またいつか
翌日の昼。
「‥‥‥ん、こ、ここは?」
アイトは目を覚ます。自分の左腕を確認すると包帯が巻かれ、骨折の時と同じ処置がされていた。
「やっと目が覚めたか。よく寝たものだな」
アイトが目を覚ます時に近くにいたのはターナだった。
「お前の部屋だ。まさか、知らなかったのか?」
「知らなかった!!」
『エルジュ』の本拠地に自分の部屋があることに気づいていなかったアイトは、部屋の広さと豪華さに驚いていた。
「エリスたちは城へ戻って王女の友達役を演じてる。
ま、そろそろ終わってこっちに戻ってくるだろう。
今みんなに連絡してくる」
ターナはそう言って部屋から出て行った。
その数分後。
「レスタ様ッ!!」
「お兄ちゃん!!」
ベッドで寝ていたアイトはエリスとミアに飛びつかれる。
そして《黄昏》のメンバーが次々と部屋に集まり、全メンバーが揃った。
「なんで、みんなが」
「そんなの君の見舞いに決まってるでしょっ!
昨日は大変だったんだから〜!
アクアが急に目覚めて私とユリア姫を連れて
水ぶっ飛ばして移動するし!
でも、2人の止血を完璧に行ってくれたのも
アクアだから文句言えないけどねっ!」
カンナがアクアの肩に手を回してピースサイン。アクアは?といった顔を浮かべている。
まずはカンナの言った通り、アクアがカンナとユリアを連れて最速でアイトの元に駆け寄り完璧なアイトとターナの止血を行う。水のスペシャリストのアクアだからこその芸当だった。
次にユリアが治癒魔法を発動。その際にカンナがユリアの治癒魔法をコピーして併用。凄まじい速度でアイトとターナを治療を同時に行っていった。
そして連絡を受けて駆けつけたカイルが2人を抱えて本拠地まで移動した。
「カンナ、アクア、カイル。ありがとう」
「えへへ〜どういたしましてっ!」
「死なれたらめんどくさい」
「この借りは決闘で返せよレスタ!!」
「本当にありがとう」
「ユリア王女にもお礼を言っておけよ。
夜中に駆けつけて治療してくれたんだ」
ターナが両腕を組みながらアイトに話す。昨夜腕が切断されていたにも関わらず。
「ああ、もちろん」
「本当に皆さんがご無事でよかったです。
しばらくはご安静に。
エリスさんがすごく心配しますよ」
「わざわざ来てくれてありがとな、オリバー」
「いえいえ。早く元気になってくださいね」
「そうそう。代表はせっかくの夏休みなんだから」
そう言ってメリナが笑う。オリバーもつられて微笑んでいた。
「レスタ、今は安静にしてろ。いいな?」
「いやターナも同じくらいのケガだろ‥‥‥?」
アイトはジト目でターナの左腕を確認する。
「暗殺者としてこのようなことには慣れている。
それにくっついてから馴染むのも早いんだ。
もうかなり動かせる」
ターナは左腕を回しながら言った。包帯は巻いているがブンブン回している。アイトは驚きのあまり口が開いていた。
「た、ターナさんはっ、そういうところで
人間やめてますからぁぁ!!!」
「ミスト貴様、第一声がそれか?」
「ひぃぃぃ!!!! ごめんなさいィィィッッ!!!」
一瞬で短剣を向けられたミストを見てアイトは笑う。するとみんなもつられて笑い出した。
(みんな、本当にありがとう)
心の中で再度そう思うアイトだった。
「レスタ様、ルビーさんの件ですが」
「! どうなった」
これまでとは異なる雰囲気。エリスは淡々と口を開く。
「お互いの合意で、婚約は破棄されました」
「‥‥‥やっぱりか」
アイトは薄々気がついていた。今回の婚約来訪は洗脳されていたアライヤの独断によるものでルークやルビー本人に結婚の意思はない。それに今のアライヤのことを考えると、破棄されるのは仕方がないと思ったのだ。
「そして、ルビーさんのことでお話が」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
とある医療施設。
アライヤはターナの部下に運ばれ、エルジュが経営している施設にいた。
ルビーはそのことをエリスから聞き、婚約破棄を済ませた直後に訪れていた。
「お父様っっ!!」
「‥‥‥」
「おとう、さま‥‥‥?」
「‥‥‥」
ルビーが手を握って話しかけるがアライヤは反応を示さない。目は開いて起きているが意識がないようだった。
「‥‥‥お嬢様。ご主人様は長い間、
洗脳をうけていたためか、感情が低迷していると。
回復魔法も効かず、時間をかけて
治すしかないそうです」
「‥‥‥そんなっ」
「ですが必ず改善されると言っておられます。
あの小僧とエリス殿の組織の一員が
そう言ったのです。信用に値するでしょう」
「‥‥‥セバスっ。私、これからどうすればっ」
「ご主人様が今の状態である以上、『ベネット商会』を
継いでいくのは、お嬢様しかいません」
「わ、私が‥‥‥『ベネット商会』を‥‥‥?」
「当然多くの困難が待ち構えているでしょう。
ですがこのセバスが全身全霊で支えていくと誓います」
「セバス‥‥‥はいっ! 私、お父様のためにも
『ベネット商会』を支えていきます!!
エマ・ベネット、いいえ、違いますね。
ルビー・ベネットとして!!」
ルビーの決意を聞いたセバスは微笑み、やがてどこからか手帳のような物を取り出し、何かを書き始めた。
「ひとまず今の運営は副会長に一任し、
お嬢様は商売について学ぶことが大切です」
「ですが、どこで学べば良いのでしょう。
お父様のお見舞いに来れない遠くへは行けません」
「‥‥‥1つ、案がございます」
「‥‥‥案? なんですか」
「それはですね‥‥‥」
セバスはルビーにその内容を話す。その内容は、ルビーにとってこれからの人生を変える好機となる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ルビーさんが、俺と話したい?」
「はい。取引、だそうです」
アイトは『取引』という言葉に少し驚く。ルビーが取引をするようなタイプだと思わなかったからだ。
「‥‥‥その取引の話、エリスに任せても良い?」
「構いませんが、私が判断していいのですか?」
「俺のこの腕を見るとルビーさんが尻込みするかも。
それで取引どころじゃなくなる可能性がある。
だからエリスに任せたい。
それにエリスはエルジュの代表代理なんだから」
「‥‥‥! わかりました。お任せください」
エリスが嬉しそうに微笑み、頭を下げる。
今回のアイトの言葉は全て本心だった。これまでの、自分がしたくないから適当に誤魔化したいという考えは微塵もなかった。
そしてこの数時間後。エリスとルビーが取引を行った。
アイトは大事をとって休養。取引の内容と結果は後日教えてもらうことになった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
2日間の休日が明け、学園の終業式。
アイトは2日の間に休養して体の疲れを取る中で、少し出来事もあった。
部屋に訪問してくれたユリアに腕の件で感謝を伝えたり、寮の自分の部屋に姉のマリアにアポなし突入されて腕の怪我の理由を考えるのにかなりの神経を使ったり、後日にマリアから話を聞いて心配したシロアが転移して突然目の前に現れるという事件もあった。
その際にシロアが部屋に魔法陣を内緒で書いていたことに、驚いていたアイトは気づく余裕がなかった。
アイトが登校するとみんなが骨折のような処置を受けている左腕に注目する。そしてギルバートたちに詳しく聞かれて誤魔化すのに苦労する。
その後、長い終業式が始まる。
「はぁ、学園長の話長かったなぁ。
それにテストはあったし怪盗ハートゥ来なかったし。
最近ついてねぇよなぁ」
終業式が終わり、1年Dクラスの教室。
「でもこれでようやく夏休みでしょ。
約束、忘れんじゃないわよ」
「はいはい。クラリスは怒らせると怖いからな」
「そんなに私とどこかに行くのが嫌なの!?」
「別にそんなこと言ってねぇだろ!?」
「始まりましたね。アイトくん先に帰りましょうか」
「うん、そうしよう」
アイト、ポーラは冷めた目をしながら教室から出て行く。そしてそのまま玄関で靴に履き替えて学園の門を通る。
「あ、あの! アイトさん!」
学園の外に出てすぐにアイトは声をかけられる。
「え、ルビーさん!?」
「この間は本当にありがとうございましたっ。
今、お時間ありますか?」
アイトは隣にいたポーラと目が合う。
「それじゃあアイト君、また夏休み会いましょうね」
「あ、うん」
ポーラは意図を察知した(?)のか先に帰っていく。
残されたアイトはルビーと共にある場所に来ていた。
「あ、ここは」
「はい。私がアイトくんに道を尋ねた場所です。
あの、その腕はどうしたんですか?
大丈夫なんですかっ?」
ルビーが前のめりになってアイトに尋ねる。
「あ、うん大丈夫! それより話って?」
「‥‥‥私、しばらくこの国に戻って来られないんです」
「へ?」
「将来のために勉強することになりました。
時は一刻を争うので、すぐに出発せねばならず‥‥‥
その前に、もう一度お会いしたかったんです」
「‥‥‥そうなんだ」
「あなたは、私に生きる希望をくれました。
気軽に言ってくれた『また会える』が
何よりも嬉しかった。
鼻歌だけど、褒めてくれて嬉しかった。
お父様も昔よく褒めてくれたんです」
「‥‥‥それなら、よかった」
ルビーのイアリングのこと。父のアライヤ・ベネットが魔法で操られた後遺症で今も意識が混濁していること。
全てを知っているアイトは心の底から『よかった』とは言えなかった。でも言わないといけない。ルビーから見たアイトは『自分に親切にしてくれて、偶然かもしれないが励ましの言葉をくれた学生』だから。
「それで、あの、歌の件なんですが」
「あ、そういえばそんなこと言ったね」
「‥‥‥つ、次! 会う時でもいいでしょうか!」
ルビーは両手でスカートの裾を掴み勇気を振り絞る。ルビーはアイトに会う口実が欲しかったのだ。
「‥‥‥そうだね! また会った時に聞かせて」
アイトはその意図を感じたか、それとも偶然か。
「‥‥‥はい! 必ず、また会いましょう!
それでは、これで失礼します。では、またいつか!」
ルビーは近くに来ていた馬車に乗り込んでいく。中からルビーが手を振り、アイトも外から振り返す。
(がんばれ‥‥‥ルビーさん)
馬車はあっという間に見えなくなっていった。
後日、《エルジュ》に新たな臨時メンバーが加入した。推薦人は序列1位のエリス。
その者は商売について学びたいらしく、子どもたちといっしょに多くのことを学び始める。
だがその中で歌の才能が開花。そう遠くない未来、若くして商会の会長になりながら、世界的に人気な歌姫となる。
アイトは、《エルジュ》に加入したメンバーの名前を知らない。
そして今回の件で、1つだけ片付いていないことがあった。
怪盗ハートゥは、まだ来ていないことである。