必ず後悔する
「‥‥‥何か飲み物、買ってくる。【メタ】」
「あ、俺は別に大丈夫でうえっ!?」
アイトが引き止める前にシロアがどこかに転移してしまう。
(‥‥‥とりあえずここでシロア先輩が戻るのを待つか)
「こんにちは〜♪」
「!?」
眠そうに指で目を擦ってぼんやりしていたアイトの前に、黒いローブを着た人が立っていた。声からして女性だと無意識に判断する。
(いつの間に!? それにどうやって!?)
「お〜い、返事してくれよアイトくん」
アイトは相手の声に反応できずにいた。そこで更なる追い討ちをかけられることになる。
「それとも、レスタと呼んだ方がいいか?」
「なっ!?」
「あー安心しろ。誰にも話すつもりはない」
(なんで正体がバレてる!? どうやって知った!?)
わざわざ面と向かって話されたからには、とぼけても無駄だとアイトは感じ取った。
「どこからそんなことを知った?」
「それはナイショ。まあ、そんなことより」
「なんだよ??」
「お前は嫌々、組織のトップやってるだろ?」
「!?」
「自分が望んでもないのに大役を任されたのは
納得いかないだろう。その気持ちはわかる。
だが、これだけは言っておく」
女は深呼吸をして続きを述べた。
「嫌々やってても、組織のトップはトップだ。
良いか、後悔だけはするな。
今の考え方のお前は必ず後悔することになる。
それも、死にたくなるくらいに」
「‥‥‥勝手に現れたと思ったら好き勝手言いやがって。
お前は一体誰なんだよっ!!」
アイトは右手を握りしめて立ち上がり、女にパンチを繰り出す。明らかに不審者の格好をしていたため正当防衛になると判断したからだ。
だが近づいた瞬間にアイトが気づかないうちに自分の後ろに回り込まれていた。すると医務室前の床が輝き出し、魔法陣が浮かび上がる。
「そろそろ時間か。それじゃあまたなアイト。
気をつけろよ。私と同じ道を辿らないようにな」
「だからいったいなんだ!! ‥‥‥え?」
アイトが後ろに振り返った時には女はいなくなっていた。
(なんだ‥‥‥? 疲れて幻覚でも見てたのか??
今の考えだと後悔するって、なんだよ‥‥‥)
「‥‥‥アイくん?」
「うおわぁぁ! シロア先輩!!」
耳元で聞こえたシロアの声に反応して叫ぶ。シロアは以前に書いた医務室前の魔法陣を使って転移したのだ。
「‥‥‥どうしたのっ?」
「いや、なんでもないです」
シロアには言わず、そのまま椅子に座るのだった。
こうして魔物討伐体験は終わりを迎える。
後日、上級魔族を討伐したシロア・クロートは学園から表彰される。
「‥‥‥(ふるふる)」
またしても目立つことになった彼女は表彰される際にビクビク震えていた。
そして後日、王都に黒いローブを着た不審者が出没しているという情報が広まっていくことになる。
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1年生の魔物討伐体験の翌日。
「よっアイト!! ケガ大丈夫だったか!?」
「怪我してる方の肩に手を置くのやめて!?」
ギルバートに手を置かれ痛みで大声が出てしまうアイト。
「それにしてもまさかあのシロア・クロート先輩と
協力して上級魔族を倒すとはね〜。驚きよ」
「クラリッサ?
俺がいつシロア先輩と一緒に戦ったと言った?」
「私やギルの前でとぼけなくてもいいわよ。
強いこと知ってるんだから。
そのケガも戦いの最中にできたものでしょ?
アンタたちが相手した魔族、かなりの上級魔族
らしいわよ。生徒はもちろん、《ルーライト》ですら
1人だと苦戦するレベルだと聞いたわ。
正直に話しなさい? 誤魔化すのは無しよ」
クラリッサの謎の圧力を感じたアイトは降参とばかりに両手を上げる。
「‥‥‥わかったよ。シロア先輩と一緒に戦った。
このことは他の人に絶対言うなよ?」
「もちろん! ねえギル?」
「もちろん言わねぇ。友達だからな」
「2人とも‥‥‥」
「でもポーラには知られちゃったわね」
クラリッサは隣にいるポーラの肩に手を置く。
「あの‥‥‥アイトくん、やっぱりすごい人なんですね」
「あっ!!!」
(そういえばポーラにはバレてなかったんだ!)
「‥‥‥ポーラさん? 俺には多くの事情があるので
他の人には言わないで頂けると‥‥‥」
「もちろん言いません! と、友達ですから!
昨日は助けてくれてありがとうございました!」
「ポーラ‥‥‥どういたしまして」
「それじゃ、今から昼飯でも食いながら
『時の幻影』との共闘を話してもらおうか!」
「声でかいわ!」
「それいいわね。すっごく興味ある」
「わ、私も興味あります!」
「え〜‥‥‥わかった。でも人目ない場所がいいから
昼休みじゃなくて放課後とかでもいいか?」
「確かにそうだな! それじゃあ放課後ってことで!
今は昼飯食いに行こうぜ!」
アイトたちが食堂へ移動を始めようとしたとき、クラスメイトが教室に来た訪問者を見てざわめき始める。
「‥‥‥(はあっ、はあっ)」
(あれ、シロア先輩?)
教室の入り口付近にいたのはシロアだった。
「おっ!! 噂をすれば来たぞ!」
ギルバートが嬉しそうにニカッと笑う。
「‥‥‥(キョロキョロ、ハッ)」
シロアは教室の中を見回す。その途中でアイトと目線が合ってそのままシロアの目線が止まる。
「? 俺?」
スタスタ、ガシッ。
シロアはアイトに歩いて近づき腕を掴む。
「ど、どうしました先輩?」
そしていきなり腕を掴まれたことに何となくデジャヴを感じるアイト。
(ま、まさか)
「‥‥‥ぼそっ(【メタ】)」
アイトの予想は的中。シロアとアイトが教室から姿が消えるのだった。
「? こ、ここって‥‥‥?」
アイトの視界に入ってきたのはとある部屋の前。
辺りを見渡すと近くに部屋があり、廊下が続いている。
(ま、まさかここって‥‥‥)
「女子寮!?」
「‥‥‥うん」
アイトの声にシロアが声を出して答える。
「ってことは、この目の前の部屋って」
「私の、へや」
その声に、アイトの思考は停止した。
「‥‥‥いらっしゃいっ」
シロアの目が活き活きしている。
「お、おじゃましま〜す」
アイトは玄関で靴を脱いでシロアの部屋の中に入っていく。
シロアの部屋は白を基調としていて、ベッドには数個のぬいぐるみが置かれている。
部屋自体は本人のイメージとすごく合っていたがこの部屋を初めて見たアイトは面食らう。
(ここがシロア先輩の部屋か〜)
ぼけ〜っと現実逃避するくらいだった。
「じゃなくて! 急にどうしたんですか?」
「‥‥‥お話したくて。アイくんと」
シロアは顔を真っ赤にしてアイトを見つめる。
「‥‥‥なるほど。ではなぜここに?」
(平常心だ平常心!!)
「‥‥‥人目があると、緊張して話せないから」
「‥‥‥そうでしたね。わかりました!
でもお昼ご飯ないので何か買ってきていいです?」
「‥‥‥(ハッ!)」
(先輩も食べるものないのか‥‥‥)
シロアの反応で色々察したアイト。恐らく思いつきで呼んだのだろうと。するとシロアがアイトの手を掴む。
「‥‥‥【メタ】」
「ちょっ!?」
今回はシロアの声がアイトに聞こえる。そして次の瞬間には王都の店に着いているのだった。
「いだだきます」
「‥‥‥いただきます」
(結局シロア先輩の部屋に戻ってきてしまった)
何気に昼休みに学園外に出たのは校則違反だが意識はそっちに向いてなかった。
「‥‥‥(もそもそ)」
シロアは買った焼き立てパンを小さい口で少しずつ食べている。
(小動物みたいだ)
アイトはパンを食べながらそんなことを考えていた。
「‥‥‥アイくん」
「ん? どうしました?」
「‥‥‥急に連れ出して、ごめんなさい」
(え!? 今さら!?)
申し訳なさそうに言うシロアに思わずツッコミを入れてしまうアイト。
「いえいえ! 俺は全然大丈夫ですが!
次からは事前に言っていただけると助かります!」
「‥‥‥次っ。ん、わかった。そうするねっ」
ポワポワといった雰囲気を出し始めたシロアを見て一息つく。
(ホッ、元気になってくれてよかった)
「‥‥‥それじゃあ、また誘っていいっ?」
「よろこんで!
あと先輩がよければ俺の友達もご紹介します!」
「! ‥‥‥ありがとうアイくんっ」
シロアが嬉しそうに一瞬だけ微笑む。こうして昼休みが過ぎていく。
‥‥‥はずだった。
「‥‥‥(ぽわ〜)」
(先輩!?)
アイトは驚かざるを得なかった。
シロアが食事を済ませた後、自分のベッドでゴロゴロし始めたからだ。
(イメージが!? 俺の中での先輩のイメージが!?)
「‥‥‥アイくん、肩大丈夫?」
「え? ああ、はい。大丈夫ですよ。
しばらくは過度な運動は禁止ですけど」
「‥‥‥よかった」
(いやベッドにひっくり返った状態で言われると
気になって内容が入ってこないです!!)
「あ、そろそろ時間ですね」
部屋の時計を見ると次の授業が始まる5分前だった。
「‥‥‥(しゅん‥‥‥)」
「ど、どうしました?」
「‥‥‥次の授業、体術」
シロアの目に光が灯っていない。一点を見つめて微動だにしない。
「ああ〜‥‥‥」
色々察したアイトは反応に困る。
「‥‥‥天国の時間から、地獄へレッツゴー‥‥‥おー」
(先輩のテンションがバグり始めた!?)
余計に反応に困る。
「が、がんばりましょう! 応援してますから!」
「‥‥‥ありがとう。うん、がんばるっ(フンスッ!)」
(チョロっ!? 先輩あまりにもチョロいです!)
シロアへのイメージがかなり変わってしまった昼休みに終わりが近づき、アイトは立ち上がる。
「そ、それじゃあ早く次の授業に向かいま」
「‥‥‥(ごろごろ)」
「先輩!?」
シロアは数分間部屋から出るのを渋ったのだった。
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同時刻、エルジュの本拠地。
会議室でエリス、メリナ、ラルドが話をしていた。メリナは学園を休んで出席していた。
「今回の騒動でアクアとカイルがそれぞれ下級魔族を
討伐し、レスタ殿が上級魔族を討伐したと」
「うん。私は一年生たちの護衛で別行動だったけど、
ミストから聞いたから間違いない。
まあ、代表は『ルーライト』の最年少隊員、
シロア・クロートと2人で討伐し、
その際に怪我をしたらしいけどね」
「なに? いくら一匹で一国を滅ぼすと言われる
上級魔族といえど、レスタ殿なら1人でも余裕だろう。
なぜそんなことをしたのだ。しかも怪我まで負って」
ラルドが疑問を口にするとエリスが立ち上がる。
「恐らく、それが最善だったからだと思います。
話を聞けばレスタ様は変装をせず、学生服を着たまま
戦ったそうです。だからその場に鉢合わせた
シロア・クロートは同じ学園の先輩として
協力してくれたのでしょう。
もし変装した状態で彼女に会っていたら敵対され、
事態が悪化していたと推測できます」
アイトの実力については全く述べられていない。3人とも全く疑っていなかった。
「‥‥‥なるほど。その事を見越してレスタ殿は
変装せずに手加減して戦ったというわけだな。
そして怪我を負うことによって同情心を煽り、
その少女と友好関係を築いていくことで
《ルーライト》の情報に探りを入れる。
さすがレスタ殿。抜かりがいっさい無いな」
「でも‥‥‥作戦とはいえ怪我を負われるのは
私は嫌です。もしまたそのような作戦を
実行されるのであれば、私が防ぎます」
「うん。わざわざレスタ殿にそこまで無理をしてもらう
必要はないね。エリス、私も賛成だ」
「メリナ‥‥‥ありがとう」
「その通りだ。2人とも、これからも頼む」
こうして3人での会議が終わる。アイトの知らぬ所で誤解がますます加速していくのだった。