエリスはハッと気づく。エリスの脇腹に、アクアが左手に持ったナイフが寸止めされていることに。


 「‥‥‥引き分けかしら」


 「ま、こっちの勝ちとは言えないよねー」


 アクアがナイフをその場に落として、だらーんと脱力する。


 「つかれたー」


 上に跨っているエリスは、悔しそうに唇を噛んだ。


 (魔眼の制限を解除しても完全には勝てなかった。

  やっぱり、この子は強い)


 「エリスー」


 「! な、なに?」


 アクアに突然名前を呼ばれて驚くエリス。


 (もしかして、名前呼ばれるの初めてかしら‥‥‥)


 そんなことを考えている間に、アクアが口を開く。



         「半分は聞いてあげるー」



           「は、半分?」


 エリスの反応を聞いていないかのようにアクアは淡々と話し出す。



   「あるじがいない間はエリスの指示は聞くー。

    でもあるじがいる時は指示は聞かないー」



 アクアの提案にエリスは何も反応できない。まさかそんなことを言われると思っていなかった。


 「これで半分。それでいいー?」


 「え、ええ。今はそれで構わないわ」


 「らじゃー。それじゃあナントカって件、参加するー」


 エリスは、その場で拳をギュッと握りしめる。エリスにとって最大の問題が、実質解決したのだ。


 (とりあえず私なりに一歩は進めたわ‥‥‥!

  アイ。あなたの隣に立てるように、

  これからもがんばるから‥‥‥!!)


 決意を新たにしたエリスは立ち上がり、寝転がるアクアに手を差し伸べる。


 「ありがとう。でも次は完璧に勝ってみせるから」


 「そんなことよりもー、そっちも半分だよー」


 「‥‥‥え?」


 アクアは呆然とするエリスの手を掴み、立ち上がる。


 「1ヶ月の掃除当番よろー」


 アクアはそう言うとペタペタ歩いて訓練場から出ていった。


 普段は話は聞いていなさそうなアクアだが、2ヶ月という言葉はハッキリと聞き、覚えていた。


 (ど、どういうこと? い、意味がわからない。まさか、それが狙いじゃないわよね‥‥‥?)



 問題は解決したが、結局は頭を抱えることになるエリスだった。

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