表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

79/347

さあ、餞別だ。

 (どうするっ!! あのドS王子なんて比じゃない!! 『最強』は、間違いなくこの女だっ!!)


 アイトは必死に考えていた。チートとも言える『時止め』を相手に、どうやって攻撃するのか。


 そしておそらくまだ一度も使っていない時空魔法にも対処しないといけない。


 「ほら、正解したサービスだ。

  しばらく時は止めないから存分にかかっておいで♪」


 (‥‥‥腹立つッッ!!!)


 腹は立つが千載一遇のチャンスを逃すわけには行かず、自身の全ての力を振り絞る。


 アイトは【血液凝固】なんと全身に発動。身体能力を極限にまで高める。


 (‥‥‥決める!!!)


 アイトが地面を踏み込み、自身の最速で女の目の前にたどり着き最小限の動きで拳を振り抜く。だが女はその拳をなんなく避け、ガラ空きの腕を掴まれて投げ飛ばされる。


 「ちくしょう!!」


 地面に着地した後も果敢に攻撃を続けるが、女には全く当たらない。まるでアイトの動きを読み、攻撃を見切られているようだった。


 「うっ」


 女の振り抜いた拳が頬に当たって少し後退する。そして地面を蹴ろうとした瞬間。


 「あ、れ‥‥‥」


 体が動かなくなり、その場に倒れ込んだ。


 「【血液凝固】は体の特定部位に血液を集め、

  身体能力を強化する秘術。

  それを全身に使えば、体がおかしくなることくらい

  使う前に気づけよバーカ」


 (‥‥‥いちいち腹立つ!!)


 アイトは女の言ってることは正しいと思いながらも、個人的な理由で認めたくなかった。


 それから数十分の間、体が全く動かず時間を無駄にする。


 「お〜い、早く早く〜。暇だぞ〜」


 女は動けないアイトの頬をツンツンして遊んでいた。そしてそれに飽きると時空魔法による転移でアイトの周囲を動き回っていた。完全に煽っているように見えない。


 アイトはその事に怒る余裕もなく、体が動かないからこそ頭をフル回転させて必死に考えていた。


 時々空を見上げる。曇が多くなっており判断が難しいが、確実に空が明るくなっている。



 夜明けまで、あと1時間に迫る。



 その後、アイトは【血液凝固】の後遺症から回復したが、夜明けまで1時間を切っていた。


 (時魔法なしでこの強さ‥‥‥反則だろ。

  いや、関係ない‥‥‥絶対勝つ!!!)


 アイトは起き上がった瞬間に女に突進する。


 (! さっきよりも速度が上がっている)


 アイトの回し蹴りを跳躍で回避した女は、笑っていた。


 回し蹴りを途中で中断して女めがけて足を振り上げる2段攻撃。


 だが女は体を捻って宙を巻い、地面に着地する。


 (やっぱり格闘だと全く当たらない。

  ‥‥‥そうなると、残るはあれしかない)


 アイトは両手を前に伸ばして魔力を集め始める。そして左手で輪っかを作りその中に右手を通す。女は「おっ、なんだ?」と感じで眺めていた。


 「【打ち上げ花火】!!」


 アイトの得意技が炸裂する。


 上空に打ち上がった花火は、破裂しパッと咲き誇る。


 「おお〜! 綺麗な魔法〜!」


 女は花火に魅了されていた。


 その隙を狙ったアイトが魔法を発動する。


 「おっ?」


 発動した魔法は、障壁魔法。練度はそこそこ。だがアイトの前には1枚の障壁も存在しない。


 その代わり、女を囲うようにして4枚の障壁がそびえ立っていた。


 「なるほど、囲ってくるか」


 感心したような女の声はアイトに届いていない。距離を詰めると同時に、4枚の障壁を女めがけて挟み込もうとする。


 一撃でも当てればアイトの勝ち。それは障壁をぶつけても同じことだった。ぶつけることができさえすれば。


           「【悠久エタニティ】」


            「!?」


 女が親指と人差し指で銃の形を作り、バーンっと打ったそぶりを見せた直後、突然女の正面の障壁に大きな穴が開く。アイトは驚かずにはいられない。


 アイトが接近する前に女は開けた穴から悠々と障壁の外へ出た。


 「いい考えだった。でもあと5分もないぞ〜?」


 「‥‥‥」


 アイトは何も言わない。絶望して諦めたわけではない。余計なことを悟らせないようにするためだ。


 女の近くに火花がバチっと落ちる。


 「! さっきの魔法か」


 空を見上げると、花火から発生した火花が無数に女めがけて落ちてくる。


 【打ち上げ花火】をわざと中途半端な状態で打ち上げることで火花が空で消えないように細工をしたのだ。



     「ちょっと攻撃としては雑すぎないか?」


            「嘘だろ!?」


 迫る無数の火花を、女はいとも容易く回避し始める。


 空から落ちてくる火花の速さは相当なものである。しかも数は数えきれないほど多い。威力があれば周囲の生物を根絶やしにしかねない流星群のようなものだった。


 だが女はまるで落ちてくる軌道が読めているかの如く最小限の動きで回避を続ける。



     その見事な動きに、アイトは動けずにいた。




         「ふう、これで全部かな」


 女は無数に飛んでいたはずの火花を全て回避。アイトは、その場に立ち尽くしていた。


 淀んだ雲から、やがて雨が降り始める。雨が2人を濡らしていく。


 「う〜ん、そろそろ夜明けだな」


 「‥‥‥」


 女が指差した方を向くと、遠くの空から太陽が登り始めていた。


 「終了〜! もう夜明けだ。文句は無いよな?」


 立ち尽くすアイトの方へ歩みを進める女。アイトは下を向き、表情が全くわからない。


 「悔しいのはわかるが、約束は約束だ」


 「‥‥‥ああ」


 アイトは女の腕を掴む。突然の行動に女は少し驚く。



          「俺の勝ちだっ」



 「‥‥‥はあ? まさか今のことを言ってるのか?

  もう時間切れって言ったよな?

  今、か弱い私の腕を強引に

  掴んでることはノーカンだぞ???」


 「まあ、とりあえずその()()()()()()早く脱げ」


 「おい! これのどこがダサい!?

  夜に溶け込む漆黒の如き真っ黒のローブ!

  これのどこがダサい!!」


 「言い回しもダサい!!!」


 「はあ!?」


 女が突然叫ぶ。だがそれはアイトの発言に対してではない。



   突然アイトの全身が点々と色がつき始めたからだ。


 アイトは【異空間】から手鏡を取り出して女に向ける。


       「っ!? な、なんだこれは!?」


 そこには、まばらに点々と色がつきまくった漆黒のローブ(笑)を纏った女が映っていた。


 「‥‥‥」


 「言葉も出ないか!? さっきの雨!

  あれは俺が降らしたんだよ!

  水魔法と染色魔法を混ぜた偽雨だ!!」


 アイトは嬉しそうにこれまでの経緯を話し始める。


 まず、花火に偽雨魔法を隠していた。そして上空に打ち上げると同時にその魔法が雲へと入り込む。


 それを悟らせないように障壁魔法で意識を下に向ける。そしてその後に花火から火花が飛び散ることで打ち上げた理由の本命がこれだと思わせたのだ。


 実は、この作戦は早いうちにアイトは考えていた。


 この作戦を行うには絶対に必要な条件がある。


       それは、上空に雲があること。


 戦い始めた頃、2人は雲が無い場所で戦っていた。この作戦を思いついたアイトは、戦いの中で吹き飛ばされることを利用して少しずつ戦う位置を移動させていたのだ。


 火花以上に無数に広がる偽の雨。全ての条件が揃っていたため、女はそれを攻撃だとは思わなかった。


 花火の他にも障壁魔法、そして偽雨の魔法を制御する魔法制御力。作戦を成功するための位置調整。


 そして今回の作戦をやってのけるアイトの執念が、女に一撃どころか無数の攻撃を浴びせたのだ。



 「雨を浴びたのはお前が終了宣言する直前!

  つまり、俺の勝ちだぅぁっ!?」


 突然、腹に衝撃が走る。


 「‥‥‥言いたいことはそれだけか???」


 漆黒のローブ(笑)の女がプルプルと拳を握る。察しの悪いアイトでも、怒っていることが明確にわかった。


 「そうだな合格だ。おめでとう。

  さあ、餞別だ。受け取れバカ弟子!!!」


 時を止める。もちろんアイトは気づかない。その瞬間。



      「ーーーーーーーーーーーーーーー」



      無数の衝撃がアイトを襲うのだった。



 30分後。


 「なにしやがる、この野郎っ!!」


 アイトは全身に広がる痛みがようやく消え、ヨロヨロと立ち上がる。


 「これはお気に入りだったんだ!!

  こんなに汚しやがって!」


 女は、黒いローブ(笑)を剥ぎ取った。


 そこに現れたのは鮮やかでとても長い銀髪。整った顔立ちにスラっとした体型。言葉で言い表せないほどの美貌。女神の生き写しのように感じられた。


 「あ、あ、も、申し訳ありませんでしたっっ」


 エリスや《黄昏トワイライト》の女性陣を始め、多くの美少女を見てきて耐性があるアイトでも言葉が詰まるほどの美人だった。固まるとはこのようなことを言うのだろう。年齢はとりあえず20代であることは間違いないとアイトは予想した。


 「おい、そんなに私が美しいか?

  今まで敬語なんて使ってなかったもんなあ??

  男ってのは顔が良ければ全て良いのかな???」


 (‥‥‥やっぱり、性格はウザいから安心だわ)


 アイトの緊張が一瞬で解ける。『天は二物を与えず』とはこのことを言うのだと勉強になった。


 「ま、いいだろう。師匠の件、引き受けてやる」


 「ほ、本当に!? よっしゃあ!」


 アイトがガッツポーズをしていると女が真剣な顔つきになる。


 「ああ、ただし条件がある」


 「は、はい」


 こんな相手からの条件。そう思ったアイトは思わず生唾を飲む。


 「まず私のことは誰にも話すな。いいな?」


 「は、はいもちろんです」


 「次に敬語は禁止」


 「え? あ、うん」


 そう言われて即座に敬語をやめるアイト。


 (条件って全然大したことないな。いいのかな)


 「それと金くれ」


 「そっちを先に言えっ!!!」


 アイトの声が王都に響き渡るのだった。


 これがアイトと黒いローブの女が翌日会うようになった経緯である。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 王国付近の平原。


 アイトは女(今は黒いローブを身につけている)の後ろを歩いていた。


 「なあ、あんたのことはなんて呼べばいい?」


 「ん? そうだなあ‥‥‥」


 「師匠とか? お姉さんとか? 姉御とか?」


 「年上扱いするな!」


 「ウゴォッ!?」


 気づけばアイトの鳩尾に衝撃が入っていた。右手で腹を押さえながら歩いていく。


 「何すんだ!! 時止めて殴んな怖いわ!!」


 「年上扱いされるのが大ッ嫌いなんだよっ!!」


 自分以上に怒る女の剣幕を相手に、アイトは話を戻す。


 「わかったわかった。それじゃあなんて呼べばいい?」


 「‥‥‥そうだな。姉様ねえさまは確かにいいな」


 (その呼び方はひと言も言ってませんが?

  もはやそれはあんたの願望だろ)


 ツッコミどころ満載だったが、話を進めるために黙り込むアイト。


 「『アーシャ』と呼べ」


 「本名?」


 「なんで教える必要がある。教えても意味がないだろ。

  余計な時間を取らせるなバーカ」


 (‥‥‥この野郎ッ!!)


 アイトはかなり怒りを感じていたが、反発したら殴られるとわかっているので必死に堪える。


 「‥‥‥わかった。それじゃあアーシャって呼ぶ」


 「よろしい。さあアイト、早く行くぞ」


 (俺の名前教えてないのに勝手に知られてるし‥‥‥)


 こうしてアイトは、アーシャについていくのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


     アイトにとって地獄の修行が幕を開けた。


   アーシャは生粋のドSだと初日で気づいたアイト。


    夏休みが終わるまで、アーシャの修行は続いた。


       アイトはずっとこう考えていた。



    『地獄って、すぐそこにあったんだ‥‥‥』と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ