帝国の介入
「こんな時に帝国の介入かよ。まあ、今のタイミングを見逃す奴らじゃねえか」
ジャックが呆れながら小声で呟くが、国王ダニエル・グロッサの大声は止まらない。
「隣接している東の国境に、5000の帝国軍が迫って来ていると報告があった!! ルークは今、西のアステス王国に向かっておるから呼び戻せぬ!!」
「奴らの狙いはガラ空きになってる王都だな。国境を抜けたら他の街には目もくれず、最短で街道を進軍で向かってくるだろうよ」
そう話すジャックは笑いながら両手を頭の後ろに組む。まるで傍観者と言わんばかりの態度。
「こ、こんな状況で軍なんて出せるんですか?」
アイトは恐る恐る国王に話しかける。国王と素顔で話すのは初めてで、粗相しないよう細心の注意を払っていた。
「今の王都は機能が殆ど停止しておる!! まだ被害も負傷者も把握出来てないのに、とても軍を起こすなどできん!!」
ダニエルが捲し立てるように説明する。当然、アイトの態度に声を荒げているわけではない。
「‥‥‥アリスティ、いやアヴリス元総隊長!! 其方を始め、ここにおる者だけが希望の光だ!! どうか、力を貸してくれ!!」
彼は縋るようにアヴリスを見つめる。魔王を倒した伝説の『久遠』アリスティア・ルーライトである彼女を。
「‥‥‥そうだな。貸してやれなくは無い」
アヴリスが渋々話すと、国王ダニエルの顔が明るくなる。
「ただし、条件がある」
だが、彼女は易々と了承はしなかった。ちなみにダニエルが入って来た時点で、扉の時を止めて室内を完全密閉し、音も漏れないようにしている。
「じょ、条件? 儂に出来ることなら何でもするぞ!! 何をすればいい!!」
切羽詰まった状況のため、ダニエルが二つ返事で快諾する。足を組んだアヴリスの口角が、僅かに上がる。
「アイト、エリス。最終的に決めるのは、お前たちだ」
ふと横目を向けて呟いた彼女は、今度こそダニエルを見上げて口を開く。
「それはーーー」
◆◇◆◇
5日後。
グロッサ王国、王都ローデリア周辺。
ぞろぞろと歩く歩兵集団の前には、少数の騎馬。
「もっと多く兵を募っても良かったんじゃないですか?」
その中でも先頭近くにいる青年が、馬の速度を保ちながら呟く。柔らかそうな銀髪、少し中性的な顔立ち、そして赤の軍服。
胸には帝国軍の紋章が刻まれていて、さらに『剣』の紋様も刻まれている。
「この数だとグロッサ王国内を周るのは困難です」
彼の名はイーリス・ソードディアス。
アルスガルト帝国の名家『武勇五家』、その一角である『剣』の名を冠した上級貴族の嫡子。
「王都を落とした後でも周囲の村や街、都市を回る必要があるんですよ? 迅速にグロッサ王国を掌握するなら、兵は多い方がいいに決まってーーー」
「イーリス。決めたのは皇帝で私じゃない。文句があるなら皇帝に直訴して」
薬用の無い声で嗜めたのは、馬に乗って先頭を歩く無表情の黒髪美少女。赤い軍服の上に身に付けている白い鎧は‥‥‥彼女が将軍である事の証。
「‥‥‥失礼しました。ミネルヴァ将軍」
「ん。そろそろ行軍を早めたいんだけど、いい?」
彼女の名はミネルヴァ。
歴代最年少でアルスガルト帝国の『将軍』に就いた、正真正銘の天才。
「で、ですがまだ緩めて数分しか経ってません。歩兵の息も整っていません」
「え。なんで整ってないの? どこか体調でも悪いの?」
性格は無愛想で、少し天然。
「あまり無理するなって言っておいて。私は先に行って様子を見てくるから」
そして、口下手で行動派。
「ちょっ!? 将軍!?」
イーリスの声が後ろから響くも、ミネルヴァは馬の手綱を強く掴んで駆けて行く。そもそも、彼女は集団行動に向いていなかった。
「ーーー見えた」
数分駆けていくと、ミネルヴァが独り言を漏らす。
整備された川や道路。粉々に壊された城壁、その先には綺麗な街並みが少し見える。
そして‥‥‥奥に見える、壮大で立派な城。
「城壁は木っ端微塵なのに、街はあまり壊れてない。魔物の襲撃に遭っているのに」
グロッサ王国、王都ローデリア‥‥‥そして、グロッサ城。
その全容を把握したミネルヴァが首を傾げ、少しずつ馬に乗って近づいていく。
「? 誰かが浮いてる?」
そして王都の東側から入ろうと近付いていくと‥‥‥数人が空中に佇んでいる。
いや、半透明の壁の上に乗っているのだと、ミネルヴァは近付いた事で理解した。
「ーーーアルスガルト帝国、ミネルヴァ将軍とお見受けする!!」
上から話しかけてくるのは、髭を蓄えた壮年の男。
国王ダニエル・グロッサであった。
「‥‥‥勢揃いってわけね」
ミネルヴァは見上げながら無意識に声を漏らす。ダニエルの他にも、まだ人がいる。
「君たちの侵略を見過ごすわけにはいかない。早々にお引き取り願うよ」
眩い金髪が目を惹く美青年‥‥‥ルーク・グロッサ。聖騎士の魔眼を持つ、グロッサ王国の王子。
「そ、そうです! もう魔物たちは殲滅しました!! 余計な介入はやめてください!!」
綺麗な銀髪の美少女‥‥‥ユリア・グロッサ。賢者の魔眼を持つ第二王女。
「ああっ‥‥‥夢のようです♡」
滑らかな水色の髪、恍惚とした表情‥‥‥ステラ・グロッサ。第一王女である彼女は一点を見つめて夢心地になっている。
「‥‥‥‥‥‥」
そして、何も言わずに佇む謎の少年。銀髪と仮面が特徴的で、黒い服装も目を惹く。
「なんで、あの男と王家が‥‥‥?」
実際、ミネルヴァも彼を見て目を僅かに見開いていた。
「こんな状況だから、僕は受け入れる事にするよ。あとは分かってるよね?」
「‥‥‥ああ。仲間にも既に話してある」
ルークと少年は何か話すが、下のミネルヴァには聞こえなかった。ただ2人の雰囲気が変わったため、彼女は警戒を強めて目を細める。
「ーーー聞けッ!!! 他国に攻め入ろうとする愚者ども!!!」
謎の少年‥‥‥『天帝』レスタが、声を張り上げる。
真下のミネルヴァを始め、後ろから向かって来ている帝国軍の耳にも届く。
「音魔法と振動魔法で声を響かせてる‥‥‥?」
ミネルヴァが小声で呟き、声を発する彼の魔法の同時発動に驚く。当然、声を張る彼が気付くはずもなく。
「私の名はレスタ!! グロッサ王国から雇われていた傭兵である!! 私が率いている『エルジュ』という組織は、厳しい鍛錬と幾度の経験を積んだ傭兵集団!!」
彼の発言は、ミネルヴァたちが困惑するには充分すぎた。
「そして私は‥‥‥グロッサ王国の平穏を望み、王家とより密接に手を取り合う事を、今ここに宣言する!!!」
ミネルヴァを含めた帝国軍、そして王都内の国民たちも驚く言葉だった。
「その証明として‥‥‥『エルジュ』の代表である私と、第一王女ステラ・グロッサとの婚約が成立した!!」
続く彼の言葉には、全てを吹き飛ばすような破壊力があった。




