『天体』VS『迅雷』
廊下に響く金属音。
「はあっ!!」
「‥‥‥」
(速い! 捌くのが精一杯なんですが!!)
アイトは無言で攻撃を捌く。
エリスと離れた1年半の間の努力で魔法なしで声の高さを変えたまま話すことが可能。だが話し方などでバレる可能性があるとアイトは考えた。
アイトはマリアの刀を捌くが反撃は行わない。その攻防がしばらく続いていた。
「なんなのっ! バカにしてるの!?」
「‥‥‥」
アイトは機会を伺っていた。マリアを無力化するための機会をずっと。
するとマリアは攻撃を中断し後方へバク宙移動。アイトから少し距離を空ける。
「どうやら、これを使うしかないようね‥‥‥」
そう言うとマリアの両足の周辺に雷が出現。バチバチと音を立てながら雷が集中的に両足に纏わりつく。そして刀を鞘に納めていた。
「【雷装】!!」
(速いっ!!!!!!)
バチンッ
アイトは両腕に【血液凝固】を発動。だがマリアがもう目の前に迫っていた。マリアは手に雷を纏っていて、鞘から凄まじい速度で刀を抜く。
「【紫電一閃】!!」
「ッ‥‥‥!!!」
僅かに響き渡る鈍い音。
マリアの技を回避できず、左腕を斬られる。アイトは致命傷を避けるのが精一杯だった。口から声のない叫びが上がる。傷口からは血が溢れ出し、床へ落ちる。
アイトは【異空間】から包帯を取り出して巻き付けて止血する。
その処置に隙があるにも関わらず、マリアが攻撃してくることはなかった。アイトから距離を取って小刻みにジャンプしていたからだ。一連の動きの後、両手両足から雷が剥がれる。
(今まで見てきた中で、1番速いかもしれない!!
【血液凝固】でも間に合わなかった‥‥‥!)
アイトが左腕に包帯を巻きながらそんなことを考えていると、マリアが再度刀を構えていた。
「次で仕留める」
マリアが両足に雷を纏わせる。
(だけど、次で仕留めるのはこっちだ。
たぶん勝てる。姉さん、覚悟)
アイトは両腕に【血液凝固】を施す。
マリアが【雷装】の状態で一瞬で距離を詰めようとする。
「!?」
だがその瞬間に、アイトの両手が輝きだす。
「【照明】!!」
「うっ!!」
その直後に凄まじい光。マリアは目が眩みその場に立ち止まる。
(【雷装】は確かにとんでもない速さ。【紫電一閃】は微力の雷で神経を刺激することで刀を抜く速さを増した居合攻撃)
アイトは、技の弱点に気付いていた。
(だからこそ咄嗟の状況に判断できないはず。人の判断能力が、【雷装】で強化された動きの速さに勝るはずがない)
アイトは距離を詰めて目が眩んだマリアの目の前へ。それとアイトはもう一つの予想を立てていた。
それは足に負担がかかるということ。包帯を取り出した際にマリアは攻撃をせずに、小刻みにジャンプし雷を足から逃がしていた。
そこで連続で使用することはできないとアイトは予想する。そして今も【雷装】を発動しているが一度立ち止まった状態。すぐには動けないと判断した。
そして【紫電一閃】は視界が悪いと狙って当てるのは難しい。
「くっそ!!」
マリアが刀を振るがアイトには当たらない。アイトは右手を構えて魔法を発動。
「【ノア・ウィンド】」
その直後には凄まじい轟音。放課後にナンパからルビーを助けた際に使った魔法だった。
【ノア・ウィンド】。
空間魔法で空気中にボールを作り出し、その中で振動魔法と音魔法を幾度にも反射させることでそれぞれの効果を増大。
そして作ったそのボールに幻惑魔法をかけて周囲から見えなくする。相手に当たると轟音と振動が頭を揺さぶり、戦闘続行不可能になる。
だがこの魔法にはボールが空気を移動する際にも凄まじい轟音が発生するというデメリットが生じる。当たった時の半分以下の音だが、それでも周囲にはかなり目立つ。
この魔法はアイトの魔法制御力、魔法の複数同時発動が可能だからこそ成り立つ魔法。本人はお手軽に相手を戦闘不能にできる技が欲しいだけだった。
「ぐぁッッ‥‥‥」
マリアはその場に刀を落として両手で頭を抱える。足がもたつき、やがて意識が落ちる。
「おっと」
崩れ落ちるマリアをアイトは抱き抱え、背中を壁にくっつけて座らせた。
(勝てた‥‥‥バレてない、はず!!)
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同時刻、王都内。
ミアとリゼッタは人目にあまりつかない所で待機していた。
「まさかミアのお人形があんなに壊されるなんて。
またあの意味不明な、《ルーライト》って部隊?
はあ〜、これだからお兄ちゃん以外の生物はゴミ」
(ミア、怖い、怖い)
リゼッタは足をガクガクと震わせていた。ミアはリゼッタのことが眼中に無いため全く気づいていない。
「はぁ〜お兄ちゃん、早く会いたい‥‥‥」
ミアがいつもつけている黒いフードを両手でポフポフ触りながら独り言を呟く。
「うん、レーくん、会いたい」
「は?? あんたの話は聞いてない」
「う、うい」
ミアの圧にリゼッタは足だけでなく体までも震わせる。そんな2人の凸凹なやり取りに、突如終わりを迎える。
「どうもこんにちは」
「うえっ?」
「はっ????」
2人の前に突然現れた謎の女。黒いローブを纏っているため、外見的特徴は身長が高めということしかわからない。
「《ルーライト》が迫ってきている。
それもかなりの手練れ。危険だ。
君たちはもっと安全な所で移動した方がいい」
「は????? 突然現れて何? 意味不明」
「噂、黒い、女?」
リゼッタは心当たりのある情報を口にすると、ミアはやっとリゼッタの方を向いた。
「! 王国に最近現れた黒いローブの女!!
コイツを捕らえればお兄ちゃんが褒めてくれるかも♪
紫女、やるわよっ!!!」
「りょ、かい」
ミアは手に呪力を、リゼッタは毒を纏い始める。だが、戦いはすでに終わっていた。
「ゔっっ‥‥‥」
「み、ミアっ??」
突然ミアがお腹を押さえてその場にうずくまる。相手がいつ攻撃したのか全く気づかなかったミアとリゼッタ。
2人から見ると黒いローブの女はその場から動いた様子はなかった。それにも関わらずミアはその場に崩れ落ちたのだ。
「こんなところで戦えば目立つ。目立つのはダメだろ?
この子はしばらく自分の力で動けない。
安心して。お腹にデコピンしただけだよ。
紫髪の君、この子を連れて離れなさい」
「でこ、ぴん?」
「こ、この女っ‥‥‥殺すっっ。殺してやるっっ‥‥‥」
ミアは小さく叫ぶがお腹を押さえたまま動けずにいた。
「なにを、した?」
「知りたいなら、君も味わってみる?」
「‥‥‥ミア、ごめん」
「ちょっと紫女!? 何してんの離せ!!!」
「君は賢い。良い子だ」
ミアの体を優先したリゼッタは彼女をおんぶしその場を離れる。それにこのまま黒いローブの女の言う通り《ルーライト》の隊員と戦闘になれば圧倒的に不利だと感じたのだ。
黒いローブの女も2人を見送った後にその場を離れるのだった。
彼女が進む方向には、王城があった。