エリスの1日 前編
エリスの朝は早い。
「‥‥‥ふぁ〜」
午前6時。起床。
顔を洗い、身だしなみを整えてエルジュの拠点の中にある彼女自身の部屋から外に出る。
午前6時半。朝食。場所は拠点の大食堂。
「エリス〜! おっはよー!」
「おはよう。カンナはいつも元気ね」
大食堂に入ってきたカンナはエリスの隣に座る。いつもこの時間帯に食事を取っているとカンナと会うことが多い。
「? どうしたの?」
そう聞いたのはカンナがジーっと見つめていたからだ。
「え? ああごめん! 今まで敬語だったから!」
「‥‥‥やっぱり急に変えるのは変かしら」
エリスは苦笑いを浮かべる。ここ最近までは仲間に対してはずっと敬語だったため、違和感を覚えられてると知った。
「いやいやそんなことないよ!
今までは私たちに遠慮してるように感じてたから
むしろいいと思う!」
「‥‥‥ありがとう」
「あ! そうそう! 昨日面白いことがあってねー!」
「うんうん、それで?」
エリスとカンナはこうして楽しく会話をしながら食事を取る。1日の中でも、この時間はエリスにとって癒しともいえた。
そしてエルジュ代表、レスタがまとめる精鋭部隊『黄昏』に所属する2人は、大食堂の中でも目立ちまくっていた。エルジュ構成員の中で、序列10位に入る人たちは憧れの的なのだ。
そんなことに、2人は全く気づいていない。
「それじゃあエリス、また後で〜!」
「ええ。今日もお店よろしくね」
食事をとった後、2人はそれぞれの場所に向かい始める。
午前7時半。会議室。
「教官、そろそろ始めましょう」
「うむ。ではこれより、朝礼会議を始める!」
教官のラルドの声とともに会議が始まる。この会議は1日の活動方針を話し合うために開かれている。
会議に参加しているのは代表代理のエリス、教官のラルド、あとは拠点で活動する各分野の責任者。およそ30人ほどである。
「ここに人員を増やした方が良さそうね」
「うむ。この任務は確実に成功しなければ。
念のためギルドに潜入している3人の中から
現地に向かってもらうか」
「能力を考えるとカイルが良さそうね」
「そうだな。後にカイルに伝えよう」
「場所と時間を4回は伝えてね」
「そのことは心得ておる」
このような具合で、毎日調整を入れていく。
今日の会議は30分ほどで終わった。
午前8時。各施設の見回り。とは言ってもまだ朝早いため開店準備の段階で確認を行っているのだ。
「エリスさん! おはようございます!!」
「きゃ〜!!! エリス様よぉ〜!!!」
その最中、拠点の中を歩き回る際に多くの人から声をかけられる。エリスの人気は、《黄昏》メンバーの中で不動の1位。正直エリスはそのことを意識していない。
エリスは会議で聞いた情報を元に、今日まわるべき施設を回り始める。
「次で最後ね」
1時間半後、各施設を回ったエリスは最後に訪れる予定だった施設へ訪れる。
「あ! お姉ちゃんだ〜! エリスお姉ちゃん〜!」
「よく来てくださいました!」
多くの少年少女がエリスの周りに集まり、授業をしていた先生も嬉しそうに微笑む。
そこは教育施設。孤児や売られていた奴隷など、身寄りのない子どもたちを集めて将来自立できるように教育を施す。
年齢層は様々だが、平均として5〜11歳が1番多い。12歳からは希望すれば訓練生になることができるため、その場合は訓練場に行くことになるからである。
だが、たった1人の例外がいた。
「エリスさん、ご無沙汰してます」
ルビー・ベネット。事件の後、商法を学ぶためにエリスの推薦で『エルジュ』の臨時メンバーとして加入。
戦闘能力を身につけるためではないため訓練生としてではなく、ここへ招待されたのだ。
「話は聞いてるわ。これからもがんばって」
「はい!」
ルビーは笑顔で返事すると、その場から一歩下がる。
「エリスお姉ちゃん!!
あたし、絶対《黄昏》に入って
お姉ちゃんの役に立って見せるから!」
その後、エリスの前に駆け寄った1人の少女はエリスの手を握った。
「それは楽しみね。がんばって」
エリスは頭を撫でると、少女は惚けた顔をする。
「金髪の姉ちゃん! お姉ちゃんと変な人は元気?」
少女の隣に現れたのはターナの弟、ヨファ。以前エルジュが結成される前に起こった誘拐事件の被害者。
「あのねヨファ? 変な人じゃなくてレスタよ」
「う、うん。ごめん」
微笑みの中に潜む圧を感じたヨファは素直に謝る。驚かせてしまったと思ったエリスは咳払いをした後ヨファの頭を撫でる。
「ずるい! わたしもわたしも〜!」
「わ、私も!!」
「先生、何言ってるの〜!?」
(‥‥‥お姉ちゃん、か。この子たちの家族は‥‥‥
みんな、幸せになってもらわないと)
エリスは立ち上がって一礼した後、手を振ってくれる子どもたちに手を振り返して外に出る。
午前10時。鍛錬。
訓練場。エリスは剣を振り、自分の剣術を見つめ直す。
忙しい中でも鍛錬は怠らない。エリスにとって戦闘能力の向上に対してかなり貪欲だった。その貪欲さはカイルにも引けをとらない。
なぜなら、組織にとって自分の価値はそこにあると思っているからだ。
勇者の魔眼を宿した末裔。才を持って生まれたからこそ、強さに対して努力を怠ることは許せないのだ。
「鍛錬か、エリス」
「教官」
声をかけてきたのはラルドだった。
「今は訓練場に誰もいないのね」
「訓練生は別の場所で座学の講義中だ」
ラルドはそう言うと、訓練用の短剣を構える。
「手合わせしてくれるの?」
「はっは。背中に誰かと戦いたいと書いておったぞ」
「さすが教官ね」
エリスがそう言った後、2人は笑いながら相手へと突進していった。
午前11時半。昼食。大食堂。
「ふぁ〜」
「遅いわよアクア」
アクアがパジャマ姿でペタペタと歩いてエリスの前を通ったためすかさず話しかける。このようなタイミングじゃないとアクアは口を聞いてくれないからだ。
「おじゃま〜」
アクアはエリスと正面の席へと倒れ込むように座ると、頬を机につけてボーっとしている。
「こ、これでいいですかぁ〜〜〜!?」
大声を出してパンが入った袋を抱えて走ってきたのは、同じ『黄昏』のメンバー、ミスト。
「ん。これでいいよー」
アクアは机に置かれた袋からパンを取り出し、半目でモソモソ食べ始める。ミストは隣の席へ座り、同じくパンを食べる。
「‥‥‥あなたたち、あいかわらずね」
「‥‥‥? あ、偶然だー」
(やっぱり気づいていなかったのね‥‥‥)
アクアの自由さ(自己中さ)にエリスは頭を抱える。そんな彼女をミストは恐る恐る見ながらパンを食べていた。
「ミスト、あなたギルドは?」
「ひっ!? ちゃ、ちゃんとやってますよぉぉ!
今は昼休みなんで、こっちにいますぅぅ!!」
(ギルドに昼休みって制度あるのね‥‥‥)
ミストの任務に支障が出ていない(ちなみにアクアはそういう次元ではない)ことを知ってひとまず落ち着いたエリスはそのまま食事を再開する。
「‥‥‥」
「もむもむ」
「ひっ」
この3人だと、会話という会話が生まれない。
こうして、ある意味目立っていた沈黙の昼食を取り終えたエリスは立ち上がる。
「アクア、行くわよ」
するとまだパンで頬を膨らませていたアクアの腕を掴んで立ち上がらせる。
「んーまだ食べてるー」
「今逃したら今日はもう無いわ」
エリスはアクアを連れて歩き出す。
「ミスト、早くギルドに戻るように」
「ひゃいっ!! アクア〜! 寝ちゃだめですよ〜!」
ミストの声を背中に感じながら2人は大食堂を出て行った。
エリスの1日は、まだまだ続く。