5日間の出来事
全ては、アヴリス・アルデナの話から始まった。
「帝国軍が王都に近づいたら、レスタと王女の婚約を大々的に発表する。そして大義を得たレスタ、いやアイトが‥‥‥帝国軍に【終焉】をぶっ放す」
それは室内の全員を唖然とさせる、とんでもない内容だった。
「ちょちょちょっと待って!? あまりにもツッコミ所が多すぎるんだけど!?」
真っ先に大声を出したのは当然、アイトだった。あまりにも自分に負担が大きすぎる要求。それは身体的にも、精神的にも。
「厳密に言えば、【終焉】は帝国軍の真上に撃って、威力を見せ付けるだけ。侵略してくる敵を殺したい気持ちは分かるが、抑えろ」
「いやさすがに大量虐殺しようとは微塵も考えてなかったよ!?」
アイト自身、ツッコミが止まらない。アヴリスの話す事が、あまりにも奇想天外過ぎる。
「私が‥‥‥婚約」
ユリアは小声で呟き、何度も反芻して会話に参加していない。
「‥‥‥終焉、とは何だ?」
そこで、国王ダニエル・グロッサから率直な質問が飛ぶ。今ここにいる者の中で、【終焉】を知らないのは質問した彼と、ジャックのみ。
「10個の属性魔力を融合させて生み出す黒の魔力を、光線として放つアイトの独自魔法さ。威力は私の折り紙付き。改良も手伝ったからな」
「あ、アヴリス殿の折り紙付きだと!?」
「姉御が認めるなら、相当な威力だな。国の1つでも吹き飛ばしそうだ。ますます気に入ったぞ、少年!」
(いや気に入られても‥‥‥ていうかアーシャも気軽に国王へバラさないでほしい‥‥‥)
アイトはもう、遠くを見つめるように現実逃避していた。もう、自分が何を言っても無駄なのだと。
「‥‥‥‥‥‥」
そして、エリスだけは一言も発さず、アヴリスを見続ける。その眼は何かを訴えているようだった。
「エリス、お前の気持ちは分かる。でも形式上なだけだ。少しくらいは呑み込まないと、お前は全てを失うことになるかもしれないぞ」
アヴリスは妹の訴えを察して、嗜めるように話しかける。
「‥‥‥分かってるわ、姉さま。これから幸せに生活できるなら、少しの嫉妬くらい安いものよ」
エリスは小さく頷き、両腕を組んで深呼吸する。少しだけ、彼女は大人になった。
「エリスさん‥‥‥」
「私は誰にも負けるつもりは無いわ。あなたにもね」
ユリアに対して、エリスは宣戦布告と言わんばかりに不敵に微笑む。
「エリス‥‥‥綺麗だ」
アイトは思わず声に出していた。彼女の大人びた発言と表情に、見惚れていた。
「ちょっ、アイってば‥‥‥!!」
するとエリスは顔を真っ赤にして両手を振り乱す。明らかな様子の変化に、アイトは「あ、ごめん」と口を閉じる。
「アイト‥‥‥やっぱり作戦変更だ。お前が生身で帝国軍に突撃してこい」
「それには何の意図があるんでしょうかね!?」
これが、帝国軍が来る5日前‥‥‥アイトは、終始振り回されていたのだった。
その後は‥‥‥紆余曲折あった。
「ーーーラペンシアが意識不明の重傷!?」
エルジュ構成員、ユニカ・ラペンシアの容態。
アイトは治癒魔法を扱えるユリアを連れて、すぐに彼女の元へ足を運んだ。
「‥‥‥ローグ、くん?」
そして‥‥‥彼女は無事に、意識を取り戻した。
「ーーー悪いっ、逃げられちまった。あいつの逃げ足には本当に参ったぜ」
「私も同じですっ、逃げられてしまいましたぁぁ!!」
「エレミヤは闇魔法を駆使して逃げた。ボクたちの追跡を難なく躱していった」
カイル、ミスト、ターナからの報告。
それは『地獄行』の最高幹部である2人を、取り逃した事。
「あの女、気配消すのが上手くてよ‥‥‥撒かれちまった」
カイルが話すのは、第三席のクロエ・メル。
食堂で激闘を繰り広げていたが、逃げられた。
「ご、ごめんなさいぃぃッ!!!」
「すまない。ボクの失態だ」
2人が話すのは、第二席のエレミヤ・アマド。
王都内を駆け回った後、闇魔法によって姿を消した。
「‥‥‥3人とも、気にしないでくれ。今回は王都の救出で手一杯だった。それを達成できただけでも充分だよ」
これが、王都の騒動が終わった直後の出来事。
それから、3日後。
「ただいま。ステラが西の国境近くの街に滞在してたから早く戻って来れたよ」
「お父さまっ、ユリアちゃんッ!!」
ルーク、ステラ、そしてエルリカが‥‥‥王都へと戻った。
「お姉さまっ‥‥‥!!」
「ああっ、ユリアちゃんっ‥‥‥!!」
「よくぞ戻った‥‥‥!! だが、事態は一刻を争う。大事な話がある、ついて来い」
感動の再会も束の間、国王ダニエルが場所を変え、会議室へと移動する。
「そ、総隊長っ‥‥‥!! 生きてたんですねっ!!」
「5年間、音沙汰なくてすまなかった。エルリカ」
「俺のことは無視かよ」
エルリカが涙を流した駆け寄っていく。
『ルーライト』の元総隊長のアヴリス、元副隊長のジャックと再会。
「これはっ‥‥‥夢ですか? どれだけ頬を引っ張っても痛いだけなんですが‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
そして、情緒がぶっ壊れたステラ。
彼女は『天帝』レスタ‥‥‥ことアイトと対面。
「ぅそーーーレスタさまぁぁぁぁぁッ!!!!」
ステラが勢いよく飛び付き、凄まじい力で抱き付いたのはご愛嬌。
「こん‥‥‥やく? レスタさまと、私が‥‥‥」
そして、ステラに婚約の話を持ち掛ける。それは、形式だけのもの。
「いや、ユリア王女でも別に構わないーーー」
「私っ!! 私がしますっ、絶対に私っ、私以外なんてダメです絶対!!!」
彼女の気迫に、アヴリスが少し引いていた。
ユリアも苦笑いを浮かべ、姉の婚約を了承する。
「‥‥‥はぁ。帝国軍が来てないなら、もっと別の妥協案を持ちかけられたのに。これじゃあ『エルジュ』は、王国軍の傘下とは言えないじゃないか‥‥‥」
危機迫る現状にも関わらず、ルークが息を吐きながら愚痴を零す。
(これで『エルジュ』はもう大丈夫‥‥‥エリスたちが、無碍に扱われることもないはず)
アイトは安堵の息を漏らしていた。
『エルジュ』の存続と平穏が担保され、無意識に肩の荷が降りる。
「レスタさまっ、王国の安寧のために‥‥‥どうか末長くよろしくおねがいしますっ♡」
「‥‥‥ああ、よろしく」
突然話しかけられたレスタことアイトは、必死に冷静を装って返事をする。
「先に言っておくが、これは形だけのものだ。俺は君の事を知らないし、興味も無い」
「今はそれで構いません。今は‥‥‥♡」
アイトの身体に悪寒が駆け抜けた。
妖艶に微笑むステラの目が、明らかに何かを宿している。
「‥‥‥」
「♡♡♡」
こうして『天帝』レスタと、第一王女ステラ。
2人の、形式上だけの婚約が成立した。
「これで、後は君が仲間たち納得させるだけだね?」
「‥‥‥ああ」
そして、アイトは重い口を動かす。
それは頭の片隅に残り続けていた、最後の懸念。
(マジでどうしよう‥‥‥)
それは‥‥‥エリスを除く『エルジュ』の構成員たちへの、一連の説明である。
「ーーーこれから『エルジュ』は、グロッサ王国と手を結ぶ!! 俺とステラ王女の婚姻によって!!」
結局‥‥‥アイトは構成員一同の前で、勢いよく頭を下げるしかなかった。
結論から言って、それほど反対意見は無かった。
正直、構成員からすれば『王国公認』というのは良いことだからだ。
「ーーー殺すッ!!! お兄ちゃんを誑かしたクソ女!! ミアが殺して、正気に戻してあげるからねッ!!?」
‥‥‥反対派のトップこと『黒薔薇』ミアが、あまりにも暴走し始めたこと以外は。
「お兄ちゃん安心してっ!? その女をブチ殺して、ちゃんと正気に戻してあげるから、ねっ!!?」
ミアが全身から呪力を溢れさせ、周囲を揺らすほどの衝撃を発生させる。
「まあまあ落ち着いてっ!! 一応の形だけで、レスタくんは本当に結婚するわけじゃないんだからさ!」
カンナが必死に両手を振りながら宥める。だが、ミアは止まらない。
「それでも嫌なの〜〜〜!!!!」
(これは‥‥‥大変だぞ)
その後‥‥‥アイトは拗ねるミアに付き添って、ずっと宥め続けた。婚約は形だけのもの、王国の平穏を盤石にするため、と。
彼女の部屋で、優しく頭を撫でながらアイトは繰り返し話を続けた。
「‥‥‥‥‥‥わかった。お兄ちゃんの意思なら、ミア我慢する」
そしてその気持ちが通じたのか。
ミアが不機嫌そうに目を細めながらも、確かに承諾する。
「! ありがとうミア! 俺は組織のために、形だけの婚約するだけだからさ」
「‥‥‥でも何か不謹慎な事があったら、許さないから」
「う、うん」
遂に最大の難関を突破し‥‥‥組織の全構成員からの承諾を受け取った。
(急がないとっ!!!)
ちなみに、帝国軍が王都にやってくる2時間前の話である。
◆◇◆◇
「「「グロッサ王国万歳ッ!!!」」」
国民の熱狂が、上にいるミネルヴァにも伝わる。
「‥‥‥私は茶番に付き合わされたわけね」
彼女は3人を見据えて息を漏らすと、踵を返して歩き始める。半透明の壁、その端まで。
「この借りは高く付くわ。特にそこにいる『白面』‥‥‥ジャック!!!!」
ミネルヴァは、突然大声を出して名前を叫ぶ。下で熱狂する、国民たちに聞こえるように。
「なっ!?」
元副隊長『白面』ことジャックは、仮面の下で目を大きく見開いて困惑した。
「二度も私を馬鹿にして、絶対に許さないから。こんなのまだ序の口だから」
ミネルヴァが頬を膨らませて恨み節を言い放つと、小さく跳躍して壁から飛び降りる。
「せいぜい目立つ人生を送ることねっ‥‥‥26歳黒髪青年ジャックッ!!!」
「やめろやクソアマぁぁぁぁぁッ!!!!?」
ジャックの絶叫は、急降下していくミネルヴァには届かなかった。
「ミネルヴァ将軍‥‥‥」
「帰るわよ。今の戦力で戦っても、私以外は死ぬ」
こうして頬を膨らませて不機嫌なミネルヴァを戦闘に‥‥‥アルスガルト帝国軍は引き返していった。
「「「「『白面』!!」」」」
「「「「ジャック!!」」」」
「「「「『白面』!!」」」」
「「「「ジャック!!!」」」」
置き土産として、『ルーライト』元副隊長の名前は瞬く間に広がっていったという。
「ジャックさん‥‥‥ドンマイです」
「あの将軍、なかなか子どもっぽかったですね」
「黙れお前らッ‥‥‥!!!!」
『天帝』レスタ、王子ルーク、そして‥‥‥崩れ落ちた『白面』ジャック。
彼らは翌日、新聞記事の一面を飾った。
『危機迫ったグロッサ王国。それを全て跳ね飛ばし、平和のための一歩を踏み出す』という、見出しで。
(私が表に出なくても、お前たち3人がいれば王国は大丈夫だな‥‥‥)
その記事を読んだアヴリス・アルデナが、嬉しそうに笑っている。いや、口に手を当てて吹き出していた。
「ぷっ、こんな面白く撮ってもらえてっ‥‥‥良かったなジャックっ‥‥‥ふふっ!」
こうして、アイトたちは‥‥‥グロッサ王国に迫る脅威を、全て打ち破ったのだった。




