記録 精鋭部隊《黄昏》No.4、『水禍』アクア
これはエルジュ戦力序列第4位、精鋭部隊《黄昏》に所属したアクアの訓練生時代について記した記録である。
性格はめんどくさがり屋で怠け者。無計画で無頓着。極端にマイペースで相手との会話すらままならない。いい加減さを言えばエルジュ全構成員の中で堂々の第1位。
アクアは下級魔族。昔は魔界に住んでいたが考え方が合わず必死に周りに合わせて生活していた。そしてその綻びが見えると仲間の魔族から非難され、幽閉される。
ところが持ち前の水を操る力で雨を利用して独房を脱走。魔界から逃げ延びたが疲労により途中で昏倒。そこで奴隷商人に捕まり、馬車でオークション会場に移動させられていた最中に、アイトに助けられる。
その後、アイトを信頼したアクアは訓練生へと志願した。その際に、魔族の証である大きな翼を切り落とす。
実は訓練内容は全く聞いていなかったため当初は舌を巻いていた。だが天性の感覚で瞬時に訓練に慣れて、教官にバレずにサボることが習慣化していた。
そんな彼女が挑んだ試験の最終項目、ラルド教官との実戦。
訓練場。
「準備はいいか」
「ふあ〜」
短剣を構えるラルドに対し、アクアは欠伸をして立ち尽くしている。
「お、おい。準備はいいのか? っていうかその服」
「んぅ〜」
アクアは伸びをしながら腕をのんびりと回す。全く話を聞いてくれないため、ラルドは絶句していた。
しかも、パジャマ姿である。
「服装に指定はないでしょー?」
確かにこの試験は服装に指定はない。その理由は自分が戦闘で動きやすい格好をしてもらうためだ。まさか寝起きのパジャマ姿で来るとは誰も思わない。
「う、うむ」
「それでいつするのー」
「だから準備はいいかって聞いてるではないか!?」
「あ、うんいいよー」
アクア両手首をクルクル回しながら返事をする。
(ほんとうに読めない子だ。いかん、落ち着け!)
ラルドは頬を叩き、アクアに突進していく。
「うおおーー!!!!」
「やー」
ラルドの気迫が乗った声と対照的に、アクアはのんびりとした声を出す。
だが、水の量は反比例していた。
「なっ!?」
アクアの両手から放出される水は、まるで海。
瞬く間に水が訓練場を覆い尽くしていく。
めんどくさがりのアクアは、一気に勝負を決めようとしていた。
「がぼぼごぼぼ」
実戦試験は他の人に見られないよう、訓練場の扉は全て閉めている。
そのため水が外へ放出されることはなく、訓練場全てを埋め尽くした。
「‥‥‥ぷはあー」
アクアは水を少しどかして自身の顔に円状の呼吸空間を確保する。
「ごぼぼぼっ!!」
それを見たラルドは急いでアクアの呼吸空間へと泳いで移動する。
「だめー」
「ぐぶっ!?」
水中はアクアの専売特許。全身が水中に浸かっているラルドを圧迫して拘束するなんて朝飯前(アクアは朝ご飯は食べない)。
ラルドは水中で身動きが取れなくなる。
「ギブなら言ってねー」
「びぶっ、ビブッ!!! (ギブっ、ギブッ!!!)」
「? なんてー?」
「ぶぶっ!! ぶぶばーーー!!!!!!」
このやりとりが、およそ3分は続いた。
試験終了後。訓練場に小さな穴が空いたことでそこから水が漏れ出した。そしてラルドのギブアップの声が響き渡ったのだ。
「ゴホっ、ゲホッ、うぉぉぇぇっ!!」
ラルドは四つん這いで必死に呼吸を行う。
「だいじょうぶー?」
「大丈夫なわけあるか!!! バカっ!!!!」
必死のあまり語彙力が低下するラルド。アクアはそれを淡々と眺めていた。
「こっちの勝ちだよねー」
「ま、まあそれはそうだな」
「なんてんー?」
アクアはラルドの視線の位置に合わせるようにしゃがみ込む。ラルドを見つめているようで見つめていないような目。
「‥‥‥後日伝える」
「えーいまいまー」
アクアは頬を膨らませて抗議の意思を伝える。
「ダメだ。正直、どう採点すればいいかわからない。
頭を冷やしてくる。今日はご苦労だった」
呼吸が整ったラルドは立ち上がり、訓練場を出ていく。
「えー? 勝ったからもう100点でしょー‥‥‥zzz」
アクアは訓練場の真ん中に寝転び、そのまま眠るのだった。
後に知らされた実践の点数は98点。間違いなく全体の中でもトップクラスの高得点。
一瞬でラルドを圧倒し、一方的に勝利したアクアの能力が高評価の理由だ。
ちなみに2点引かれたのは、もっと考えて行動した方がいいという理由からだ。それを聞いていたアクアは立ちながら寝ていたが。
座学は0点という狂気的な点数を叩き出したアクアだが、その他の項目では全てにおいて高水準。
数日後、アクアは序列4位に選出され、《黄昏》への所属を果たす。
アクアは、誰よりも底が見えない。
以上が、訓練生時代のアクアの記録である。