『I・U作戦』‥‥‥その全貌
アイトがシロアに耳打ちで話した作戦はこうだった。
『あ』と言えばその直後にシロアが転移。『い』と言えばシロアは何もせず待機。まずはこの2通りで魔族を翻弄しダメージを与えていく。
だが当然、魔族に気付かれると考えたアイトはさらに追加でルールを作った。
それは『う』。『う』と言えばその直後にシロアは転移。それは『あ』と変わらない。だがこの後が変わる。
『う』と言った後の次の指示は『あ』と『い』のどちらが来ても転移せず待機。
名付けて、『I・U作戦』。センスのかけらも無かった。
だがアイトが考えたこの作戦は確かに魔族に効いていた。
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アイトは力強く剣を押し込むが、魔族は倒れない。
「ぐっっ!! ‥‥‥残念、ハズレだ!」
(クソっ!! 心臓どこにあるんだよ!)
悔しそうに歯を食いしばるアイトとは対照的に、魔族は好戦的に笑っていた。
「死ねっ!!」
アイトの剣が左胸に刺さったまま、魔族は爪を振り下ろす。
「‥‥‥っ!」
「くそっ、小癪なっ!!」
「先輩っ!!」
すると、シロアが2人の間に転移し、魔族を蹴飛ばす。魔族はアイトの剣が抜けて後方に吹き飛ぶ。
ドサッ。
「シロア先輩っ!!」
だがその直後、今度はシロアが地面にうつ伏せで倒れ込む。
「‥‥‥(ゴホッ、ハァッ、ハアッ)」
(体力の限界か!!)
ついにシロアの体力が限界を迎える。これでまともに動けるのはアイトのみ。だがアイトも左肩の出血により左腕が痺れて動かせない。
「まずは貴様だ!! 小娘がっっ!!!」
魔族が倒れているシロアに接近する。
(クソッ! 出血が多くて【血液凝固】が使えない!)
『血液凝固』は全身の血液を少しずつ強化する部位に集めるため、一定量の出血を超えると使えなくなってしまうのだ。
「こっちだ!! 単純な作戦に引っかかる馬鹿魔族!!」
アイトがシロアと魔族の間に割り込む。
「黙れ! 貴様から殺してやるわ!!」
アイトは右手の剣を振りかぶる。魔族は爪で襲いかかる。
「!?」
「かかったな‥‥‥!」
魔族が驚くのも無理はなかった。
アイトは振りかぶった剣をそのまま地面に突き刺したのだ。
魔族の右手の爪はアイトの左胸付近に届いたが、薄い壁のようなものが服の上に現れていて爪を防いでいた。アイトの左胸に爪は届いていない。
アイトは自分の左胸付近に硬化魔法をかけていた。得意ではない硬化魔法の練度はイマイチだが圧縮することで、服の上にできた薄い障壁が爪をなんとか弾いたのだ。
アイトは散々自分が相手の心臓を狙っていたから相手も意趣返しで心臓を狙ってくると予想していたのだ。
「くらえっ!!」
アイトは硬化魔法で固めた自分の右手で魔族の腹を殴る。
魔族は腹を押さえて膝立ちになる。
(いまだ!!!)
アイトは地面に刺した剣を右手で抜き、今度こそ魔族に向かって横薙ぎに振りかぶる。
「っああああ!!!」
「ぐっ、貴様!?」
アイトが狙ったのは首。どこにあるかわからない心臓を狙うよりも確実だと思ったからだ。魔族の首の左側に剣を立て強く押し込む。
「ああああっっ!!!」
ほんの少しずつ魔族の首が切れていく。だが思ったよりも刃が進まないことにアイトは焦っていた。
(硬いっ!? コイツの身体どこでも硬ったい!!
魔族だからか! 片手だと押し切れないっ!!)
やがて魔族が左手でアイトの剣を掴む。
「惜しかったな小僧! 反省はあの世でするんだな!」
(このままじゃ‥‥‥勝てない!!)
アイトが必死に次の手を考えていた瞬間。
「‥‥‥(ゼェっ、ハアッ、っ!!)」
「この、小娘がぁぁ!!」
「シロア先輩!!」
転移で魔族の隣に現れたフラフラ状態のシロアが棒で魔族の左腕をめった打ちにする。魔族の左腕がブランと垂れ下がる。
抵抗が弱まったため徐々に首が切れ始める。
「‥‥‥(フンスッ!!)」
キィィンッッ!
さらにシロアがアイトの隣に転移し、両手で握った金属棒でアイトの剣を押し込んでいく。首が切れる速度が確実に早くなる。
「うああああっっ!!!」
「‥‥‥っっっぅぅ!!!」
「我が、我ら魔族が貴様ら人間如きにーー」
魔族の声は2人には届いていなかった。
ズバンッッッ!!!!
魔族の首と胴体が離れていく。
「うおっ!?」
「‥‥‥(ズサーッ)」
アイトは急に剣が空を切ってバランスを崩し、体重を乗せていたシロアはそのまま前のめりに倒れる。
アイトは魔族の状態を確認する。魔族は首が切れた直後に絶命していた。
「やった!!!! やりましたよ先輩!!」
「‥‥‥(ゼェ〜、ハアッ、ハアッ‥‥‥フンスッ!)」
疲労困憊の2人はその場に座り込んだ。
「‥‥‥(ハッ! オドオド)」
シロアは突然何かに気づいた様子を見せると周りを警戒し始める。
「あ、もしかして他に魔族がいないか警戒してます? 安心してください。他はギルドの方が倒してくれました」
「‥‥‥(! ホッ)」
(なんだ、何考えてるかわからないと思ったけど、
ちゃんとわかるじゃん)
アイトはシロアを見ながら過去の自分を叱ったのだった。
こうして、2人は上級魔族を討伐した。