記録 精鋭部隊《黄昏》No.2、『死神』ターナ
これはエルジュ戦力序列第2位、精鋭部隊《黄昏》に所属したターナの訓練生時代について記した記録である。
彼女はアステス王国領に潜んでいた暗殺組織、《ルーンアサイド》の元構成員。
約2年前、弟であるヨファの誘拐のいざこざにより、《ルーンアサイド》と対立。
その際に手を組んだ少年が組織のトップであったラルド・バンネールに勝利。その少年を代表とする組織が結成され、加入することになる。
彼女の性格はクールで冷静沈着、そして一匹狼。単独行動を好む。協調性に少し難あり。
そして今の組織の代表に疑問を浮かべる数少ない人物の1人である。
そんな彼女が挑んだ試験の最終項目、ラルド教官との実戦。
訓練場。
「準備はいいか」
「はい」
2人とも同じ動作で短剣(もちろん訓練用)を取り出して構える。師弟関係である証だった。
そんな2人に会話はない。どちらも話すのはあまり好きではない。それをお互いわかっているからだ。
ラルドが床を蹴って突進する。ターナは動かない。
ラルドの短剣がターナの首に迫る。そこで、動いた。
ターナは床を蹴って、横へと回避する。ラルドの短剣が空を切る。
「さすがだ」
ラルドは笑い、同じように横へ高速移動を始める。
『前後よりも左右への移動の方が視界から外れやすい』
それがラルドの教えであった。
当然ラルドもそのことを知っている。ターナに暗殺術を教えたのはラルドなのだ。
つまり、彼に教えてもらったことを使っている限り絶対に裏をかくことはできない。
そもそも暗殺者のターナにとって正面戦闘は専門外だ。そもそもラルドと対峙して始まるこの試験自体がターナにとって不利と言えるだろう。
だが彼女はそのことに対して何も不満を言わなかった。わかっているのだ。いついかなる場合でも対処できなければ意味がないと。
「はぁ!!」
(来るッ!!)
ラルドが両足に【血液凝固】を発動した瞬間、ターナは咄嗟にバックステップで距離を取る。
偶然か必然か。その行動が実を結ぶ。
「っ!!」
距離を詰めてきたラルドの短剣がターナの頬を掠める。かろうじて首を傾けて躱したのだ。もしバックステップで距離を取っていなかったら、直撃は免れなかった。
(やはり速い!!)
床を蹴ってさらに後ろへ距離を取った後、床に手をついて右方向へと突然方向転換する。
ラルドの死角へと飛び込むことに成功する。
(今だ!! 逃したら次はない!!)
ターナは山なりに針を投げる。針はラルドの真上に上がったあたりで、先端が下を向いて落ち始める。
それを察知したラルドが短剣で落ちてくる針を薙ぎ払う。
ターナは彼の懐に滑り込むように飛び込む。
短剣を握った右手がラルドの背中へと迫る。
「ぐっ!?」
届いたのは、ラルドの右足。後ろ蹴りがターナの腹に命中する。
元暗殺者組織のトップ、その男が【血液凝固】で強化した足での後ろ蹴り。勝敗は決まった、はずだった。
「ぅあああ!!!!」
ターナは痛みを堪えてラルドの右足を抱えるように掴み込む。そして、右手に持っていた訓練用短剣をぶつけた。
「なに!?」
予想外の反撃に驚くラルド。そんな声はターナに届いていなかった。
「ゴホッ!! ゴホッ‥‥‥」
ターナは腹を左手で押さえてその場にしゃがむ。そして右手の短剣をそっと床に置いた。
「はぁ、はぁ、ま、参りました‥‥‥」
ターナは降参を口にする。今度こそ勝敗は決した。
「ご苦労だった。結果は後日伝える」
「はい‥‥‥」
物分かりの良いターナはこれ以上なにも言わない。それを理解しているラルドは訓練場から出る前に足を止める。
「よくがんばった。前よりも成長していたぞ」
ラルドもそれ以上は何も言わずに止めた足を動かして訓練場を出ていく。
(‥‥‥褒めてくれた。ふ、ふへへへ‥‥‥)
幼少期から育ててくれた恩人で憧れでもあるラルドから褒められたターナは、いつものクールな印象が剥がれていた。
そんな彼女の今の顔を見た者は誰もいない。
後に知らされた実戦の点数は75点。
経験を積んで磨かれた暗殺術、暗殺者として必要な対応力と意志の強さが評価された。
体術や特技、座学においては元暗殺者として文句なしの点数を記録した。
数日後、ターナは序列2位に選出され、《黄昏》への所属を果たす。
ターナは『死神』に相応しい暗殺の達人となるだろう。
以上が、訓練生時代のターナの記録である。