『覇王』VS執事
城内、3階廊下。
(このカード‥‥‥厄介!)
エリスは苦戦を強いられていた。
勇者の魔眼による動作の予知は意識を集中させないとできない。だがセバスは数枚のトランプカードで視界を遮る。
セバスの動きを予知するとカードの動きが読めなくなるし、カードの動きを予知してもセバス本人が攻撃を仕掛けてくる。
エリスが選択を悩むほどセバスのカード操作が卓越していた。そしてセバス本人の実力も。
セバスの長年の経験とカードという意表性が『黄昏』最強と名高いエリスと渡り合えている。
だが時同じくしてセバスもエリスに驚いていた。なぜこれほど攻めているのに手応えがないと。全ての攻撃を捌ききれているのかと。
そして、この均衡状態は長く続かなかった。
「! はぁ、はぁ、はぁ」
セバスが疲れた様子を見せ、操っていたトランプカードが1枚落ちる。
トランプカードを操ることで生じる魔力消費と自身への精神的負担。また本人が動くための体力消費が重なって徐々に攻撃の手が緩くなっていく。
セバスの年齢はもう60を過ぎている。若かりし頃のようにはいかなかった。今のセバスでは長期戦は圧倒的に不利。
並の相手ならこの戦法で倒すのに時間はかからない。相手が勇者の魔眼持ちのエリスであるため短時間で仕留めきれず体力が続かなかった。
やがて全てのカードが廊下に落ちる。
「あなたに敬意を称します。こんな戦い方があるなんて。
勉強になりました。だが、これでもう終わり」
敬語をやめたエリスが疲労困憊のセバスに剣を向ける。
「ま、まだじゃ!! 私は倒れるわけにはいかんのだ!! お嬢様には指一本触れさせんぞ!!」
「私たちはただ、エマさんがつけてるイアリングが気になるだけ。異常な魔力反応があったから」
「な、なんじゃと? デタラメを言うんじゃない!!」
「だから本人に直接聞きたい」
「お前みたいな不審者に会わせるわけがーー!!」
「あれ、まだ着いてなかったのか」
エリスはすぐに背後から聞こえた声の方を向く。
「レスタ様!」
エリスが嬉しそうに高い声を上げる。予想外の事態にセバスは面食らっていた。
「ごめん遅れた。要するに足止めくらってるわけね」
「もう片付きます」
「な、なんじゃ! また不審者か!!!」
(あ、セバスチャンだ!!)
アイトは相手の顔を見てそう思いながらも今回の件について話を進める。
「俺たちはこのまま2人で戦ってもいい。
でも見た感じエリス1人に苦戦してたみたいだな。
俺も参加したら負けは確実。
あんたを倒したらすぐにエマさんのところへ向かう。
それなら俺たちの要望を聞いて、
俺たちを監視した方がいいと思うけどな」
「‥‥‥」
セバスは考え込む様子を見せる。
「敵にさえ情けをかけるこの器の大きさ。
これが私の主、私たち《エルジュ》の代表」
(いや俺が戦いたくないだけよ? 腕痛いし)
エリスが誇らしげに胸を張って自慢しているがアイトの真意は全くの別物。
「‥‥‥わかった。認めたくはないが条件を呑む。
ただし、お嬢様に危害を加えたら、潰す」
(こっわ! すっごい殺気! ホントにおじいさんか?)
「‥‥‥あの戦法を使いこなす実力。そしてこの胆力。
ここで消すには惜しい。惜しい」
(エリスは小言で何か言い出してるし!)
組織結成で培われていたスカウト根性がいつまでも抜けないエリスを見てため息をつく。
こうして、アイトとエリスはセバスの案内でルビーの部屋へ向かった。
セバスがある部屋のドアをノックする。
「お嬢様! 夜遅くに申し訳ありません! セバスです!
入ってもよろしいでしょうか!」
セバスがドア越しに話しかけるが返事がない。それから少し時間が経つが一向に返事は来なかった。
「!! 開いている‥‥‥?」
セバスがドアノブを回すと鍵がかかっていなかった。
「失礼します‥‥‥!! お、お嬢様‥‥‥」
中に入ったセバスの声を聞いて不審に思ったアイトたちも後に続いた。
「ぐすっ‥‥‥死にたくないっ‥‥‥死にたくないよっ」
ルビー(エマ・ベネット)が泣きながらベッドの上で座り込んでいた。
「お嬢様!! どうされたのです!!」
「え‥‥‥セバス? な、なんでここに‥‥‥
! な、なんでもありません!!」
ルビーはセバスの訪問に気づかないほどの何かを抱えているとアイトは気づいた。
「やっぱり今回の件、何かあるんだな」
「!! あ、あなた誰!? 隣の人も! セバス!
どうしてこんな怪しい人を連れてきたの!」
「も、申し訳ありませんお嬢様。
こやつらがお嬢様のイアリングが
気になると言いまして。
危害は加えないから確認させてほしいと」
「‥‥‥っ!!」
ルビーが明らかに驚いた様子を見せる。それをエリスは見逃さない。
「そのイアリング、何かあるんでしょ?
さっき『死にたくない』って言ってたのに
関係あるんじゃないかしら」
「‥‥‥なんで、そう思うのですか?」
「それは今回の訪問の件、おかしな点が目立つからよ。
まずあなたが1人で王都を歩いてたって情報がある。
王子の婚約者候補でベネット商会、会長の娘。
それなら護衛なしで歩くなんておかしい」
「‥‥‥」
「それに今ここで寝泊まりしてるのも変。
今は怪盗ハートゥの件で王国は話題になってる。
なのに予定をずらさずに王子と会う。
危険は少なからずあるはずなのにアライヤは
予定を変えずに、わざわざ城に泊まらせた」
「‥‥‥」
「今も明らかに異様な気配を感じるそのイアリング。
そして『死にたくない』というあなたの言葉。
こう考えれば辻褄が合う。
『アライヤは娘のことを大切に思っていない。
それどころか娘を使って、王子を暗殺‥‥‥いや、
グロッサ王国を破壊しようとしている』と」
「「「!?」」」
エリスの言葉にルビーは明らかに動揺し、涙を流す。
セバスはもちろんのこと、アイトまで驚きまくっていた。
「ルーク王子を暗殺!? ば、馬鹿な‥‥‥
お嬢様、本当にアライヤ様がそのようなことを!?」
セバスの声の後には少しの沈黙。その沈黙を破ったのは、
「‥‥‥ごめんなさいっ。もう、私、隠しきれませんっ!
その人の言うとおりですっ!
お父さんからルーク王子の暗殺の話を聞きましたっ!
そして私のつけてるイアリングには、
高度な爆破魔法が付与されてますっっ!!」
「「なっ!!!」」
「‥‥‥」
アイトとセバスの声が重なる。エリスはやはりといった顔をしていた。
アイトはハッと思い、手で口を押さえる。しかしセバスの声が大きかったためアイトの声はエリスに届いていない。
そのことを活かそうとしたのか、アイトはすぐに冷静を装った。そんな小さい出来事に気づかずに目の前で泣き始めるルビー。
「ごめんなさいっ‥‥‥隠しててごめん、なさい‥‥‥」
「そうですか‥‥‥だからお嬢様は私の城への滞在を
許可しなかったのでありますね?」
「はいっ‥‥‥私のせいで巻き込まれる人を少しでも、
セバスには生きていて欲しかった‥‥‥」
「お嬢様っ‥‥‥」
「エマさん、いやルビーさん。
そのイアリングが爆発する条件は?」
「‥‥‥わかりません。でも外すと爆発するとだけは
言ってました。あの、なんで私の本名を」
「本名!? お嬢様の名前は偽名だったのですか!?」
「セバスさんちょっと黙ってて。その話は後。
ルビーさん、イアリングについて調べたいの。
レスタ様と私の力で、そのイアリングの爆発を
阻止できるかもしれない」
「ほ、本当ですか!? ぜひお願いしますっ!」
ルビーは二つ返事でエリスに協力する。そしてエリスが『透視』を使って調査している間、アイトとセバスはぎこちない様子で眺めていた。
すると魔結晶で通信が入る。アイトはセバスに断りを入れて通信に応じる。
『レーくん、今、おけ?』
「リゼッタ? どうした?」
『きんきゅう、緊急。黒い女、遭遇。ミアやられた」
「なに! 大丈夫なのか!?」
「だいじょぶ。大事で、これから、店で待機、おけ?」
「わかった無理しなくていい。今からも警戒を怠るな」
「レーくん、気おつけて」
「ああ」
リゼッタとの通信を終えたアイトは後々のことをエリスに話そうと決めた。