王国の転換点
グロッサ王国の王都に平穏が戻った。
その影響で、色々な情報が世界へ飛び交っていく。
「こいつらって敵じゃなかったのか!?」
「王都を救ってくれたって‥‥‥!!」
謎の組織『エルジュ』が‥‥‥王都を救う事に手を貸した事。
「その代表がよ、たった1人でアルスガルト帝国の正規軍を圧倒したらしいぞ」
「あの帝国軍を!?」
代表である『天帝』レスタが‥‥‥アルスガルト帝国軍を撤退させた事。
「『ルーライト』の副隊長だった『白面』まで戻ってきたってよ!!」
「この国は安泰だなっ!!」
「名前はジャックって書いてるぜ、今まで黒髪と白い仮面以外の情報は無かったのによッ!!」
「遂に伝説の『白面』が誰か分かったってことだ!」
元『ルーライト』副隊長、通称『白面』ジャック。かつて王国屈指の実力者だった彼が、グロッサ王国に復帰した事。
「ステラ様の表情‥‥‥本当に嬉しそうね」
「むしろステラ様の方が慕ってたって事か!?」
「こりゃあ凄え大事件だな!! 今まで全く話の無かったステラ王女が、まさかの婚約だってよ!!」
そして『天帝』レスタと第一王女ステラ・グロッサが婚約する事で‥‥‥『エルジュ』とグロッサ王国に、深い友好関係が生まれた事。
「こりゃあ‥‥‥グロッサ王国の転換点だな!!」
これらの情報は、瞬く間に世界中へと広がっていった。
それは、アルスガルト帝国でも同じ。
「‥‥‥まんまと、してやられたな」
神々しさを放つ大きな玉座に座るのは‥‥‥第11代皇帝、ノーラン・アルスガルト。
「はい‥‥‥申し訳ありません」
彼に平伏するかのように、片膝を付いて頭を下げる将軍ミネルヴァ。彼女の黒髪がダラリと肩に落ちている。
「いや、退却したのは懸命な判断だ。下手をすれば、5000の兵が何の役にも立たずに死ぬ所だった」
そう呟く皇帝の目は、どこか冷たい。足を組んで頬杖を付いている彼が、何を考えているか分からない。
「それに、貴様の部下が撮っていた魔結晶の映像‥‥‥魔導大国にも提出しておいた」
そう言った皇帝が魔結晶を手に持ち、近くの大型の板に映像を流す。
『天帝』レスタが、帝国軍に放った黒の光線を。
「! あの、『魔導会』にですか」
するとミネルヴァが頭を下げたまま声を出した。まさに驚いていると言わんばかりの反応。
「ああ。諜報員の話によれば、この男が放った魔法は【終焉】と呼ばれているそうだ。大層な魔法じゃないか」
「‥‥‥」
魔学の総本山と言われる、魔導大国レーグガンド。まさに、魔法に於いて他を圧倒している大国。
他国からの留学希望者が後を立たず、厳正な書類審査と超難関の筆記試験を突破しないと入れない。
(天敵である国に、なぜそんな塩を送るようなことを‥‥‥)
最高峰の武力と領土を誇るアルスガルト帝国が、最も警戒を強めている大国である。彼女の言う通り、まさに天敵。
「奴らは魔法至上主義だからな。こんな格好の餌を見せれば、何をするか分かり切っている」
「‥‥‥! ま、まさか」
ミネルヴァが思わず、顔を上げて声を漏らした。その反応に対して、皇帝が口角を上げて笑う。
「グロッサ王国は思い知る事になるだろう。『天帝』という、未曾有な爆弾を抱えてしまった事にな」
そして後日‥‥‥魔導大国レーグガンドは、ある声明を発した。
[『天体』レスタが所有する謎の魔法【終焉】をーーー『破滅魔法』に認定する]
それは‥‥‥グロッサ王国に、2人目の『破滅魔法』所持者が現れたという一報。
まさに、新たな波乱を呼び込む災厄の火種。
◆◇◆◇
「帝国の奴らは毎回、姑息な手段取ってくるねぇ〜」
新聞記事を片手に、話題沸騰中のキザな黒髪青年が呆れて呟く。左手に巻かれた包帯が痛々しい。
「これで少年は世界中からの注目を向けられて、厄介な事になったわけだ」
「‥‥‥『破滅魔法』って、そもそもなんですか?」
そしてアイト・ディスローグは、嫌そうに口を曲げて反応する。もう1つの顔、『天帝』レスタは今どういう扱いを受けているのか。
「表向きな理由は、他国からの侵略を防止するための抑止力だ。強い武器を持ってるから近寄るな、みたいな感じだ」
「‥‥‥それなら、別に認定されても困る事なんてーーー」
「のんのん」
アイトは率直な言葉を呟く途中で、右手を伸ばしたジャックに制される。
「表向きって言ったろ? ちゃんと裏の理由もあるから安心しろ」
「いや少しも安心できないんですけど」
アイトは真顔で意義を申し立てるが、ジャックに却下するように話を続ける。
「裏を返せば‥‥‥大軍を滅ぼせるような魔法を扱えるという事だ。つまり‥‥‥『他国を滅ぼす力を有する危険人物』というレッテルを貼られたって事だ」
「‥‥‥‥‥‥マジですか」
アイトは絶句した。とめどなく朝が流れ始め、自分の置かれている状況を理解してしまう。
「それも世界中に知らされたわけだ。少年、下手をすれば他国同士が協力して、一気に流れ込んでくるぜ?」
そんなジャックの追い討ちの言葉に、アイトは更に絶句した。もう、流れ出る汗がシャツに張り付くほど動揺している。
「『破滅魔法』所有者は、各国で1人というのが原則‥‥‥だった。例えば、隣国で同盟国でもあるアステス王国。所有しているのは確か、ソニア・ラミレス」
「‥‥‥確か、アステス王国軍の大佐、でしたよね」
アイトは辛うじて言葉を返した。アステス王国の建国記念パレードに参加した時、その情報を知っていたからだ。知った当時も、ただ恐ろしいと困惑していた。
「そして、今のグロッサ王国は‥‥‥2人になった」
「ーーーへ???」
アイトは素っ頓狂な声を出した。無意識に、右手の人差し指と中指を立てる。
「あっ、そっか‥‥‥!! 元々、グロッサ王国にも所有者が1人いて、俺が認定されたからーーー」
「ーーー1人目は僕だよ」
背後から聞こえた声に、アイトは咄嗟に振り返った。椅子に座っているため、大きく動く事はせずに相手を見上げる。
「ルーク王子‥‥‥」
「けっ、何が『僕だよ』だ。いちいちカッコつけんな。あと遅刻だぞ舐めてんのか」
アイトは小声で呟き、ジャックが悪態を吐きながら足を組み替える。
「申し訳ありません。最近の情勢により、色々立て込んでまして」
そう言って、ルーク・グロッサが綺麗な所作で空いた椅子に座る。奇しくも、アイトの隣に。
「2人目の『破滅魔法』所有者が認定されたおかげで、他国との友好関係を上手く築いていかないといけないので」
「‥‥‥」
アイトは何も言わない。いや、何も言えない。当事者であるため、視線すら合わせずに座り続けるしかない。
「でも、やっぱり同盟関係であるアステス王国が特に重要で‥‥‥暫くはご機嫌を伺わないとですね」
「‥‥‥」
「いい加減にしろ。お前に少年を責める筋合いは無えだろうが。王都を崩壊寸前にまで追い込まれた、自分の無能さを反省しろよ」
ジャックがあまりに容赦無い一撃を放つ。それはアイトですら呻いてしまうほどの口撃力だった。
「重々承知してますよ。僕は遅れた理由を話しただけで、別に彼を責めてませんから」
「はいはい、そうでしたか王子さま」
ルーク王子と『白面』ジャック。2人の相性は、まさに最悪と言ってもいい。
アイトは気まずさで視線を下げ続けていると、隣のルークが話し出した。
「それで‥‥‥ジャックさん。僕たちをここに呼んだからには、何かあるんですよね?」
3人は今、グロッサ城の一室にいる。
アイトは暫く、城の中に滞在することになったのだ。周囲の情勢がまだ安定していないため、『天帝』である自分が城に留まる必要があった。
(ここにいる間、ずっとステラ王女の視線が痛い‥‥‥)
形だけの婚約という体裁、そして王都そのものを‥‥‥ルークたちと守るべく。
「ああ、あるぜ。とっておきの話がよ」
ジャックが意地悪な笑みを浮かべると、机に頬杖を付いて口を開いた。
「ーーー俺、『エルジュ』に加入するから」
そして、ジャックの口から飛び出した言葉は。
「なっ‥‥‥」
「!?」
ルークだけでなく、アイトすらも絶句させるほどの衝撃だった。
「姉御はどうやら、このまま表に出ずに動きたいって言ってるからよ。当然、『ルーライト』に戻るつもりは無いわけだ」
ジャックが残念そうに息を吐く。そんな反応に、アイトは堪らず呆れていた。
(アーシャが最優先なんだな、この人は‥‥‥)
アヴリス・アルデナ。愛称、アーシャ。
人間とエルフの混血である彼女は、かつて王国精鋭部隊『ルーライト』の総隊長を務めた‥‥‥アリスティア・ルーライトと同一人物。
つまり、自他共に認める王国最強の一角。弟子であるアイトも、彼女の強さに畏怖しているほどだ。
「それなら、俺が『ルーライト』に戻る理由はマジで1ミリも無い」
そしてジャックが片目を閉じて肩をすくめ、その気がない事を示す。
「それなら、なぜ『エルジュ』に加入するんですか?」
すると、ルークが当然の疑問を投げかける。話の流れで、なぜそうなるのか分からないからだ。
(それは本当にそう‥‥‥)
実際、代表であるアイトですら何も分かっていない。
「理由は2つだ」
ジャックが簡潔に呟いた後、人差し指を立てる。
「1つ目。姉御の弟子である少年を気に入っている。姉御の弟子なら、俺の弟子も同然だからな」
「いや、違うと思うんですけど」
アイトは堪らず声を漏らすが、ジャックの話は続く。次に、中指を立てて口を開いた。
「2つ目。俺には‥‥‥お嬢を守る責任がある!! いや、これは俺の使命!!!」
「「‥‥‥‥‥‥」」
アイトは奇しくも、ルークと同じ反応をしてしまった。まさに呆れて目を細めている。
「あの、お嬢って言うのは‥‥‥エリスのこと、ですよね?」
アイトは念の為、確認すべく慎重に尋ねた。
「そうだ!! 姉御の妹である彼女はっ、俺にとっては宝物っ‥‥‥いや、神子だ!!!」
するとジャックが鼻息を荒くしながら、早口で捲し立てる。包帯で巻かれた左手を強く握り締めて。
「姉御が望まないから、俺は姉御の側には居られない‥‥‥」
両眼をこれ以上無いほどギュッと閉じ、歯を食いしばるジャック。やがて、勢いよく両目を見開いて拳を突き上げた。
「だったら‥‥‥せめてお嬢を守る事が、俺の姉御に対する忠義だッ!!!!」
「「‥‥‥‥‥‥」」
再度、アイトとルークが絶句する。
((気持ち悪い‥‥‥))
そして、2人は感想すらも被ってしまう。
「だからアイト少年! 俺を『エルジュ』に入れてくれ!!!」
こうして、ジャックの熱意に押され‥‥‥アイトは渋々頷いた。彼の加入を、代表として認める。
(まあ‥‥‥俺がいなくなる分、ジャックさんが加入してくれるなら問題ないな)
そして‥‥‥『天帝』レスタの終わりが、刻々と近づいていた。




