エリスの1日 後編
午後1時。潜伏拠点の営業。場所、『マーズメルティ』。
「ねーこの格好きついー」
「我慢しなさい」
メイド服に着替えたエリスとアクアはフロアに出る。
「あ! エリス〜!」
「エリ、ス」
レジから嬉しそうに駆け寄るのはミニスカメイド服を着たカンナと、彼女の後からついてくる迷彩柄のメイド服を着たリゼッタ。
カンナたちは特別な任務や用事がない限り、基本朝から『マーズメルティ』で仕事をしている。
「お疲れ様。私とアクアが入るから少し休憩して」
「うぇ、いやだー」
「ありがとう〜! すぐ戻ってくるからね!」
「あり」
カンナは笑顔で控え室へ駆け込んでいった。リゼッタも後に続く。これでフロアに残ったのはエリス、アクア、ミア。
「ミア、今日の調子はどう?」
「は? 勝手に名前を呼ばないでくれる?」
「うるさー」
「はぁ!? さっさと働け青髪女!!」
『黄昏』でも屈指の扱いづらさを誇る2人に、エリスはため息をこぼす。
(これだと店が回らないわね‥‥‥)
カンナたちが早く戻ってくるのを祈るのだった。
「いらっしゃいませ〜!」
午後3時。カンナたちも戻り、営業も最高調。
「ああ忙しい!! ウザい!!!」
「ミア、どうどう」
お盆とロングスカートのメイド服に呪力が籠りそうになるミアを必死に宥めるリゼッタ。
『マーズメルティ』は若い女性客に人気があり、日によっては営業終了まで客が途絶えない。
今日は午後からはそのパターンだった。
「明日の材料は買ってこないといけないわね。
今のところの売り上げは‥‥‥」
エリスがオーナーとして管理。
「ありがとうございました〜!!
またお越しくださいね〜! 待ってま〜す!」
カンナは自身の明るさを活かした接客。そんな彼女は店内No.1の人気を誇る。
「ご、ごちゅもん、いじょうで、いいです」
リゼッタも苦手だがひたむきにがんばる接客姿に愛嬌があると人気。
「は? また来たの? 次からは来ないでくれる?」
「ミア!? 何言ってんの〜!!」
ミアは‥‥‥主に清掃だが、稀に行う敵意丸出しの接客が逆にイイという客層も存在する。よくカンナがフォローすることも多いが。
「zzz〜」
アクアは周囲の水分を感じ取り、店内の気温調整を行う。とは言っても自動で行なっているので彼女自身に疲労感は一切来ない。現在は端っこに置かれた3つの椅子に寝ているが。
「今日もあの子接客なしかー」
1人の客が残念そうにアクアの方を見る。
そんな彼女がごく稀に接客をするという噂が広がり、接客してもらえれば幸運が訪れるという完全なマスコットキャラとなっている。
「いらっしゃいませ〜ぃ!?」
言い慣れている言葉にも関わらずカンナの声が上擦る。変装として結っていたカンナの銀髪ポニテが靡く。エリスは疑問に思って扉の方を見る。
「あ、ごめんなさい! この格好じゃ驚くわよね!」
「‥‥‥(ぺこっ)」
来店した2人の女性は王国最強部隊、『ルーライト』の騎士制服を着ていた。
通称『迅雷』、アイトの姉であるマリア・ディスローグと『時の幻影』、最年少シロア・クロートだった。
「あ、あのっ! そのっえっとあっとそっとおっと」
「大丈夫です。よく来てくださいました。
いらっしゃいませ。私がご案内いたします」
慌てるカンナの肩に手を置いたエリスで落ち着いた様子で完璧な接客で対応する。
「に、2名さまご案にゃい〜!」
カンナはパタパタとレジに移動する。エリスの意図を汲み取って下がったのだ。動揺は今も口調に表れていたが。
「お噂は聞いております。よく来てくださいました」
「そんなに言われると照れるわね‥‥‥ね、シロア」
「‥‥‥(うんうん)」
この後、注文をカンナが用意してエリスが運ぶ。いつもは役割が逆だが、見事な連携であった。
「お待たせしました」
「ありがとう」
「‥‥‥(ぺこっ)」
注文されたお菓子を置くと、エリスが切り出す。
「たしかお二人はまだ学生だとお聞きしたのですが、
夏休みでも忙しいのですか?」
「う〜ん、まあそこそこかしら。
でも今回は特別忙しいってのはあるわね」
「‥‥‥それは、やはりあの」
エリスは先を促すように話しかける。予想はついていたが、自然な形でマリア自身の口から言わせたかったのだ。
「やっぱり噂になってるわよね。怪盗ハートゥ」
(やっぱり。情報を得るチャンスだわ)
エリスの予想通り、2人は怪盗ハートゥの件で行動していた。
「最近飛び回っていたらしいですね」
「そうそう! 何がしたいのかよくわかんないわよ」
「何か盗み出すつもりでしょうか」
「『明日、[王国の宝]をいただきに参ります』って
予告状が城に届いたムグゥ!?」
「‥‥‥(ぎゅー!!)」
シロアが椅子から立ち上がり、必死にマリアの口を覆う。エリスはそれを何も言わずに眺めていた。
「‥‥‥ぷはっ! あ、これ言っちゃダメだった。
ごめん、内緒にしてて! シロアもごめんね!」
シロアの行動の意味に気づいたマリアが両手を合わせる。
「‥‥‥(ぶんぶん)」
「大丈夫です。お客様の情報は決して漏らしません」
首を縦に振るシロアと笑顔で息を吐くように嘘をつくエリス。
「あ! そろそろ行かないと隊長に怒られる!
シロア、行きましょ!」
「‥‥‥(コク)」
マリアとシロアは立ち上がりお会計を済ませ、扉の前に立つ。
「ごちそうさま!」
「‥‥‥(ぺこっ)」
「ありがとうございました。
またのお越しお待ちしております」
「ありがとうございました〜!」
エリスとカンナの言葉を最後に、2人は店を後にした。
午後6時。営業終了。
「ふう〜、今日も大変だったね〜!」
「売り上げも上々。これからもがんばりましょう」
「早く掃除手伝えっ!!」
「み、ミア、こわし」
「zzz‥‥‥」
こうしてワイワイ(?)と後片付けを始めていく。全ての清掃が終わったのは1時間後だった。
午後7時半。夕食。場所、大食堂。
「よっ! お前らも今からか!」
「エリスさん、みなさんもお疲れ様です」
「ま、また会ってしまいましたぁぁ!!」
王国内潜入組とギルド潜入組が大食堂で鉢合わせる。この場にいない《黄昏》のメンバーはターナとメリナだけとなった。
「また、会ってしまいました?
まるで会いたくなかったみたいな言い草ね」
「ひっ!? ち、違いますぅ!!」
察しの良いエリスの視線から必死に逃れようとするミスト。それを見たカイルは笑っていた。
「この後いいかしら。重要案件よ」
「ん? ああいいぜ。それじゃあ、えーと、あそこ!」
「会議室よ」
午後8時半。本来はここからはエリスは自由時間。だが今回は別である。
会議室。
集まったのはターナとメリナを除いた《黄昏》8人と教官ラルド。
それぞれ手頃な場所にある椅子に座りだす。
「エリスさん、重要案件とは?」
オリバーが話を振ると、エリスが話し始める。
「怪盗ハートゥの情報を掴んだわ」
「! 本当ですか!」
「へっ! おもしれえじゃねえか!!」
カイルが拳をバシバシと叩く。アクアは机に突っ伏した状態で両手で耳を塞いでいた。
「時刻は明日の夜。王城に届いた予告状は
『【王国の宝】をいただきに参ります』」
「王国の宝? なんだろう〜?」
カンナがムムムといった感じに顎に手を置いて考え出す。
「宝石とか? それとも武器とかかな?」
「それこそ予告状に名前書くのではないですか?」
「確かにそうだね! オリバーの言う通りだ!
え〜難しいよ〜」
「は? そんなのお兄ちゃんに決まってるじゃん。
あ、やっぱ『世界の宝』だから違うか」
(‥‥‥これを真剣な顔で言うからなぁ、こいつ)
カイルは心底呆れた表情でミアを見る。カンナですら苦笑いを浮かべ反応に困っていた。
「今はそれを考えても意味がないわ。
とりあえずわかっているのは、
『怪盗は王城に侵入すること』よ」
「あ! たしかに!」
「私たちは王城から出て王都に入ってくるであろう
怪盗を捕らえるだけ。最悪王都の中でもいい。
ただそれだけよ」
「つかれたー」
全く空気を読まないアクアの一言が何の脈略もなく話をぶった斬りそうになる。
「それじゃあ店で営業してる私たちの出番だね!」
「くっつくな!!!」
「そう、そうだ」
カンナに肩を寄せられて憤慨するミアと向かいの席でやる気満々のリゼッタ。
「おい!? 俺も参加してえ!!」
「カイルは目立つからだめよ。
それに王都の中は普段から潜入してる
私たちの方が熟知してるから」
「うっ、そうだけどよ」
ド正論をかましたエリスにカイルは何も言い返せない。
「? 知らな」
「私たちに任せといて〜! ね〜!?」
またもアクアが空気をぶち壊しそうになるが、隣にいたカンナがアクアの肩に腕を回して大声で叫ぶ。
「うむ。それでは、王都潜入組が怪盗に対処。
ギルド潜入組の3人は待機。
ターナとメリナには私から伝えておく」
「それじゃあ、解散」
「は?」
明らかに不満そうな声を出したのは、ミア。
「なに勝手に巻き込んでんの?
なんであんたたちの命令を聞かなくちゃいけないの」
終了間際でのこの発言。ミアの空気の読まなさもアクアに並ぶものがあった。
「‥‥‥ミア、あなたね。大人になりなさい」
「はあ!? ふざけんなっ!!!」
ミアがエリスに呪力を飛ばす。エリスはそれを首を傾けて躱した。
「私は! お兄ちゃんのためにがんばってるの!!
でも今はお兄ちゃんはいない!!
店の営業は前にお兄ちゃんに言われたから
仕方なく今もやってあげてるけど
怪盗の件なんてお兄ちゃんは何も言ってない!
あんたたちなんて、殺したいほど嫌いなんだから!」
ついにアイトがいない綻びが出始めたのだ。恋は盲目である。さすがのエリスでもミアの手綱を握るのは簡単じゃない。
「み、ミア。流石にそれはちょっと言い過ぎじゃー」
「銀髪女は黙ってろ!」
「おい! いい加減にしやがれ!!」
カイルが声を荒げて立ち上がるとミアに向かってズカズカと歩き出す。リゼッタは両手で耳を塞いでガタガタしており、ミストは失神する3秒前。
「カイル、落ち着いて」
エリスがカイルの肩を掴んで引き止める。
「どけエリス! この女は調子に乗りすぎだ!!」
「‥‥‥ねえ」
「なんだよ! こっちはーー」
「‥‥‥落ち着いて」
「! あ、ああ」
カイルは足を止める、というより勝手に足が止まった。エリスの気迫に気圧されたのだ。
エリスがミアの前に立つ。2人に身長差があるためエリスがミアを見下ろす形になる。
「見下ろさないでくれる? 吐き気がする」
「あなたが小さいだけでしょ?」
エリスが珍しく挑発する。これは彼女に考えがあるからだ。
午後9時、決闘。本来は訓練場で鍛錬をするはずだった。
エリスの1日は、まだ終わらない。