複雑な心中
「あんな強い人に気に入ってもらえて、本当によかったね?」
「文句があるならジャックさんに言ってくださいよ‥‥‥」
アイトは眉を下げ、肩を脱力させて息を吐く。
隣を歩くルーク・グロッサに、笑顔で責められているからだ。
「それだよ、それ。僕がずっと気になっていたこと」
「‥‥‥え?」
足を止めたルークに、何かを指摘される。
アイトは困惑しながら同じように足を止め、彼を見つめていた。
「本当に不本意だけど、君は形だけでもステラの婚約者なんだ。だから君は、僕の義弟ということになる」
「うぇっ‥‥‥」
「今、露骨に嫌そうな反応したね?」
アイトは超速で首を横に振って、さっきの失言を必死に誤魔化す。
「まあ、いいや。話を戻そう。本来なら関わる機会も少なかったはずの僕たちが、今はこんなにも密接に複雑な関係性となってしまっている」
「なんか誤解を生みそうな言い回し、本当にやめてくださいね???」
アイトは真顔で言葉を返すが、ルークが華麗に無視して話を続ける。
「‥‥‥だからせめて。その敬語くらい崩してもらわないと、僕だって気疲れする。せめて2人きりの時は、もっと馴れ馴れしく話してほしい」
「また誤解が生まれそうなことをっ!!」
アイトは過剰に反応して狼狽える。だがルークが真顔で佇み、何かを待ち続けている。
やがてアイトは大きく息を吐いた後‥‥‥少し躊躇いながらも口を開く。
「‥‥‥分かったよ、ルーク。これでいいか?」
そして、少しだけ歩み寄ろうという姿勢を見せた。その言葉を聞いて、ルークが目を丸くする。
「ーーー呼び捨てにしろとは言ってないんだけど?」
「いい加減にしろやっ!!?」
こうして、複雑な心中を抱える2人の仲は‥‥‥少しだけ改善した‥‥‥のかもしれない。
グロッサ王立学園、生徒会室。
王都で起こった騒動の影響で、まだ学園は再開していない。
「今となっては、完全に私的利用だね」
「今やあの人が生徒会長ですもんね‥‥‥」
アイトは真ん中に置かれた複数のソファに座り込む。
すると向かいに座った前生徒会長‥‥‥ルーク・グロッサが眉を下げて口を開く。
「はい、敬語。約束は守ってよ?」
「‥‥‥今やあの人が生徒会長だからな」
アイトは嫌々言い直して、深く座り込んで目を細める。ルークとの会話に、少し嫌気が指している。
「君の言う事も理解できるよ。どう考えても学園を良くしようとか、考えてなさそうだからね。正直、立候補したのも驚きだったよ」
ルークが苦笑いを浮かべながら、少し懐かしむように目を細める。アイトの嫌味などお構いなしに。
「でも彼女は‥‥‥背負った責任を投げ出さないから大丈夫でしょ。それに、間違いなく面白いことをしてくれそうだし」
「あんたはもうすぐ卒業だから、そんな事が言えるんだよ‥‥‥」
アイトは素直な感想を直球でぶつけた。その反応が面白かったのか、ルークが意地の悪い笑みを浮かべて足を組み替えている。
「君たちの学園生活、これからどうなっていくか楽しみで仕方ないよ」
「はいはい、そうですか」
「こら」
「ああ、そうかよ‥‥‥」
アイトは思わず舌打ちしそうになりながら、視線を逸らして再度呟く。
ちなみに、2人がこうして生徒会室にいるのは‥‥‥雑談しに来ているわけではない。
「ーーー生徒会長である私を差し置いて占拠するとは、大した度胸だな」
勢いよく扉を開けて入ってきた‥‥‥彼女たちと話をするためだった。
「スカーレット先輩‥‥‥腕はもう大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ。絶対安静にしてれば治るそうだ」
「それ大丈夫じゃないですよね!?」
アイトは颯爽と隣に座ってきた生徒会長‥‥‥スカーレット・ソードディアスに声を出す。
「あぁ‥‥‥アイトくんのお隣がっ」
「どこに座ればいいですか」
「こんなの好きに座ればいいでしょ」
1年Bクラス、アヤメ・クジョウ。
1年Aクラス、ジェイク・ヴァルダン。
1年Aクラス、システィア・ソードディアス。
アイトとは別のクラスの友人が、室内へと入る。別に、アイト自身は驚いていない。
「ーーーこれって、何の集まりなんだよ‥‥‥」
「私に分かるわけないでしょっ」
「わ、私にも分かりませんっ」
「‥‥‥‥‥‥」
そして、新たに別の4人が扉の外で困惑していた。
1年Dクラス、ギルバート・カルス。
1年Dクラス、アヤメ・クジョウ。
1年Dクラス、ポーラ・ベル。
1年Dクラス、ユニカ・ラペンシア。
「君たちも中に入って座ってくれ。ちゃんと全員座れるように用意しておいたから」
アイトと同じクラスの友人たちが、ルークに促されながら室内へと入った。
そして、最後に入ったユニカが‥‥‥内側から鍵を掛ける。
「これで、呼んでいた全員が集まったね」
こうして、アイトたち10人が‥‥‥生徒会室で一堂に会した。ルークが司会進行のように颯爽と話し出す。
「君たちに集まってもらったのは‥‥‥もう、大半が分かってるよね」
ルークの問いかけに、皆が何も言わずに佇む。
アイトは思わず視線を下げて俯き、これからの話を甘んじて聞く姿勢に入る。
「ーーーアイト・ディスローグと『天帝』レスタは同一人物だ。この秘密を、他には絶対にバラさないようにしてほしい」
ルークが、ついに本題を切り出した。
アイトは俯いたまま、口を閉じて黙り込んでいる。少しの間、居心地の悪い静寂が訪れる。
「「うぇぇぇぇぇぇっ!?」」
だがそんな空気をぶち壊す絶叫が2つ響き渡る。
「あ、ああアイトくんがっ!?」
「そ、そうだったの!?」
その声の主は、ポーラとアヤメだった。
アヤメに至っては、今まで何度かアイトの力の一端を見ている。その上で、こんな反応をしている。
まさに、盲目。
「‥‥‥はぁ、そんな話? 身構えて損した」
「同感だ。彼が只者では無い事など、とっくに分かりきっている。それに、あのマリアさんの弟だからな」
対照的に、淡々と言葉を漏らしたのはシスティアとジェイク。
「まあ、俺も似たような感じだな。今さら驚きはしねえよ」
「私も。明らかにDクラス、いや学生の域を超えてるし」
続けて、ギルバートとクラリッサが納得したように呟く。やはり、力の一端を見てきた者からすれば‥‥‥特に驚くような事では無かったのだ。
「話が早くて助かるよ」
ルークがどこか嬉しそうに微笑むと、少し身を乗り出して口を開く。
「知ってると思うけど、彼はグロッサ王国において‥‥‥必要不可欠な存在だ。彼の正体に関する情報は、全て国家機密となる」
「だから他者に話すなって事ですよね? そんなの言われなくても話しませんよ」
彼の話を聞きながら、システィアが呆れた様子で言葉を返す。『どうでもいい』と、顔に書いているようだった。
「いや‥‥‥君たちが思っている以上に、この話は王国にとって重要な取引だ」
「‥‥‥取引?」
皆の気持ちを代弁するかのように、システィアが即座に聞き返す。
「ああ。これから君たちには‥‥‥誓約書にサインしてもらう。そのために、君たちをここに呼んだんだ」
ルークの一言は、この場にいる1年生たちを困惑させるには充分過ぎた。誓約書という縛りが重そうな言葉を、気にするのは無理も無い。
「‥‥‥‥‥‥」
そして、アイトは終始何も言えなかった。自分が招いている今の状況で、皆に話せる事など無かった。
(俺自身が‥‥‥王国の平穏を壊す存在なのかもしれないな)
無意識に、膝の上に置いた両手に力を込める。平穏な生活を望んでいる自分が、平穏を脅かす存在であることを自覚させられーーー。
「それなら、条件を1つ追加してもらいます」
すると静まり返っていた室内に、1つの声が響く。アイトを含め、皆が一斉に彼女を見つめる。
「確か、ユニカ・ラペンシアさんだよね」
「はい」
ルークに尋ねられ、灰色髪の少女‥‥‥ユニカは真っ直ぐ見つめ返す。彼女の目には、一切の迷いが無い。
「私もローグくんと同じ‥‥‥『エルジュ』の関係者です」
そんな彼女が発した言葉に、室内の大半が驚きの声を上げる。ルークですら、目を見開いて困惑している。
「!? ラペンシア‥‥‥いったい何を」
アイトは無意識に声を漏らして話しかけていた。だが、ユニカの発言は止まらない。
「だから‥‥‥私の事も口外しないという条文を、誓約書に追加してください。彼が代表の組織、その構成員である私の事も」
そう言い放ったユニカの表情には、少しの迷いも見られない。むしろ、清々しいほど堂々としている。
「‥‥‥これは一本取られたよ。まさか秋頃に編入してきた君が、アイトの関係者だったなんてね」
ルークが目を見開いて不自然に笑う。そんな彼を見て、ユニカが微笑む。
「彼がこの国にとって重荷になるなら、私もなってあげる。『地獄行』の元最高幹部でもある、私もね」
そして、新たな爆弾を躊躇なく投下した。当然、室内にかつてないほどの混乱と動揺が発生する。
「お、おいっ‥‥‥!!」
アイトは思わず声を出してユニカの手を掴む。明らかに言う必要のなかった過去を晒し、堂々としている彼女の手を。
「あなたの存在は、決して脅威なんかじゃない。それを証明できるのは、私だけ。消せない過去を持つ私すら‥‥‥助けてくれたんだから」
ユニカが清々しいほど微笑み、『してやったり』と言わんばかりに佇む。その態度からは、少しも後悔が見えない。
「あなた1人だけを、辛い目に遭わせないわ。私にも一緒に背負うから」
「ラペンシア‥‥‥」
今、アイトの目には、1人しか映っていなかった。
「ほら、あなたと私って‥‥‥壮大な経歴を持つ似たもの同士でしょ?」
少し気恥ずかしそうに笑う‥‥‥相棒しか見えない。心の重荷を、自分から背負ってくれた勇敢な彼女に。
「‥‥‥ほんと君たちって、隠し事が多いよね。だんだん腹立ってきたよ」
そんな2人に割り込むように、ルークが低い声で話しかける。
「あなたたちが何も知らないだけよ。まだまだあるけど、もっと知りたい?」
目を合わせたユニカが淡々と呟いて、ニヤリと微笑む。王子であるルークに対して、一歩も引かないどころか挑発している。
「‥‥‥もういい、疲れた。とりあえず、君たちの事に関する誓約書にサインしてもらう」
ルークが呆れて息を吐くと、誓約書の準備を始める。その後‥‥‥室内の全員が何も言わず、自分の名前を記入した。
「もういいよ。みんな、お疲れさん」
そしてルークが投げやりな言葉で手を振ると、1年生たちが順番に出ていく。
「失礼しました」
「失礼しました〜」
アイトの後ろに続くユニカが最後に出て、扉を閉める。そして、2人は廊下を歩き出す。
「ラペンシア‥‥‥なんで、あんなことを」
「組織の構成員なら、代表を気遣うのは当然でしょ?」
アイトは即座に質問したが、ユニカに答える気は無さそうだった。
「おい、真面目に答えてーーー」
「なあ‥‥‥ちょっといいか2人とも」
思わず声を荒げてしまうアイトだったが、前で立ち止まっていた3人に視線が移る。
「話してくれるよな?」
「話さないと許さないから」
「ちゃんと話してください」
ギルバート、クラリッサ、ポーラ。同じクラスの友人で、学園内での付き合いは他の誰よりも長い3人。
「‥‥‥ああ、分かってる」
「私は殆ど話しちゃったけどね‥‥‥」
裏の顔を持つアイトたちにとって、避けては通れない事だった。




