彼女が抱える最大の問題
会議室が揺れる。
「おい! やめないか2人とも!!」
教官ラルドの荒げた声にエリスとミアは反応しない。
「最初からずっとウザかった!!
『彼のこと1番知ってるのは私です』
みたいな顔しやがって!! 死ね!!!」
ミアが呪力を纏い始めると同時にエリスは剣を右手に持って構える。
「私とやる気なの?
訓練生時代と違う結果になるといいわね」
「!! このクソ女ッッ!! 【ムラサキ】!!」
口角を上げながらそう言ったエリスに対し、ミアは紫色の呪力をエリスめがけて飛ばす。
だが、【勇者の魔眼】を持つエリスは【ムラサキ】を容易に躱す。
「私とあなたは相性が悪いわ」
エリスはミアに詰め寄ると、右手に持った剣を振り下ろす。
「ッ! 【シロ】!」
ミアは咄嗟に白い呪力を左手に纏ってエリスの剣を受け止める。
そんなミアに、エリスの左手は見えていなかった。ミアの死角から脇腹に左拳を繰り出す。その左拳は、ミアの脇腹に当たる寸前で止まる。
「っ‥‥‥」
するとミアがよろめく。エリスが左拳から風属性魔力を圧縮して押し込んだのだ。勝敗は、誰の目から見ても明らかだった。
「これでわかったでしょ」
「何が!!!」
「これ以上は時間の無駄。
こんなことしているうちに怪盗への対策が遅れる」
「だからそれはミアには関係ないって!!!」
「怪盗に好き放題させたら《エルジュ》の株が落ちる。
訓練生も私たちに対する印象が悪くなる。
それが何を意味しているかわかる?
代表である彼に責任が向くことになるわ」
「!」
「あなた、本当にそれでもいいの?」
「‥‥‥チッ、腹立つわね!! わかったわよ!!」
ミアが溢れ出る呪力を抑えると、会議室の扉を思い切り閉めて出て行った。リゼッタとミストはふぅ〜っと息を吐く。
「これで話はまとまったわね。
それじゃあ、みんな今日はお疲れ様」
エリスは全く気にした素振りも見せずに淡々と話しながら会議室を出ていく。他のメンバーは呆気に取られていて彼女が出ていくのを呆然と見ていた。
「ふーん」
ただ1人だけを除いて。
午後11時。寝支度を済ませて、就寝。
いつもならベッドに入ると疲れからすぐに眠気がやって来るのだが、今日はなかなか寝つけない。
(怪盗ハートゥ‥‥‥アイが離れてから
初めての重要案件ね。私に務まるかしら‥‥‥)
普段は完璧な姿を見せているエリスにも悩みはある。
(ミアは言いくるめることができたけど、
他にも問題は山積み。怪盗が来るのは明日の夜。
それまでに、あの件だけは済ませないと。
今までは彼がいたから別に良いと誤魔化してた。
でも今、代表である彼はいない。
だから明日、必ず決着をつける‥‥‥)
やがて、エリスは眠りに落ちていった。
こうして、慌ただしいエリスの1日が終わった。
翌日、午前11時半。訓練場。
今は訓練生が誰もいないことを教官のラルドに教えてもらっていた。
エリスは片手に袋を持ち、訓練場の中央でとある人物を待つ。
「ふあ〜」
誰かが裸足でペタペタと訓練場に入ってくる。未だにパジャマ姿、そして完全に寝起き顔である。左手で目を擦りながら少女はゆっくりとエリスに近づいてくる。
「これでしょ?」
「うんー」
ボサボサの青色の髪を揺らしながら、ふらふらとエリスの隣に座る。
「どしたのー」
脈絡もなく少女はズボンのポケットから紙を取り出してエリスに問いかける。
『あなたの好きなパンは買ってる。
だから今から訓練場に来て。 エリス』
紙にはそう書かれていた。
「こうでもしないと話せないと思ったからよ。アクア」
「んーそうかもー」
アクアはちょこんとお山座りをして、パンをモソモソと食べ始める。エリスは、真剣な眼差しでアクアを見つめる。
「単刀直入に聞くわ。
あなた、怪盗の一件に参加しない気でしょ」
「うんー」
パンを食べながら即答するアクア。予想していたことだったが、それでもエリスは内心焦り始める。
「理由を聞いていいかしら」
理由はなんとなくわかっていたが、念のためエリスは確認する。
「あるじはいないしー。めんどくさいしー。
あるじがいない今、まとめてるのは君だよねー」
アクアは眠たそうな目でエリスの顔を見る。彼女の目は至近距離にいるエリスを見ているようで、見ていない。
「自分より弱い人の命令なんて聞きたくないー」
「ッ!!」
エリスは何も言い返せない。それは、真実なのだ。
訓練生時代、実戦形式でエリスはアクアに一度も勝ったことがない。
確かに『エルジュ戦力序列』はエリスの方が上だが、それはアクアが単純にやる気がなかっただけである(特に0点の座学)。
《黄昏》で最強は誰?
エリスたちに憧れる同期の仲間たちや後輩の訓練生がよく口にする話題。それぞれの意見が飛び交う。
とは言っても暗殺が得意や潜入が得意、また情報収集が得意などと言った多分野での能力に長けた者は多い。
だから主に話をされるのは『正面戦闘で誰が1番強いのか』である。その中で特に多いのは。
『エリスこそ完璧で最強』
『アクアの本気が見たい』
この2つだった。
アクアは基本考えることを放棄している。そのため代表であるアイトの命令を聞くことにしている。だが、それ以外の人間の命令ほ決して聞かない。
それは、自分より弱い人の命令は信用できないから。
そして今、アイトはいない。だから今、アクアは誰の言うことも聞かない。
その根拠は訓練生時代にある。実戦形式で《エルジュ》の全構成員に負けたことがないからだ。それは、教官のラルドも含まれる。
「命令は聞かないよーんぅー」
パンを食べ終わったアクアはパンを持っていた指を口に入れて舐め始める。
「やっぱり、こうなるのね」
「んー? わ」
エリスはアクアの腕を掴んで立ち上がらせる。
「彼がいない今、代表代理の私が全責任を持つ。
だから、私の指示で動いてほしい」
「話聞いてなかったのー? いやー」
アクアはエリスの腕を払い飛ばした瞬間、エリスの左ハイキックがアクアの顔に飛ぶ。
それをアクアは水で受けとめ、押し返す。そして2人の間に距離ができる。
「もう誤魔化さない。あなたが必要なの。
だから、しっかりと味わいなさい」
エリスは、右手に剣を構える。訓練用の剣ではない、愛用の剣。正真正銘、本気の合図。
「初めての敗北を」
「えー、おいしくなさそー」
訓練場で、轟音が響き渡る。
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一方、グロッサ城。
「警備はどうしますか?」
王国最強部隊隊員、マリア・ディスローグが城の見取り図を手に持ちながら隣を歩く青年に話しかける。その青年の両眼は、聖騎士の紋章で輝いている。
「必要ないかな。怪盗ハートゥは独自の魔法を使う。
手練れで固めた方がいい」
「それでは、警備を行うのは」
「現在で招集可能なルーライト隊員だけだ。
2人は参加できるかい?」
「もちろんです! ね、シロア!」
「‥‥‥(フンスッ!)」
2人の後ろを歩くシロアが拳を握りしめて無表情ながら確かなヤル気を見せる。
「ありがとう。これで今のところ僕を入れて3人か。
少し足りないな。少なくともあと1人は欲しい。
予告が急だったから他の隊員が間に合うかどうか」
ルークが顎に手を置いて考えていると、魔結晶が鳴り響く。
「こちらルーク。‥‥‥本当か? それなら来てほしい。
何時に? 何を言っている、今すぐだ」
『ーーー!?』
魔結晶から聞こえる声が少し大きくなったが、ルークはすぐに魔結晶の接続を切る。
「エルが間に合う。これで4人」
(‥‥‥エルリカさん、隊長に無理難題言われたのね)
マリアは心底同情し、ルークの後をついていくのだった。