原始的〇〇〇〇かよ
8月。
この2ヶ月間のアイトは姉のマリアにシロアとの関係を質問され、問い詰められ、殴られ、説教され、怒られるなど、特に大したことのない平穏な学園生活を送っていた。
2ヶ月間の《エルジュ》の活動は、王国周辺に魔物が大量に出現した際に《ルーライト》がいなければ対処することくらいしかなかった。ただ1つを除いて。
それは最近噂されている不審者情報について。アイトが医務室で見た女である。黒いローブを纏ったその女が深夜に王都周辺で目撃されている。兵士がどれだけ束になっても捕まえられない。
放課後。
「はあ〜! やっとテスト終わったぜ〜」
「ギル。ちゃんとテストできた?
まさか赤点じゃないでしょうね???」
「お前が徹底的にシゴくから頭から数式が離れんわ!!」
「はあ!? 助けてあげたのに何よその態度!!!」
ギルバート、クラリッサのいつもの口喧嘩をアイトとポーラは眺めていた。
アイトは平均点より少し上の点数をキープ。クラリッサとポーラは平均80点以上。ギルバートは聞くまでもない。とりあえず赤点は回避した。
「あの2人、いつも仲良しですよね」
「ん? あれ仲良しなのか?」
「え、気づいてなかったのですか?
『喧嘩するほど仲が良い』ですよ!!」
(ん〜、喧嘩してる時点で相性良くないんじゃ?)
そんなことを考えていると、クラスメイトの視線が廊下の方に集まる。
「‥‥‥(ハッ)」
薄桃色の長い髪の少女が教室前で待っていたからだ。
「あ、シロア先輩だ。悪いポーラ、また明日な」
「はい。また明日。不審者に気をつけてくださいね」
「そっちこそな」
アイトはシロアと一緒に外に出ていく。ギルバートたちはまだ言い合いを続けているのだった。
「‥‥‥(ゼェ〜、ハァ、ハァ、ヒュ〜)」
「先輩がんばって!」
学園付近の平原。アイトとシロアは一緒にランニングをしていた。
2ヶ月前の魔物討伐体験以降、アイトとシロアは定期的に一緒に体力強化訓練を行うのが日課となっていた。シロアがアイトに頼み込んできたからである。
「‥‥‥アイくん、限界(ヒュ〜、ハァ〜)」
「先輩、あと1キロ!」
「‥‥‥うぇ(ゴホッ、ゼェ〜)」
フラフラで吐きそうになっているシロアを見てもアイトはまだ走らせようとする。昔からランニングは欠かさず行ってきたアイトは体力面に関することには鬼畜になっていた。本人は全く気づいていない。
「先輩!?」
そして1キロ走った後、シロアが平原に昏倒するのだった。
「お疲れ様でした」
「‥‥‥おつ、お、おつかれ(ハァ、ハァ、ハァ)」
「無理に返事しなくていいですよ」
アイトとシロアは平原で隣同士に座っていた。この 2ヶ月の間でシロアは完全にアイトに心を開いていた。
(うん、近くない?)
こうして物理的距離を無意識に縮めてしまうほどに。
「‥‥‥もう少ししたら、任務」
「あ、そうなんですね。それじゃあとりあえず
しばらくトレーニングは無しにしましょう」
「‥‥‥うん」
シロアがすこし寂しそうにしている様子にアイトは気づいた。
「任務が終わったら、またトレーニングしましょう。
この2ヶ月間の成果、見せてあげてください!」
「‥‥‥(フンスっ)」
(よかった。元気になってくれて)
その後。
「お、おに(はぁ、はぁ)」
「あとちょっとです!!」
日が暮れるまでシロアを数キロ走らせまくるアイトだった。
3日後。
「テストも無事に乗り越え、遂に夏休みだぁ!!!」
「ギル、夏休み中は何すんの?」
「そんなのトレーニングに、サバイバルに、キャンプに
決まってんだろ」
「‥‥‥あたしもついてく。それと少しは遊びましょ」
「はぁ? お前毎年ついてくるじゃねぇか。
今さらそんな確認いらねぇっての」
「う、うるさいっ!! バ〜カ!!」
「はあ?」
殴りかかろうとするクラリッサと首を傾げるギルバート。
「‥‥‥私たちは何を見せられてるのでしょうか」
ポーラは見ていられないとため息を漏らし、アイトは手を叩いて『閃いた』みたいなポーズをとる。
「なるほど! この前ポーラが言ってたことが
やっとわかった気がする!」
(つまり、クラリッサはツンデレってことだな)
「‥‥‥アイトくん〜? まさかわかってなかったと?」
「ぽ、ポーラさん? なんで威圧的?」
ポーラがゴゴゴ‥‥‥と聞こえそうなほどのジト目を向けられたアイトは動揺する。
「‥‥‥はぁ。もういいです。
そのうち誰かに刺されて死んでください」
「は、はあ!?」
(ポーラ気づいてる!?
俺がエルジュの代表ってことに気づいてる!?
いやさすがにバレてないよな? だよな???)
ポーラとアイトの中で完全に意見が分かれているが当人たちは全く気づいていない。
「そういえば今回は去年に比べて夏休み長いらしいぞ。
なんでだろうな」
「それは確かに気になるわね」
ギルバートとクラリッサが話題を変える。
それはアイトも少し気になっていたことだった。去年に比べて夏休みが5日ほど長いと学生の中で話題となっていた。
「確かに気になります。何かあるのでしょうか」
ポーラも不思議そうにしている。
「そこまで気にしなくていいんじゃないか?
悪いことじゃない、むしろ良いことだし」
「ま、アイトの言う通りだな。
トレーニングしがいがあるってもんだ!!」
「‥‥‥1日くらい、付き合ってよね」
「クラリッサさん。そこは大きい声で言いましょ?」
「え!? ああ、そういうことだったのか!?」
「アイトくん気づいたの今ぁ!?」
ギルバートたちと別れた後。
アイトはエリスに連絡を受けて『マーズメルティ』に寄っていた。
「どうしたんだエリス? 急に呼び出して」
「すいません。どうしてもお話しておきたいことが」
メイド服姿のエリスが紅茶を出しながら話す。
アイトの右隣はミアが占拠しており、左隣には。
「あるじ〜‥‥‥zzz〜」
「なっ!?」
「アクア?? なんでここに?」
メイド服を来たアクアが歩いてアイトに接近、そしてもたれかかって眠っていた。ミアは思わず驚愕の声を漏らす。
「アクアには霧状にした水を店の周囲に
今も撒いてもらってます。
そして店内では空気に飛んでいるわずかな水分の
温度を下げてもらってます。
アクアは気温調節に1番適しています」
「原始的クーラーかよ」
「え?」
「いやなんでもない」
水のスペシャリストのアクアは寝ながら水を制御することが可能である。
「zzz〜」
「あはは〜‥‥‥」
「ミア、おちつき」
カンナは近くの椅子に座って苦笑いを浮かべ、リゼッタはこれから起きることを予測して震えている。
「青髪女!! お兄ちゃんから離れろ!!!」
「zzz〜」
「このっ!!!!」
ミアが呪力を体に纏った瞬間。
「「「!!?」」」
「ミア? レスタ様に話しがあるので少し黙って」
エリスが勇者の魔眼を輝かせ【魔戒】を発動しようとしていた。その予兆で店の中を緩やかな風が舞う。
可愛らしいメイド服を着ているはずなのに、今は立派な勇者に見えないアイトたち。
(こわっ!!!!!)
アイトはポーカーフェイスを保ちながら内心死ぬほどビビっていた。
「‥‥‥ウザっ」
ミアは呪力を抑えてアイトの腕にしがみついてエリスから視線を逸らす。ミアはそれで渋々了承した。アイトの了承はもちろん取っていない。
「zzz〜」
そしてこの一連の間、眠り続ける強心臓ことアクア。
「それでは報告します」
同じく強心臓のエリスはそれを無視してアイトに話しかける。
「まずは最近話題になっている、
黒いローブを纏った女の件です。
どうやら4ヶ月前に手配された私だと
思われているようです」
「確かに4月にユリアを城に返した時に
エリスはそんな格好してたな」
4ヶ月前。ユリア誘拐事件の際に救出したユリアを返しにグロッサ城へ潜入した時、エリスは黒いローブを身に纏っていた。
「このまま放置していると厄介な事件につながるかも
しれません。必ず対処します」
「わかった」
「次の件です。レスタ様。
学園の夏休みが去年より長いのは知ってますか?」
「ああ。確か5日ほど長いって」
「そのことですが、どうやら明確な理由があるようです」
エリスはアイトを見つめながら口を開いた。
「ルーク王子の婚約者候補が、王国に来るそうです」