この方法しかない
「クロート先輩!?」
「‥‥‥(ハッ、コクッ)」
名前を呼ばれたシロアは振り向きアイトがいることに少し驚いき、やがて頷く。
彼女には緊急任務が課せられていた。
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シロア・クロートは食堂を出た後、学園長室に移動した。
「シロア・クロートくん。頼みがある。
魔族を討伐してくれ!!」
「‥‥‥」
「今日、1年生がギルドと合同で魔物討伐体験を
行ってることは知っているな?
そのエリア付近の森で魔族が2匹現れたと報告を
受けている。そしてそこに生徒もいる可能性があると。
このままでは我が生徒たちが危険な目に遭う!
《ルーライト》の中で今日学園内にいるのは
君だけだ。だから、頼むクロート君!!」
学園長が頭を下げる。シロアは無表情のままだった。
「‥‥‥(コクッ)」
「本当か!! 感謝する!! もちろん午後からの
授業は公欠扱いにしておくから安心したまえ!
ではシロア・クロートくん。準備でき次第
向かってくれ!」
「‥‥‥(コクッ、ペコッ)」
シロアは頷き一礼して学園長室を後にする。
シロアは自分の部屋に戻って学園の制服から《ルーライト》の騎士制服に着替えグローブを両手につけ、警棒と似た形の金属製の棒をベルトの金具に固定する。
「‥‥‥(すぅ〜‥‥‥フンスッ!!)」
シロアは深呼吸してから拳を握りしめて何かを決意した後、頭の中で『設定』していた森付近の魔法陣に照準を合わせて魔法を発動する。
「‥‥‥ボソッ(【メタ】)」
シロアは偶然にもアイトがいた付近の魔法陣へと転移するのだった。
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シロアは魔力の通した自前のペンで魔法陣を書くと、遠い場所からでもその場所に転移することができる。そして書いた魔法陣が見えるのはシロア本人のみ。転移に反応して魔法陣が輝くまではシロア以外に見つけることができない。
以前、森を訪れた際に魔法陣を書いておいたため転移することができたのだ。
「な、なんだ貴様!? どこから現れーブハッ!!」
魔族の発言はシロアの棒攻撃により最後まで言えなかった。
近い位置への転移は魔法陣を必要とせず、ほぼ無条件で転移可能。
「ガッ! グッ! ゴァッ!!」
「‥‥‥」
棒で殴ったら転移で相手が吹き飛んだ方へ先回りしてまた棒で殴る。それの繰り返し。至ってシンプルな戦闘スタイル。魔族が体勢を整える暇すら与えず、1秒の間に数発殴る。たまに逆の素手でも殴る。それを数十秒間続けていた。
(やっば!! フルボッコじゃん!
先輩つっよ!! これが『時の、なんとか』!
精鋭部隊最年少の天才少女か!!
うん絶対敵に回したくないっ!!)
アイトは思わずその光景に見入っていた。もはや最適化されたコンピュータの計算処理と言ってもいいとアイトは感じていた。
そしてシロアの異名を忘れていたアイトである。
「あ、あのぉぉぉ!!!」
「!?」
声をかけられて驚くアイト。背後に現れたのはアクアを抱えたミストだった。
「2人とも、無事ーー」
そう言いかけてアイトは口を止め、また話しかける。
「ギルドの方ですか!
すいませんがこの子をお願いします!
少し離れていてください!!」
「! ‥‥‥ぁ。わ、わかりましたぁぁ!!」
アイトはポーラを地面に下ろす。
アイトが話す内容を変えたのは近くにシロアと魔族がいるため。『エルジュ』の代表としての会話は聞かれたくなかったからだ。
ミストがアイトの意図を理解して寝ているアクアを右肩に、寝ているポーラを左肩に担いでアイトたちから距離を取り始める。
アクアとポーラはどちらも小柄のためミストでもなんとか持ち上げることができた。ミストは意外と力持ちであった。
「zzz‥‥‥ぃった。痛くて起きちゃう最悪。
‥‥‥あ。おーいあるじー」
「はいはいあるじですよぉぉ!!!」
空気を読まないアクアは絶対に今してはいけない呼び方をして手を振る。その手を掴んで咄嗟にフォローするミスト。
「それだめですぅ!! アクア静かにっ!!
今こそ寝ててくださいよっっ!!」
「そっちが静かにしろぉ〜あるじー」
「私があるじでぇすぅぅぅ!!!」
(何言ってんだあの2人)
アイトは遠い目でミストが2人を抱えて離れていく様子を眺める。
(‥‥‥大丈夫なんだろうか。いや大丈夫か。
クロート先輩がすぐにあの魔族を倒してくれるし、
その後は俺が先輩と一緒に集合場所に
行けばいいだけ。移動を含めると
あと20分以内にここを出発すれば間に合う)
アイトは後の計画を進めながら思考していると。
ドサッッ。
何かが倒れる音がする。
(もう終わったのか。ミストたちを遠ざける必要
なかったな。さすが‥‥‥!?)
「先輩!?」
倒れていたのはシロアだった。
(なんで!? めちゃくちゃ圧倒してたのに!!)
シロアはうつ伏せで倒れたままピクリとも動かない。
「やってくれたな小娘!!!」
そこに散々殴られて怒った魔族が迫る。
『レスタさん!』
緊急事態の時にオリバーからの通信。
「何だ!?」
『レスタさんのクラスメイト2人がどんどん目的地に
近づいてます!! 間に合いそうですか!?』
突然に衝撃の連続。余裕だと思っていた計画が一気に頓挫していく。
「後でかけ直す!!」
(なんでこんなに急展開!?)
バチンッ。
アイトは両足に【血液凝固】を施す。その足で走り、一瞬で魔族との距離を詰める。
「ッラァ!!」
「ぐぬっ!?」
今度は右手で魔族を殴り飛ばす。だが魔族はやがて体勢を立て直す。
(タフすぎん!? あれって上級魔族か!?)
「先輩すいません失礼します!」
アイトはシロアを抱き抱え走り出す。お姫様抱っこにもそろそろ慣れてきたアイト。
「小僧!!!!」
「危なっ!!」
レーザーの連続攻撃がアイトを襲う。アイトはそれをシロアを抱えていた状態で前方向に跳躍して回避し地面に着地した。
「先輩!! 大丈夫ですか!! どこかケガでも!?」
アイトはシロアを心配する。そしてシロアが倒れた原因がすぐに判明する。
「‥‥‥(ゼェ〜、ゼェ〜、ハアッ、ゼェ〜〜)」
(‥‥‥‥‥‥バテてる!?)
シロアは、体力がなかった。
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シロアは『時の幻影』と称されるほどの瞬発的火力と実力で学園の生徒たちにとって憧れの存在だった。
その印象はどんどん強まっていきシロアの弱点には誰も気づかなかった。
体を動かす授業では吐きそうなほど苦しんでいるシロアだが限界が来るまでは気合いで表には出さない。いつも通りの無表情を必死に取り繕う(冷や汗は全く収まっていない)。そのためクラスメイトに気づかずにこれた(なぜかバレない)。
《ルーライト》のメンバーは彼女の弱点を知っていた。これまで共に任務を遂行してきた中で知った。
マリアは『それがギャップよ!! 可愛すぎる!』とフォローしてくれていたがシロアはとても気にしていた。
だから強敵と戦う際にシロアが1人で戦うことはまずない。バテて身動きが取れなくなってしまうからだ。
しかし今回はシロアを除く《ルーライト》の全員が任務でいない。そして現れたのはかなり強いと言われる魔族。
シロアは絶対に体力が尽きるまでにブチ倒そうと自分の部屋で固く決心して戦いの場に現れたが、結果はご覧の有り様。後輩のアイトに助けられていた。
「先輩! 大丈夫ですか!」
「‥‥‥(はぁっ、ゼェっ‥‥‥ハッ)」
シロアはアイトに話しかけられるまで自分の秘密がバレて助けられていることに気付いてなかった。
「‥‥‥(フンッ!!)」
「ちょ、ちょっと!? なんで手で押し除けようと
するんです!? 今魔族の攻撃も避けてますから
嫌かもしれないですけど勘弁してくださいって!!」
シロアは離してもらうためにアイトの頬を必死に押しまくる。アイトは変顔しているかのような表情で反論した。
その攻防(魔族の攻撃を避けるよりもシロアの押し除けの方が苦労した)が1分ほど続いた頃。
「‥‥‥」
「うぇっ!?」
シロアは呼吸が落ち着いたため転移で離れてアイトの近くに移動する。
「ちっ!! 素早いやつめ!! そろそろ死ねえ!!」
「先輩目を瞑って!」
「‥‥‥(! ぱちっ)」
咄嗟に言われたシロアが目を必死に閉じる。
「【照明】!!」
「!? め、目が!!!」
【照明】で魔族を目を眩ませることに成功したアイト。魔族は目を抑えて苦しんでいる。
「‥‥‥(!)」
「先輩待って!!」
シロアが転移しようとしていたことを直感で感じとり彼女の腕を掴む。
「今1人で行ってもさっきと同じことになりますよ!」
「‥‥‥(むすぅっ)」
「拗ねないでください!?」
シロアは自分の秘密がバレて、しかも助けられたことでみんなが思う自分のイメージが崩れてしまうかもと考えていた。
(俺は早く1年生が集まってる場所に行きたいけど
あんなの見たら先輩を放っていけないし、
このまま先輩を連れて魔族から逃げられたとしても
もっと拗ねられてそのことが姉さんに
伝わり生き地獄を見る‥‥‥すなわち死。
だからもうこの方法しかない!!)
「先輩!!」
「‥‥‥」
アイトは無表情で見てくるシロアに意を決して伝える。
「2人で戦いましょう!!」